旅立ちのお掃除カレー①
アビゲイルとの暮らしは快適だ。
ゆったりと時間が流れる中で、土や畑と戯れる日び。
おいしいご飯を作って、面白おかしく暮らしている。
「よーし、育てお野菜!」
エミリアは、どきどきと胸を高鳴らせながら【聖乙女の戦杖】を掲げる。メイスというよりも、夜店で女児向けに売られている魔法のステッキじみた見た目だが、十八歳とは思えないちびっ子のエミリアにはよく似合っている。
よく食べ、よく眠る。
ここ最近のすてきな生活のおかげで、エミリアの体内には膨大な魔力が満ち満ちていた。
むく、むくむく。
種をまいた土が盛り上がり始める。
「やった! みてみて、ジョン。成功ですっ!」
エミリアが振り回すメイスの風圧にそよぐ葉っぱが、ものすごい勢いで育っていく。
やがてツヤツヤとした一級品の野菜が実った。種から実りまで、わずか数十秒。さすがに畑に等間隔で種を撒くのは魔力ではどうにもならないけれど、そこは魔導具の全自動種まき機がやってくれる。
それにしても美味しそうな野菜ばかり。
土も水も、エミリアの聖なる魔力の祝福によって活気づいている。
「わふっ! さすが我が盟約主だ、畑が輝いているぞっ」
「ありがとう、ジョン! 今日はアビゲイルさんにキャベツたっぷりのポトフを作ってもらうんだ!」
「わふわふ。昨日、市場で大きなソーセージを仕入れていたのを見たのだな」
「あ。バレちゃった?」
ぶんぶんとメイスを振る。
すくすくと畑が茂っていく。
キャベツに白菜ににんじん。旬が少しずつ違う野菜たちが同じように育っていく。
畑が育ちきると、どこからともなく全自動収穫機がやってきた。
『しゅーかく♪ しゅーかく♪』
愉快な音楽とともにやってきて、次々に野菜を収穫していく。アビゲイルの作った魔道具だ。ここでは色々な魔道具が、家事や畑仕事を肩代わりしてくれる。
向こうでは、全自動野菜洗い器がじゃぶじゃぶとにんじんの泥を落としている。
全自動水撒き機の撒く水が、小さな虹を作っている。
エミリアはこの光景がお気に入りだ。
アビゲイルの魔道具が動いているところを見るのは楽しい。
全自動お皿洗機や洗濯機なども大活躍しているが、どれもアビゲイルの『試作品』なのだそうだ。
「ふふ、夕ご飯が楽しみです!」
「わふっ」
ニコニコ顔で小屋に戻る。
リビングでは、いつもアビゲイルが本を読んだりお菓子を作ったりしているのだけれど、今日はどうも様子がちがった。
大小の標本箱のようなものを積み上げて、難しい顔で腕組みをしている。
「……アビゲイルさん?」
不穏な空気だ。
いつだって不敵で自信満々なアビゲイルが、眉間に皺を寄せている。
「ああ、エミリア……少々困ったことになったんだ」
「ど、どうしたんですか!? もしかして、お腹を壊したとか……」
「もっと深刻だ」
ぱか、ぱか、と標本箱を開けていく。
大きな宝箱のようなものの蓋も開け放つけれど、どれも空っぽだ。
「これは……?」
「うん。エミリアの魔力のおかげで魔導具を量産できるようになって、完全に調子に乗った。もう、ないんだ……」
「な、ない!? お金ですか!」
「魔石だ」
「魔石……?」
ひょい、とアビゲイルが持ち上げたのは、足元を掃除していた全自動床掃除魔道具『ルルンバくん』だ。丸くてチャーミングなフォルム。
真ん中に光っているのは、赤い石。
何やら紋章が刻まれている。
「これが魔石だ」
「綺麗!」
「エミリアも知っての通り、人間は世代を経るごとに魔力が弱まっている。天歌教の聖女たちが重宝されているのは、その魔力を他人に分け与えることができる特殊な歌を操るからだな」
