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ほっこりあったか芋煮スープ

 ――「アビゲイルさん。これで美味しい料理を作ってください!」

 エミリアの言葉に応えるように、芽吹いた植物は生長を続けた。

 そして、こんもりとした畑の土のうえに覆い被さる青々とした葉っぱの成長が止まる。

 

「エミリア、これって……」


 すっかり成長しきった植物たちを見て、アビゲイルは目を見開いた。

 畑で見たことがある。というか、嫌というほど見ている。

 ハート型にも見える大ぶりの葉っぱ。

 長くて立派な茎。

 エミリアが世界樹の聖なる魔力で生い茂らせたのは――。


「はい、アビゲイルさん――おイモですっ!」

「や、やっぱり!?」

「ちなみに、サトイモですっ!」

「……聖なる魔力で……サトイモを……」


 ねっとりほっくり、丸くて旨い。

 ころころ可愛い、サトイモ。


「はい、サトイモを! 修道院で育てていて、大好物だったんです!」

「……神聖の無駄使いすぎる」


 あまりのことにアビゲイルが撃沈した。

 腹を抱えてしゃがみ込む。

 いや、サトイモって。

 世界樹の魂の転生者が、サトイモって。


「な、なに笑ってるんです? アビゲイルさんっ!」

「いや、なんでもない……」


 見渡す限りのイモ畑。

 エミリア達の会話が聞こえたのであろう傭兵達が、顔を見合わせている。

 

「イモ……?」

「何かの隠語か?」

「くっ……この犬のもふもふ……抗いがたいっ」

 

 ジョンにじゃれつかれて逃げられなくなった兵士たちは、すっかり戦意を喪失していた。

 エミリアが世界樹の精霊としての前世を思い出し、真の力を解放したことでその契約神獣であるフェンリル――ジョンのもふもふ毛皮はツヤとフワフワ感とお日様の匂いをレベルアップさせたのである。

 人間が抗えるレベルを超えたもふもふである。


 さて。

 畑に揺れる葉っぱを前に、アビゲイルは立っていた。

 その視線の先には。

 サトイモ、いっぱい。


「……ふん、何かと思えば。収穫から料理まで、いったいどれだけ待たされることやら!」


 ココナが吐き捨てる……のだけれど。


「ふわーあ……うるさい小娘だな。わふん!」

「きゃあ!」

「わ、大丈夫?」


 ジョンの大欠伸に飛び上がって、腰を抜かしたココナにエミリアが駆け寄る。


「どこまでお人好しなんだ!?」


 アビゲイルは、そんなエミリアに頭を抱えて、肩にかけたポシェットに手をかける。


「……さて、一気に片づけるか」


 小さなポシェットに見えるそれは、アビゲイルの開発した最新の魔導具だ。空間圧縮術式と転移術式を組み合わせ、その内部はちょっとした倉庫くらいの収納スペースが広がっている。

