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ココナ・ロチェスターの追放と改心




 ココナ・ロチェスターは彷徨っていた。

 身ひとつ。

 手にしていた資金も底を尽きている。


 国内で絶対的な地位を持つ実家ロチェスター辺境伯家からも、世界最大の宗教勢力である天歌教団からも、完全に見放された。


「……どう、しましょうね」


 なけなしの金で買った、パサパサのパンとチーズ。

 それが最後の食糧だ。

 これが尽きてしまったら、いよいよもって春を(ひさ)いで腹を満たすしかなさそうだ。いや、そんな惨めな思いをするくらいならば、いっそのこと……。


「いけませんわね……空腹になると、ろくなことを考えませんわ」


 へたり、と足の力が抜ける。

 座り込んだのは、セレネイド修道院と王都を結ぶ街道だ。

 この街道はずっとずっと遠くへと続いている、らしい。

 『第一街道』と呼ばれ、王都から西に旅をするものたちが必ず通る街道だ。

 主要な街の近くであれば旅人を相手にする商店も立ち並んでいるが、このあたりは商店もまばらで、何かの理由で街に住むことができないと思われるボロ家がいくつか建っているのが目についた。

 本当に人が住んでいるのかも怪しい。


「……あの芋煮スープ、美味しかったですわね」


 エミリア・メルクリオ。

 いつでも清く正しく、誰よりも聖女然としていた彼女がふるまってくれた芋煮スープを思い出す。

 温かくて、ほこほこしていて、じんわりと甘しょっぱくて。

 誰かと食べる食事が、あんなにも美味しいなんて。もっと早く知りたかった。そうでなければ、知りたくなんてなかった。


 ──ぐぅ。


 腹から間抜けな音がする。

 ココナはパンとチーズを鞄から取り出してきて、じっと見つめる。

 これが、最後の食糧。


「……あ」


 ひと想いに食べてしまおうと、口を開けた。そのとき。

 目の前に、見るからにまずしい子供がいた。

 ぼろ家の住人だろうか。姉と弟。ガリガリに痩せている。


「見ちゃだめだよ、旅人さんから施しをいただいちゃいけない」

「……おなかすいたよ、ねぇちゃん」


 本来ならば、気にする必要もない者たちだ。

 こんな子ども達にいちいち施しをしていたら、街道を抜ける頃には一文なしだ。

 天歌教団が救貧院を開いているし、この子たちの年ならば救児院に入ることだってできるはずだ。

 どんな事情があるかは知らないが、ココナが彼女たちを助ける義理など。

 ……そんな、義務など。


(……もし、エミリアだったらどうするかしら)


