茂る葉っぱと、聖女の力
「……ぶぁああ~~~か!!」
叫んだ。
ココナ・ロチェスターは、汚く叫んだ。
怒っていたのだ。
なにが……なにが、「みんなでごはんを食べましょう」だ。
エミリア・メルクリオはこういうやつだ。
まるで自分だけが清らかでいい人みたいな顔をして。
周囲から馬鹿にされても平気な顔をして。
それでいて、天から愛された才能を持っていて――すごく、特別な子だ。
聖女見習いとして、修道院で過ごしていた仲間だからこそわかる。
エミリアは自分なんかとは違う。
家柄に恵まれて、ただ家格に箔をつけるためだけに『聖女』の肩書きをとろうとしている軟弱な貴族の子女なんかとは、まったくもって違う。
……だからこそ、嫌いだ。
エミリアなんて、大嫌いだったのだ。
「バカ、バカッバカッバー―カッ!」
「語彙力の死を感じるな」
「大馬鹿ですわ、エミリア……あなたに大切なモノなんてないんでしょう、飄々としやがって……黙って私に従いなさいよ! そうすれば、カナリエラ様も私を認めてくれる!」
「大聖女様が……?」
「そうよ! あんたがカナリエラ様のお気に入りだって知っていたら、私だってあんたを追い出そうなんて思わなかった!」
「……ふむ、つまりはこの大捜索は天歌教の大聖女の差し金なんだな」
アビゲイルは「ふぅん」と唸る。
なるほどカナリエラ・ハルート大聖女というのは、エミリアの秘めている魔力に気づいていた可能性もある。
セレネイド女子修道院は、王都に一番近い修道院だ。そこでかくまって、聖女としての請願を立てると同時に手元に置こうとでも思っていたのかもしれない。
まあ、あれだ。
――異質なモノに牙を剥く人間の……とりわけ、思春期の少年少女特有の愚かしさに思い至らなかったのが、大聖女の敗北だろうな。
冷めた気持ちで、アビゲイルは舌打ちをした。
「……ココナちゃん。あのね、私わかったの。そうやって怒ったり、悲しい気持ちになったりしちゃうときはね、眠かったりお腹が空いてたりするだけだよ」
エミリアは静かに語る。
紛れもない、本心。
修道院にいたころは、なんだかずっともの悲しかった。それは今になって思えば、ひもじくて、ねむたくて、疲れていたのだ。
はやく、ここではないどこかに行きたいと思っていた。
聖女になって、修道院から遠くへ旅立ちたいと願っていた。
――自分のことなど後回し。
他人に尽くして、尽くして、尽くしまくる……けれどもそれは、健康なことじゃない。
アビゲイルは、いつもエミリアの代わりに怒ってくれた。
バカじゃないか、と呆れてくれた。
今なら分かる。
自分のお腹が満たされていて、よく眠って、温かい気持ちに満たされているほうが、人は優しくなれるのだ。
貧しい姉妹に全部の食べ物を与えて自分が倒れるなんて真似ではなくて、宝石少女と一緒にキラキラのサイダーを飲むことができるのだ。
「何を知ったようなことを……!」
ココナが、背後の兵士たちに出撃の命令をくだそうと手を掲げる。
「ダメだよ、ココナちゃん!」
「は?」
エミリアの手にしている、【聖乙女の戦杖】が輝きを放つ。神龍と世界樹の魔力をコントロールするための、聖なる魔道具。
ダイヤから譲り受けた宝石が、きらきらと輝き出す。
「なっ、まさか天歌教の『聖歌隊』に攻撃をする気ですの!?」
「ちがうよ!」
きらきら、きらきら。
きらめいて。
「お願い、ここにいるみんなが嬉しいお料理を!」
エミリアの祈りは、彼女が体内にため込んでいた大量の魔力を使って成就する。眠くもならない、お腹も空かない。
自分の力が、きちんと自分の体の一部として機能している!
光りが降り注いだその先で――芽が、吹いた。
「うわぁ、なんだ!?」
「なんですの、この葉っぱは!?」
エミリアの祈りに応えて、芽はどんどんと伸びる。
やがて青々とした葉っぱが茂る。その下の地面は、ふっくらと盛り上がっている。まるで、よく耕された畑のように。
露のしたたる、大ぶりの葉っぱ。
エミリアは、くるりと振り返ってアビゲイルに微笑む。
「アビゲイルさん、お願いです!」
「ん?」
「ここにいるみんなで食べられる、美味しい料理をつくってください!」
「ここに……って、そこの私兵やら聖歌隊やらもか?」
「はい!」
「それに……エミリアも?」
「はい、私もおなかいっぱい食べたいです」
「……エミリアがお腹いっぱい、かぁ」
それはちょっとハードル高いな?
アビゲイルは肩をすくめた。
脳天気にも見えるふたりのやり取りに、また口を挟もうとしたココナであるが――。
「わふっ!」
「きょわっ!!!??」
嬉しそうにジョンがココナに突進する。
大きな体でじゃれついて、もふもふの背中にココナを乗せてしまう。
その間、約五秒。一瞬の出来事だった。
「なな、なにこの犬は~!?」
「わっふ! ココナと言ったか、でかした。お前のおかげでアビゲイルの料理が食えるぞ!」
「しゃ、しゃべった!?」
ココナは顔面蒼白で、飛び跳ねるジョンの毛皮にしがみつく。
私兵と聖歌隊が、その様子に後ずさる。
まずい。
楽勝な仕事と聞いていたのに。
「喋る魔物……? やばすぎる」
「っていうか、あれを使役してるって……聖女見習いどころか、魔女だろ」
「魔女って言うか、魔王では?」
「聞いたことがあるぞ、【万能の魔女】……つばあり帽子のアビゲイルは宮廷魔導師団で【邪道】ばかり研究していたって」
ちなみに、戦争や国防の役に立つ魔法・魔導兵器の開発を【王道】。それ以外の研究を【邪道】と呼ぶのが宮廷魔導師団の習わしである。
その深い知識と才能を生活用の魔導具の開発に費やしていたアビゲイルは、それはそれは「邪道」であったわけだ。
「逃げるぞ!」
隊列が崩れるまで、ほとんど時間はかからなかった。
しかし。
「わっふわっふ!」
楽しげなジョンの声。
ひと鳴きしただけで――天から氷の柱が降り注いだ。
「うわああ!?」
氷狼フェンリルの権能。
冷気を操るばかりだったジョンの力が、明らかに増していた。
世界樹の眷属であるフェンリルの封印が、エミリアが過去の記憶に触れたことで解き放たれたのだ。
主人であるエミリアの脳天気……いや、心優しい気質によって朗らかな性格となっているジョンだが、あくまでも霊獣である。
「わふ。どこへ行く? エミリアは、『みんなでご飯を食べる』と言ったのだぞ?」
ひとりとして、兵士達を逃がすつもりはないのであった。
もふもふ。