 そういうわけで、ポシェットの中には入っているのだ。

 いろんな、便利な、魔導具が。

 たとえば、最新型の全自動収穫機の試作版とか。

 お手伝いゴーレムとか。

 フェンリル印の冷蔵庫とか。


「さあ、楽しい収穫の時間だ!」


 アビゲイルがポシェットから取り出した魔導具たちが、動き出す。


「な、なんだあれ!」

「魔導具……? でも、見たことないぞ」

「『万能の魔女』の、邪道の魔導具か?」

「でも、なんか……可愛くないか?」


 まるっとしたフォルムのお手伝いゴーレムたちが、全自動収穫機といっしょにエミリアのイモ畑を駆け回る。

 もちろん、駆け回っているだけではない。

 すぽすぽすぽ、とものすごい勢いでイモを収穫しているのだ。

 ――それだけではない。


「『万能の魔女』は一歩も動いてないぞ!」

「すげぇ、ちっちゃいゴーレムが葉っぱとイモを綺麗に分けてる」

「俺の育った修道院、あの葉っぱを干して食ってたんだよ」

「まじか」

「意外と旨いんだぜ」

「しかし、イモも旨そうだな」

「丸々してるもんな……」


 天歌教軍『聖歌隊』とロチェスター家の私設傭兵達が見守る中、あっという間にサトイモの畑はすべて収穫された。


「うん。エミリアの魔力を使って駆動する術式、かなり調子が良いな……魔力の質が上がったから?」


 アビゲイルは満足げに頷いて、ポシェットから次の魔導具を取り出す。

 どんな魔導具が飛び出すのか、と周囲が注目する中で取り出されたのは、調理を専門にする人工妖精と――


「よし、お手伝いゴーレムたちご苦労。調理妖精(ヤミー・フェアリー)たちはイモの皮をむいて、これに放り込め~!」

「わぁ、すごい! 大きいお鍋!」


 とても大きな鍋だった。

 さらに、アビゲイルは魔導具を取り出す。


「おーい、ジョン。さっき出した氷柱を借りるぞ!」

「うむ」


 ゴーレムたちが運んできた氷柱を、魔導具に設置する。

 熱を発する魔術式を刻印した、蛇口のついた魔導具だ。


「よし、これで氷を溶かせば――思った通りだ、どこでも水を使える!」

「冷たいです!」

「今度は温度調整機能もつけよう。だがこれで、野菜も洗い放題だな」


 調理妖精(ヤミー・フェアリー)たちが、サトイモの泥をざぶざぶと洗い流しては、猛烈な勢いで皮を剥く。

 ぬるりとするサトイモを、なんとも器用に扱う調理妖精(ヤミー・フェアリー)たちに、傭兵達が歓声をあげた。


「すげぇ、あれ……カミサンに買ってやりてぇな」

「でも、あんなのどんな魔導具店にも売ってねぇぞ」

「たしかに、魔導具といえばランプとか、小さい火起こしとか代わり映えしないですからね……武器は毎年新しいのが開発されるのに」


 その間にも、鍋はサトイモでいっぱいになる。

 アビゲイルの取り出したフェンリル印の冷蔵庫から取り出した大量の肉も丁寧に切りつけられてすでに鍋の中だ。


「ふむふむ、ダイコンにニンジンもちょうどいいな」

「わぁ、カレーでしょうか……シチューでしょうか……おいしそう!」


 大鍋の中を覗き込んでエミリアが弾んだ声をあげる。

 辺り一面にサトイモ畑を発生させるという『奇跡』を起こした文字通りの聖女とは思えない天真爛漫さだ。

 アビゲイルは、鍋の中の具材をチェックするとポシェットに手をかける。

 取り出したのは、コンパスだった。

 ダンジョン内の転移魔法陣を自動で書いてくれる優れもの。

 メモリを『加熱魔法陣』にセットする。

 