 きっと、こんなことを考える間も無く彼女たちに食べ物を差し出す。絶対に。

 ココナは唇を噛み締める。どうして今、彼女のことを思い出すのだ。

 いや、今だけではない。

 芋煮スープを一緒に食べたその日から、いや、たぶん修道院で出会ったときから、ココナはずっとずっとエミリアに心を奪われていた。


「あなたたち!」

「ひっ」


 ココナの声に、貧しい姉弟がびくりと肩を揺らす。

 怯えの表情が見て取れる。


「うぐ」


 ココナは軽くショックを受けた。

 自分の声が威圧的であることには多少の自覚があるが、だからってそんなあからさまに怖がられるとやっぱり悲しい。


「ご、ごめんなさい……」

「あなた方、何か罪を犯しましたの?」

「ごごごごめんなさいいい」

「謝るのをおやめなさい、必要のない謝罪はみずからを貶めるのよ!」


 言いながら、胸が痛む。

 ココナには謝らなくてはいけない相手がいる。エミリアだ。ありがとう、を伝えられた。けれどまだ、ちゃんと謝れていない。


「……あの?」

「なんでもありませんわ。あなたたち、惨めな顔を晒すのはおやめなさい!」

「ひっ、ひぇ」

「……こほん、これを」

「え?」


 ココナはパンを差し出す。それから、チーズも。

 それは彼女が持つ、最後の食糧だ。


「ほら、お食べなさい」

「で、でも」

「これは施しではなく、交換条件。しばらく、わたくしに宿を提供しなさい」

「え、その、うちは宿屋じゃなくて」

「そのぼろ家があるでしょう、人が一人泊まることもできないの?」

「い、いえ! うちなんかで、よければ……」


 姉が消え入りそうな声で言った。

 ココナはそれを承諾と受け取って、パンとチーズを押し付ける。

 とうてい三人分はないが、彼女と幼い弟が飢えを凌ぐくらいはできるだろう。

 姉が何度も頭を下げて、ココナに感謝した。


「……あなたも、聖女様なんですね」

「聖女ではございませんわ、その資格は辞退しました」


 あくまで辞退。

 失いました、と言わないのはココナの見栄だ。


「……も?」

「はい。前にこうしてパンをくださった聖女様がいらっしゃったんです。銀色の髪の……」


 エミリアだ。

 ココナは確信した。

 あの子はそういう子なのだ。自分がいくら空腹でも、目の前の誰かに、躊躇いもなくパンを分け与える。

 自分は、そうはなれない。

 打算と計算と、少しの気まぐれ。それが後押ししてくれなくては、この子達にパンを差し出すことなどできなかっただろう。


「えへへ、おいしいね! 姉ちゃん!」

「うん、そうだね。あの、本当にありがとうございます、聖女様、じゃなくて、えっと」

「ココナ、ですわ」

 弟が幼い声でココナの名を繰り返す。

「あいがと、ココナさまっ!」

「よろしい」


 うむ、とココナは頷く。

 姉弟がすっかりパンとチーズをお腹に収めた頃に、口を開いた。


「さあ、あなたたち。仕事の時間ですわよ」

「……え、仕事……?」

「ええ!」


 にっ、とココナは不敵に笑う。

 計算は得意だ。

 人を操るのも。


「ここで、商売を始めますわよ!」

「商売!? そんな、私たちは学もなくて、字も書けないし」

「わたくしがどうにかします、あなたたちは労働力よ!」

「え、ええ……」


 ココナはびしりと戸惑う姉を指さす。


「パンの施しは、一時の空腹を癒しますわ。けれど、それではずっと施される側ですの!」

「……そ、れは」

「だから、自分でお腹を満たすの! 自らの手で切り拓く、それが──」


 それがロチェスター辺境伯家の家訓、と言おうとしてココナは自分がもはや実家からは追放されたに等しい人間だと思い出す。


「……それが、わたくしのやり方よ。えぇっと、あなたたちの名前はなんだったかしら?」

「あ、の……フレイヤです」

「ぼくはフランツだよ!」


 貧しい姉弟が名乗った。

 フレイヤと、フランツ。悪くない名だとココナは思う。

 もしも、自分が誰かを救うならば。何ができるだろう、どういうことができるだろう。

 そんなことを必死で考えながら、虚勢を張る。


「フレイヤ、それにフランツ。いいですこと……そのパンとチーズのぶん、しっかり働いてくださいませ。そうすれば、いつだってお腹いっぱい食べられるようになるんですから!」

「は、はい……!」


 ココナは右手を差し出す。

 変わりたい、と強く思った。

 指図するだけの、ずる賢くて高飛車な貴族のお嬢様ではなく……誰かを助ける人になる。誰かのために、一緒に奮闘する人になる。


「一緒にたくさん頑張りましょう。よろしく、フレイヤ。フランツ」

「よ、よろしくお願いします……!」


 「一緒に」という言葉に、フレイヤが少しだけ表情を柔らかくした。

 固く握手を交わしながら、ココナは思う。

 さて。

 一体、どうやって三人が食べる食い扶持を稼ごうか。

実はわたし、シスター・ココナがお気に入りのキャラでして……!

書籍版では彼女についての加筆が多いです。

たくさん罰はうけたので、彼女の改心のターンが今後ちょくちょく挟まります!!

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