お人好し聖女
「ココナちゃん……?」
エミリアは大きく目を見開いた。
セレネイド女子修道院で一緒に過ごした仲間とこのようにまた会えるだなんて思っていなかったのだ。
しかも相手は、シスター・ココナ。
修道院ではたくさんの仲間に囲まれていつも輪の中心にいたような人物だ。
聖女選抜にむけて十五才前後で修道院にやってくる、貴族や良家の子女達……その中でもココナは、一目置かれる存在だった。
孤児として教団に拾われて物心がつく前から修道院で暮らしていたエミリアとは身分も将来も違う存在だった。
エミリアは聖女として貧しい国に奉仕に行きたかった。
ココナをはじめとした上流階級の女子達は、「聖女」という身分を使って社交界を生き抜いていく。もちろん、貧しい国に行ったりはしないし、自分の魔力を貧しい人々に分け与えたりもしない。
「やっと見つけましたわ、エミリア・メルクリオ……!」
「どうしたの、ココナちゃん? 今頃は、もう聖女選抜も終わってるころじゃないの?」
「ええ、そうね……エミリア、あなた修道院に戻っていらっしゃいな」
「え? でも、私がみんなも足を引っ張ってたから、みんなに迷惑かけてるからいない方がいいって……大きなシスターや、修道院長が」
「それは間違いだって、教団が認めたのよ……」
「でも、そんな今更になって」
「白々しく言わないで!」
涙をいっぱいに浮かべて叫ぶココナの背後。
一連のやりとりを眺めていたアビゲイルは、ずらりと並ぶ集団と見つめ合っていた。
銀の糸で刺繍を施された、戦僧衣――天歌教団の戦闘部門、「聖歌隊」だ。
それだけではない、貴族の私設部隊のような出で立ちをした一団を連れている。
アビゲイルが形のいい眉毛を釣り上げる。
「君たち、もしかしてエミリアの知り合いか」
「部外者はお黙りなさい」
「おっと、ひどい言われようだな。誰が部外者だ」
とげのあるココナの言葉に、アビゲイルは一歩も引かない。
アビゲイルのかぶっている大きなつば付き帽子に、ココナの後ろで控えていた聖歌隊のうちの一人が気がついた。
「その帽子……もしや、【万能の魔女】アビゲイルじゃないか?」
「なんですって」
ココナが大きく目を見開く。
「アビゲイルといえば、史上最年少で宮廷魔道士団に入団したという天才……しかも、オートの貴族の隠し子だった……?」
「ふん、出自の話などどうでもいいだろ。それとも、目の前の人間よりも血筋の話の方がお好みなのか?」
「ぶ、無礼な……!」
「あわわ、あの、喧嘩しないでください。アビゲイルさん、ココナちゃん!」
「エミリア?」
「私のせいで喧嘩してますよね、もしかして!?」
「いやそうとは決まったわけじゃないが……お人好しにも程があるだろう」
ココナが叫ぶ。
「そうよ、あんたのせいよ!」
「……む」
「ココナちゃん……」
睨み付けるようなココナの視線。
エミリアは肩を落とした。
その手には、【聖乙女の戦杖】が握られている。
世界樹の精霊の生まれ変わり――といきなり知らされたからといって、今まで生きてきたなかで培われた極度のお人好しが治るわけがなかった。
「私は……ただ、修道院で認められたかっただけなのに、なのに、あんたが……エミリアがいなくなったせいで……私はこんなところまであんたを追いかけることになって……」
ココナはすっかり興奮しているのか、肩で息をしている。
まるで全力疾走でもしたかのように荒い息遣いだ。
目にいっぱいの涙を浮かべている。
まるで悲劇のヒロインかのように、肩を震わせながらエミリアたちを睨みつけている。
「私は立派な聖女にならないといけなかったのに。ロチェスター家の娘として恥ずかしくない……お父様に認めていただけるような立派な聖女に……」
「ふざけるなよ」
ココナの言葉を遮ったのはアビゲイルも鋭い一言だった。
アビゲイルは今までに見せたことのない厳しい面持ちで、ココナを睨み付ける。
「な、なんですの」
「聞いているぞ。エミリアのことを都合よく使って、その挙句に修道院からエミリアを追い出した……ってな」
