港町ヴィラへ!②
港町ヴィラは、花と海の街として知られている。
ヴィラの領主は花を愛し、花園でさまざまな花を育成している。
南大陸への玄関口であり、中央大陸内を海路で旅する際の拠点でもあるため、人も多く活気に溢れた街──
「……のはずなんだが、人が少ないな」
「メリル市の半分くらい、ですかね?」
ヴィラに到着したアビゲイルは首をひねる。
なんだろう、何か妙な感じがする。
なんだかやる気のなさそうな屋台商人たちの様子を見て回りながら、ヴィラの街を観察する。
「うぅん、妙だな」
エミリアが想像していたよりも、活気がない。
人も少ないし、なんだかみんなが暗い顔をしている。
花と海の港町、と聞いてイメージしていたのとはかけ離れている。
「なんだか、すごく寂しいかんじです」
「様子がおかしい。普段は旅人やら、花商人やらで賑わっているはずなんだが」
エミリアは、がっくりと肩を落とした。
たくさん人たちの笑顔で満ちあふれる街が好きなのに。
歩いているだけで、楽しくなってくる。
でも、これでは……。
「そんなにガッカリするな、もう夕方で港が閉まっているから……その、たまたま寂れた感じになっているだけかもしれないし!」
「むぅ……」
「冒険者ギルドを中心にしているメリル市は、バザールも街も夜が本番だったが、港町は朝一番がもっとも盛り上がるんだ」
「そうなんですか?」
「早朝の漁でとれた魚を売りさばく市場があるんだよ、それに、連絡船の出航は午前中に集中するからな」
「なるほど!」
朝一番から賑わう街を想像して、エミリアは少し元気をとりもどす。
「朝市では、新鮮な魚を食べさせる屋台も多いし、花の市も開くはずだぞ」
「おおお、お魚……それに、ついでにお花……!」
「ついでって!」
魚は鮮度を保つことが難しい。
エミリアが住んでいた内陸には、干した魚くらいしか出回らなかった。それも高価で珍しいので、
メリル市のバザールに出店していたタコ焼きボールが屋台グルメのわりに高級な値段設定だったのは、そのためだ。
どうにかタコを仕入れていたのは、東国出身のタコ焼きボール屋の執念である。
とにかく、魚は珍しい。
エミリアもほとんど食べたことがないのだ。
フェンリル印の冷蔵庫が普及すれば状況も変わるだろうけれど。
「というわけで、宿屋に行こうか」
「はい」
夕焼け空。
日が沈む前に、宿屋に以降。
とりあえず、明日の朝一番で港までいけば南大陸へ渡るための船を手配できるはずだ。あまり往き来が盛んではないが、週に1隻は出ているはず。
港で船の手配。
宿泊の必要があれば宿屋をさがす。
やるべきことは、そんなところだろう。
旅というのは、こういう細かい手続きの繰り返しだ。
心躍る道行きのためには、アレコレと交渉をしないといけない。
「さて、宿屋はあっちのほうだったかな」
すたすたと歩くアビゲイル。
ここまでの道中の疲れや垢も落としたい。
大地のマナと連動して作られている空間圧縮ポシェットは、船旅には持って行けないため家に置いてきた。持てるだけのアイテムでの長旅は、楽しくも疲れるものだった。
「アビゲイルさんは前にも来たことがあるんですか?」
「宮廷魔導師団にいたときに、何度かね」
「宮廷魔導師なのに、宮廷にいないんですか?」
「……うーん、宮廷ってのは比喩というかなんというか……まぁ、本拠地である研究室は宮廷の敷地内にあるんだが、各地の魔導的視察っていうのも仕事のうちなんだ」
「まどーてき、しさつ」
「要するに、たとえばメリルリ古代迷宮の魔力量が極端に増加していないか、減少していないかを調べる……もし異変があれば、メリル市の住民を避難させたりする」
「おお、ソーセージバゲットさんたちを守るんですね!」
「ああ。魔力測定器ってあっただろ」
「……あ、あの私が壊しちゃったアレ」
「そう、アレだ」