「よし、範囲測量開始。発火術式の描画ツール励起。保温術式の演算もバッチリ……点火!」


 ぼう、と音を立てて魔法陣が火を吹き上げる、

 一定の火力を保って、鍋底を温め続ける。


「すげぇ、かまども炭もないのに!」

「当番の若手が炭起こしに毎朝早起きしてるのは何なんだ」

「あれがあれば母さんも楽ができるわね」


 羨ましそうな傭兵たちの声に、ココナがむすりと黙り込む。


「あんなもの、別に魔導具など使わなくても今でも困っていないでしょうに……」


 修道院でもほとんどの雑事をエミリアに押しつけていた、温室育ちのお嬢様らしい意見だった。


「わぁ、煮えてきました! こんなにあれば、みんなで食べられますね」

「ああ。ちょっと変わり種だぞ……たこ焼きボールの屋台のオヤジさんから教えてもらった、東国の調味料だ」

「わぁ、なんですか……?」

「ミソとショウユ、というらしい。これを溶かして……っと」


 とたんに、鍋からえもいわれぬ香りが立ち上る。

 くつくつ鍋の中が煮えて、ほわほわと湯気が立ち上る。


「これ、なんて料理ですか!」


 エミリアはアビゲイルの服の裾を掴んで問う。

 おそらくは東国の料理だ。

 鍋一杯の見たことのない料理。

 おいしそうなのだ、とっても。

 もう待ちきれない。


「ああ、これは――」


 アビゲイルの言葉を待っているのは、エミリアだけではない。

 周囲の傭兵達も固唾を呑んで待っている。

 すでに、イモと肉と野菜が煮込まれる良い匂いが当たりに充満している。 


「これは、芋煮スープだ!」

「い、芋煮スープ!!」


 聞いたことのない料理に、エミリアは黄色い歓声をこらえられない。


「屋外で、みんなで食べるスープがあると伝え聞いたんだ。豚肉か牛肉か、ミソを使うかショウユを使うか……かなり厳密な宗派がある宗教食だと聞いたことがあるのだが……まぁ、この場所では関係ないだろう。天歌教の諸君が気にしなければ、だが」


 アビゲイルが、戦闘集団である聖歌隊の方を見る。

 全員が、ぶんぶんと首を横に振った。


「そういえば、私たち昨日から何も食べてない」

「だよなぁ……携行食のビスケットだけじゃ力でねぇぜ」

「芋煮スープだっけ? はやく食べたいです」


 全員、すっかり芋煮スープに心奪われてしまったのだ。


「さあ、できたぞ!」

「わーい!」

「わふっ! いい匂いである」

「全員、器を持って並べ! お手伝いゴーレムがよそってくれる」

「みんなのぶんを作ってくれたので、仲良く順番ですよーっ!」


 わぁ、と天歌教団の『聖歌隊』が歓声をあげた。 

 うおおぉ、とロチェスター家の私設傭兵団がおたけびをあげる。

 それぞれの器を手に、芋煮スープを配る列に並ぶ。

 誰も彼もが、笑顔だった。

 焦っているのは、ココナである。


「嘘……嘘よ、嘘。あんたたち、はやくあいつらを捕らえなさいよ!」


 信じられない、という表情で周囲の兵士達を見回す。

 多勢に無勢、絶対にエミリア・メルクリオを連れて帰れると思っていたのに。

 こんな、東国の芋煮スープなどという聞いたことのない料理に計画が台無しにされてしまうなんて。

 芋と少しばかりの肉なんて、質素でつまらない食べ物に。


「エミリア・メルクリオを連れて帰れば、いくらでもご馳走が食べれるくらいの報酬を出すわ! だから戻りなさいよ!」


 ココナの言葉は届かない。

 どんな豪華な未来の食事より、今ここで――隣にいる誰かと楽しむ温かい食事の方が魅力的なのだ。

 温かい芋煮スープが、屈強な戦士達を笑顔にしていく。


「どう、して……」

「ココナちゃん」


 打ちひしがれるココナに、声をかける者があった。


「エミリア……」

「はい、ココナちゃんのぶん」

「……」



 いらない、と言おうとしたココナは、気づく。

 エミリアの背後。

 巨大な犬――いや、狼が物凄い顔でこちらを見ていることに。


「ひっ」

「? どうしたの、食べない?」

「食べます、食べますっ!」


 慌てて受け取った器は、芋煮スープの熱でほかほかと温かい。

 冷えた手先が、じんわりと温まっていく。

 ふぅ、と息を吹きかければ、立ち上る湯気がゆらりと踊る。

 ミソの香り、と肉の脂の甘い匂い。

 そして、懐かしい土の香りのするサトイモの気配。

 ココナは、恐る恐るスープに口をつける。


「……おいしい」


 じんわりとしょっぱいミソという調味料の不思議な風味、それから肉の脂の甘みが溶け込んでいる。サトイモをかじれば、ねっとりほくほくとした食感が楽しかった。


「うん、美味しいね!」


 いつの間にか隣に腰掛けていたエミリアが、ココナに微笑んだ。

 どうして――ココナは不思議に思う。

 自分はエミリアが優秀な魔力を持っていることに気づいて、追い出した。その前にも、彼女のお人好しにつけこんで、こき使うだけこき使って、少ない修道院の食事すらも彼女から取り上げることもあった。