「は……? どうして部外者のあなたが……?」
「メリル市は王国最大のバザールを有している街だ。通いつめていれば色々と耳に入ってな」
エミリアは驚きで目を丸くする。
「アビゲイルさん、そんなことを調べてくれていたんですか……?」
「毎日一緒にご飯を食べている相手のことだからな、知りたくなって当然だろ」
「は……?」
「ココナと言ったか、お前は知らないのか……エミリアと一緒に食事をすると温かい気持ちになるんだ。何でも美味しそうに食べてくれる、何でも楽しいと言ってくれる……それかどれだけ尊いことか、わかるかい? それを、お前の勝手な都合で追い出したり、かと思えば戻ってこいだと? ふざけるのも大概にしたほうがいい、この腐れ教団が」
「何をバカなことを!」
腐れ教団、という言葉にざわつく兵士達。
ココナは唇を噛みしめる。
とんだ赤っ恥だ。どうにかして、カナリエラ大聖女からの信頼を取り戻さなくてはならないのに。それをどうして、民間出身の宮廷魔導師崩れなんかに偉そうなことを言われなくてはいけないのか。【万能の魔女】などといったって、たかが庶民だろう。
自分は栄光あるロチェスター家の娘だ。
父の期待を一身に受けて、「聖女」としての身分を得るためにあんな粗末な修道院で娘時代を過ごしたというのに、何だこの状況は!
「温かい気持ち? 食事がどうしたというのですか……そんなもの何の役にも立たないではないですか!」
天歌教団の最高指導者である『大聖女』リエラこと、カナリエラ・ハルートからの直々の指令で、かつて見くびっていた――そして自ら、点数稼ぎのために追い出した同輩を連れ戻さなくてはいけない、などという憂き目にあっているのだ。
全部が裏目に出る。
何もかもが、上手くいかない。
そんな苛立ちを抑えていたココナにとって、そんな意味のわからない理由で自分の邪魔をしてくるアビゲイルが腹立たしくて仕方ない。
「私としては避けたいところだが……そちらが武力を行使すると言うのであれば、【万能の魔女】の名の下に受けて立つこともできるわけだが?」
「……っ! カナリエラ様からは、どんな手を使ってもいいと……委任されています。それにここにいるのは、お父様からお借りした我がロチェスター家の私兵たちです……」
ココナとアビゲイルの睨み合いは続く。
そして……。
「やっておしまいなさい」
「受けて立つ」
一発触発の雰囲気が漂った、そのとき。
「や、やめてーーー!?」
「は?」
「エミリア!?」
エミリアの叫び声が響いた。
「あのっ、喧嘩とか本当に良くないと思うんですっ! ココナちゃんも落ち着いて、 アビゲイルさんも落ち着いてえぇ!」
「わふ、声が大きいなぁ!」
ジョンが元気に笑った。
エミリアは、あらん限りの声で二人に、そしてココナの後ろに控える兵士達に告げる。
――だって、自分はやっと見つけたのだ。
自分の前世なんて関係ない。
どんな自分だって関係ない……やっぱり自分にとって大切なのは、美味しいご飯が食べられる日々なのだ。平和に楽しく過ごせる日々なのだ。
……そしてきっと、世界樹を司る精霊だった前世が望んでいたのも、こういうことだったのだと思う。
人間達の台頭によって力を失いつつあった世界樹が、人間たちの争いの元になるくらいなら。
長き眠りにつこうと――いや、分からないけど。多分そういうことなんじゃないかと、エミリアは思ったのだ。
だから。
「喧嘩なんかしないで……その……ごはん、食べましょう!」
エミリアのすっとぼけた言葉に、
「「は、はぁ??」」
今の今まで睨み合っていたココナとアビゲイルが、声を揃えた。
「な、何を言ってるんだ。このお人好し聖女!?」
「アビゲイルさん、お願いしますっ。私……とってもお腹が減ったので!」
エミリアは周囲を取り囲む兵士達を見回す。
「みんなで、ごはんを食べましょう!」
腹ぺこ聖女エミリアのお人好しは、状況を打破できるのでしょうか。
次回、大宴会です。