エミリアの魔力の量があまりに多すぎた結果、儚く散っていった数々の魔力測定器たちに思いを馳せる。
「魔力測定器も、もとは古代迷宮の異変を察知するための器具だったんだよ」
「そうなんですか!」
「ああ。古代迷宮の魔力が一定量に達すると、ダンジョン内にいるモンスターが地上にあふれ出てくることがある」
「聞いたことがあります!」
エミリアは、修道院時代に習ったことを思い出す。
古代迷宮の魔力が高まった、という報告があると天歌教の聖女たちがその場所に多く派遣されることになっている。
聖女たちの歌う祈りの歌は、体内に魔力を取り込んだり、聖女たちが溜め込んだ魔力を他人に分け与えることができる。
ダンジョンの魔力の高まりなど、緊急事態には聖女たちが派遣されることになっているのだ。
「たしか、コンチェルト協定……ですね」
「ほう!」
「えぇっと、王国が天歌教会に資金援助をする代わりに、天歌教会は有事の際に王国に聖女を提供する──王国最古の協定といわれている……」
「おどろいた」
アビゲイルが目を丸くする。
普段の天真爛漫で、少し抜けていて世間知らずなエミリアとのギャップに面食らったのだろうか。
エミリアは、わざとぷくっと頬を膨らませてみせた。
「もー、どういう意味ですかー」
「君が、そういった政治的なことに興味があって、知識があるとは……」
「聖女になって、人の役に立つのが夢だったんです。こういうことは、人並みには知っていると思いますよ」
聖女見習いだったエミリアは、祈りの歌のうち1つしか知らない。
自分の体内にある魔力を、他人に与える「癒やしの歌」だ。
18才になって、聖女選抜を経て、聖女として認められる──そうすると、秘蹟として二つの歌を授けられると言われている。
大気中の過剰な魔力を体内に取り込む、「浄化の歌」。
そして、見習い聖女たちには詳細を知らされない「禁忌の歌」。
それに、見習い時代に習う「癒やしの歌」を合わせて、聖女の三大天歌と呼ばれている。
「……というわけです。聖女が短命、っていう噂もありますけど……もしかしたら、この「禁忌の歌」が何かよくないものなのかなって、見習い仲間が話してました」
「なるほどな……」
「あ。あれ、宿屋ですね!」
エミリアが見つけた宿屋は、通りの一角を占める大きな建物だ。
宿屋を示す看板には、『泳ぐトカゲ亭』とあった。
「ん、なんだか見覚えがあるような……?」
宿屋の扉を潜ると、ご主人がカウンターに座っていた。
「あわっ、おじさんどうしてここに!?」
「……?」
街道沿いの宿屋、『飛ぶ蛙亭』のご主人だった。
「はぁ。お嬢さまがた、旅人ですかい?」
「あ、あれ?」
ご主人は中年の男の人だ。
エミリアが「こんばんは!」と微笑み書けると、怪訝な顔を向けられる。
とても陰気な表情で、たいへん疲れているみたいだ。
おかしいな、とエミリアは首を傾げる。
『飛ぶ蛙亭』のご主人は、アビゲイルとエミリアを見つけると満面の笑みで駆け寄ってきてくれる。
明るくてお喋りで、料理の腕はピカイチのおじさんだ。
「……もしや、兄さんのお客さんかな?」
「兄さん?」
「王都街道の『飛ぶ蛙亭』は、俺の兄の宿屋だよ」
「おじさんの弟さんだったんですね!」
「ああ、常連さんか……兄は俺と違って、料理上手だ。食堂のほうも盛況みたいだからな」
肩をすくめる『泳ぐトカゲ亭』のご主人。
よく見知った顔なのに、正反対の性格らしいご主人に、エミリアは戸惑ってしまう。なまじ、顔がそっくりなだけに、どう接したら良いのかわからない。
「一泊たのみたいんだが。明日あたりに、船を手配しようと思ってな」
アビゲイルの言葉に、ご主人は少し驚いた顔をする。
「知りませんか? 船は出ませんよ」
「……は?」
「船は出ないんです、ひと月ほど前に港が封鎖されたんですよ」
港町ヴィラ。
活気がないのは、街の命である船の動きが止められていたからだった。