エミリアはふむふむと頷く。
天歌教の見習い聖女たちが修道院で習う歌の多くは「他の人に魔力を分け与える」という奇跡をなすための儀式だ。
毒を消したり、怪我を癒したり、痛みを取り除いたり……。
女子は比較的、体内に魔力を多く取り込めるため、それを他者に分け与えることができるのだそうだ。
「この魔石というのは、魔力を蓄積するという特性がある。とても希少なレアストーンだ」
「すごい!」
「で、ここに紋章を刻んだり魔導具側にあれこれ術式を組み込んだりすることで、魔導具が作動する」
「わふ、人間は面倒なものを作る」
「生身で魔導を扱えるのは、今や一部の才能ある者だけだからな。みんなが幸せになるためには、こういう面倒なものを作らなくちゃいけないんだ」
エミリアは思い出す。
アビゲイルが風の魔法『カタパルト・ウィンド』でハーピィを撃退する姿は、本当にかっこよかった。
アビゲイルは自分自身がすぐれた魔女であるけれど、その力を誰でも使えるように──それも日々の生活を豊かにするために使えるように、魔導具の開発に勤しんでいる。そんなアビゲイルのことを、エミリアは心から尊敬している。
「魔石がないと……どうなるんですか?」
「ああ、魔導具がこれ以上作れない……」
「えええ!」
「完全にやらかした。フェンリル印の冷蔵庫なんかは、ミセス・ソーセージバゲットに何台か卸してやりたいと思っていたんだが……魔石がないことには……」
しょぼ、とアビゲイルは肩を落とす。
エミリアさえいれば、魔石に注ぎ込む魔力には事欠かない。
けれど、資材である魔石がなければ魔導具は作れない。
「かなり高価な資材だからな。宮廷魔導士団の手切金というか退職金というかで買い込んだんだが」
「どうするんですか!」
「アビゲイルさん、待っててください!」
エミリアは部屋に駆けて行って、大きな袋を手に取る。
ダンジョン攻略の報酬金だ。
ギルドから支払われる報酬のほとんどを孤児院などに寄付してしまったが、「聖女様にこれくらいは貰ってくれないと、われわれの気持ちがおさまらない」と無理やり押し付けられたお金だ。
「これ! お金、使ってください!! アビゲイルさんが魔導具を作れないなんてだめです!」
「エミリア……!」
アビゲイルが驚いた顔でエミリアを見つめる。
「だが、金があったとしても仕入れは無理なんだ。貴重な品で、本当にレアなものだから市場に出回っていないんだよ」
「ちょっとくらいはないんですか?」
「少なくとも、王都とメリル市にはない」
「わふ。ずいぶんとキッパリ断言するな、アビゲイル」
「……その、全部、私が買い占めたから……な……」
「全部!?」
「うん」
「買い占めたんですか!?」
「ああ……小売りレベルじゃなく、市場から根こそぎな」
「ほああああああ!?」
「くだらん魔導兵器開発に魔石が使われると思ったら、少々無理をしてでも買い占めたかったんだ」
アビゲイルはたしかにお金持ちだ。
一文なしだったエミリアを拾って養ってくれるくらいには。
けれど、本来であれば開発した魔導具の特許や宮廷魔導士団の給与に退職金など含めたら、もっともっとお金を持っていてもいいくらいなのだ。
「じゃあ、どうするんですか……諦めるんです?」
「いや、手はある」
「わふわふっ!」
「……魔石採掘だ」
「さ、採掘!」
魔石はある鉱脈からしか産出しない。その鉱脈は──。
「ザーナイト古代迷宮!」
ばっ、とアビゲイルが地図を広げる。
ザーナイト古代迷宮は、アビゲイルたちの住んでいるのとは別の大陸にある。
「海を渡るぞ」
「海!?」
エミリアはぴょんっと飛び上がった。