 それなのに、どうしてこんなに親切にしてくれるのか。


「なんで、あなたを害しに来た私たちに食事なんかふるまっているの。馬鹿じゃない?」

「みんなで食べると、美味しいから」

「……そのみんなに、どうして私が入ってるの」


 傭兵団と聖歌隊をとりあげられれば、ココナは無力だ。

 この場所から追い出せば、もう二度と天歌教の聖女になることもできないし、それどころか実家から追い出されて二度と帰れないだろう。


「どうしてって、それは――ココナちゃんと、一緒にご飯が食べたかったから」


 答えながら、エミリアは思い出す。

 セレネイド女子修道院にやってきたココナは――いつでも、寂しそうだったことを。

 周囲に何人もの見習い聖女をはべらせていて、その中心にいたけれど。

 それでも、ココナは寂しそうだった。


「何それ。意味わからない」

「でも、ココナちゃん」

「何よ」

「あなた、泣いているよ」


 エミリアの言う通り、ココナは泣いていた。

 ぽくぽく、ねっとり美味しいサトイモ。申し訳ばかりの肉に、食べたことのない東国の調味料。

 素朴で、質素で、豪華絢爛とはほど遠い芋煮スープ。

 その味に、ココナは泣いていた。


「……私、どうして」

「ココナちゃん、もう大丈夫だよ。もう、寂しくない」


 そう。

 ずっと、ココナは寂しかった。

 王国内で絶大な権力を持つ貴族であり、辺境伯の爵位をいただくロチェスター家にならぶ豪華絢爛な食事は、一流の食材で一流の料理人が作ったものだった。

 けれどその食卓は、いつでも冷え切っていた。

 母と二人の、会話のない食卓。

 父は、王国と出世のことで頭がいっぱい。

 領地での警備と王都での執務にあけくれて、ココナと母親の住む別邸にやってくることはほとんどなかった。

 たまに一緒に食事をすれば、ココナに一方的に決定事項を伝達した。

 「セレネイド女子修道院に行け。天歌教会から聖女の位をいただいて、家格をあげるのだ」と父から言われたのは、ココナの十五才の誕生日だった。既定により、次の日には屋敷を出て修道会に引き渡された。

 誰かと、温かい食卓を囲む。

 そんなことは、一度としてなかったのだ。

 だから。

 こんなに、誰かと食べる食事が美味しいものだなんて。


「知らなかった、のよ」


 ぽろぽろと涙が流れてきて、止まらない。


「ごめん、なさい」


 ココナは絞り出すように呟いた。

 自分が惨めだなんて、思いたくなかった。

 だから、自分よりもうんと貧しいエミリアが楽しそうに日々を過ごしているのを見て、自分の持つ才能に気づきもしないのを見て。

 イライラしてしまった。

 目の前から消えてほしいと思ってしまった。


「本当に、ごめんなさい……」


 自分がエミリアにしたことが、許されるとは思わない。

 ――けれど。


「うん、いいよ」


 エミリア・メルクリオは、こうやって簡単に許すのだ。

 それを目の当たりにするたびに、自分がつまらない人間だと思い知らされる。聖女というのは――きっと、エミリアのような人間なのだ。


「おいしいね、芋煮スープ!」

「ええ、本当に……おいしい」


 周囲では、聖歌隊と傭兵団が肩を組んで笑い合っている。

 エミリアと万能の魔女アビゲイルの作った、あったかご飯で。


「おーい、エミリア!」


 アビゲイルの声に、エミリアは振り返る。


「はーい、なんですか。アビゲイルさん!」

「鍋がもう空なんだ。肉の種類を変えて、ショウユ味にして作り直すんだが……畑、もう一回作れるか?」

「もちろんですよ!」


 聖乙女の戦杖(ホーリーメイス)を掲げると、エミリアの清浄な魔力が周囲に満ちる。

 新しい葉っぱが芽吹いて、土がもこもこと盛り上がる。

 その場にいる全員が、「わぁっ!」と弾んだ声をあげた。


 芋煮スープ会は大盛況。

 温かく胃を満たした兵士達を、ココナはその場で解散させた。


「……エミリア・メルクリオ」

「うん」

「……ありがとう」


 ココナ・ロチェスターは立ち去った。

 そして彼女は、天歌教会にもロチェスター家にも帰らなかった。

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[一言] 一月かけて煮込んだ芋煮スープ
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