キミはキミだから。
石の祭壇を振り返る。
エミリアはあることに気づいた。
「あれ、光が」
先ほどまで、眩いばかりに輝いていた祭壇の光がなくなっている。
どうしてだろう。
エミリアは不思議に思って首をひねる。
「この木の根っこの奥に、たしかに光があったはずなんですが」
「そうだ、あの異様な魔力……」
アビゲイルは魔力板を取り出す。
先ほど測定したときには、基準値の100倍近い大気中の魔力が検出されていた。
板に次々と映し出される文字列を持って行く。
エミリアがその様子をぼーっと眺めていると。
「ど、どういうことだ?」
「どうしたんですか、アビゲイルさん」
「さっきの魔力の発生源――」
「はぁ」
「あの魔力が、ぜんぶキミから発せられているんだが」
「……はい?」
「だから、あの魔力の発生源はキミなんだよ。エミリア!」
「え、ええぇ~!?」
魔力板に表示されている計算式。
アビゲイルが何度計算しなおしても、計算結果は同じだった。
基準値の100倍を超える大気中の魔力。
それは、エミリア・メルクリオから発せられているのだ。
「……やっぱりさっきの夢は本当だったんですね」
「また超展開が過ぎるぞ。太古の昔に失われた世界樹の生まれ変わりなんて――いくらなんでも規格外過ぎるだろう」
「はぅっ」
「しかしそう考えるとすべて辻褄が合うな」
冒険者ギルドで測定をした【神竜級】の規格外の魔力量。
そんなとんでもない魔力を有していながら、魔術の単位をほとんど自力で使われていなかった――それどころか、 魔力をコントロールできていなかったエミリアの状況。
魔力を使うたびにひどい空腹と眠気に襲われる症状。
それはすべて、エミリアの魔力の源。そこに原因があったのだ。
自分のものではない魔力をものにすることはできない。エミリアの魔力がどこか異質なものであるということは、アビゲイルも気づいていた。
けれど。
それがまさか、はるか昔に失われたと言われる世界樹から受け継いだ魔力だなんて――。
「まったく、本当に規格外だな。キミは」
「そ、それって褒められてますか?」
「ああ、褒めてるよ」
「本当ですか」
「嘘をついてどうするんだ」
「そうですか……それにしてもアビゲイルさんもあの変な夢を見ていたなんて」
エミリアは大きくため息をついた。
はふう。
「何か気になるのか」
「いやその、だって変じゃないですか」
「へん……って何が?」
「だって私ですよ? 見習い聖女としても全然一人前になれなくって、いつもお腹減らしてばかり、すぐにグーグー寝ちゃうし……そんな私が世界樹の守護者さん?女神様?の生まれ変わりって。そんなこと言っても誰も信じてくれませんよ」
エミリアの眉毛がハの字になってしまう。
心底困っているのだ。
女子修道院でみんなに迷惑をかけて追い出されるような自分が、そんなすごいものの生まれ変わりなんてにわかには信じられなかった。
「アビゲイルさんもそう思うでしょ。信じられないって」
「信じられないと言っても――見てきたものだからなぁ」
まあ夢だけど、とアビゲイルは付け加える。
「変だとは思わないんですか?」
「……エミリア」
「は、はい?」
両肩をアビゲイルの白くて繊細な手で掴まれ、エミリアは背筋を伸ばす。
「あのな、キミは最初から変じゃないか」
「え?」
アビゲイルの突然の言葉に、エミリアは目をぱちくりとさせる。
「お腹を空かせて泣きそうになりながら街道沿いに転がっている見習い聖女なんて、変に決まっているだろう。それでも私は声をかけたんだ。その……キミが貧しい兄弟に食べ物を丸ごと渡してしまったから」
「え! アビゲイルさん見てたんですか?」
「実はな」
宮廷魔導師団を追放されたばかりのアビゲイルは、前から懇意にしていた『飛ぶ蛙亭』とその近くに住む一家の様子を気にかけてあの街道を通りかかったらしい。
街道沿いに住んでいるあの兄弟が食うに困っていることをアビゲイルは知っていた。
『飛ぶ蛙亭』の亭主に頼んで、あの兄弟たちのために差し入れをこしらえてもらおうと思っていたところだったらしい。
お腹が空いていることは、とても不幸なことだから。
家族が幸せに暮らしてお腹いっぱいに美味しいものを食べられる……それこそがアビゲイルが夢見ている世界だったから。
「そ、そうだったんですか……」
「だから、キミのことを放っておけなかったんだよ。エミリア」
アビゲイルは快活に笑う。
「だから、その、なんだ……キミは最初から変だったし、今更エミリアが何者であったって驚かないよ。エミリアはエミリアだ」
「あ、アビゲイルさん!」
思わず、エミリアはアビゲイルに抱きつく。胸の中に温かいスープがいっぱいに満ちているような気持ちになった。
ずっとずっと、アビゲイルと一緒にいたい――エミリアを改めてそう心に決めた。
そうすればきっと、「世界中の人を助ける立派な聖女になる」というエミリアの夢も叶うような気がするのだ。
「――……おや」
「どうしたんですか、アビゲイルさん」
「台座の上。見てくれ」
「木の根っこが解けてる!?」
石の台座の上。
先ほどの爽やかな緑の光を守っているかのように何重にも絡まりついていた木の根っこが解けている。その中心部に、美しく輝くアイテムが出現していた。
いつのまに。
「これって……戦杖ですよね?」
「そのようだが……これは美しいな」
美しく輝く宝石をいくつもちりばめた戦杖。
冒険者ギルドで貸し出されていた初心者用のものとは比べ物にならない、とても上質な品だということが見ただけでもわかる。
「すごい。きれい」
エミリアが思わず手をのばす。
持ち上げたそれは、まるで羽でも生えているかのように軽かった。
「わ、わあ!?」
急に足元がぐらついた。
エミリアとアビゲイルは思わず抱きあう。
「……わふ」
すっかり忘れていた。
ジョンを踏み台にしていたのだった。
「わわわ、ごめんね。ジョン!」
「びっくりした……」
ぐっすり眠っていたジョンが起き上がり、エミリア達は背中から下りる。
すると。
ジョンが――いや、世界樹を守る聖なる獣のうちの一柱。
氷狼フェンリルがふたりの前に伏せをした。
「ジョン?」
「――お目覚めになられましたか、我らが女王」
「え、ジョン?」
驚いていると小さな足音が近づいてくる。
「ああ、やはり。ついにこの日がやってきたのですね」
「だ、ダイヤちゃん!? めっちゃ大きくなってる!?」
声につられて振り返ると、宝石少女――このメリルリ古代迷宮を守っていたストーンゴーレムが立っていた。
色とりどりの宝石でできた体のおかげで、すぐに彼女だとわかったけれど。エミリアよりも幼い少女の姿をしていたダイヤは、随分と背丈が成長していた。ついでに女性らしい凹凸のあるナイスバディになってきた。
「ぐ、ぐぬぅ……成長期……!」
かっこいいスタイルに憧れる エミリアが悔しがっていると、ジョンの隣にダイヤも膝をついてエミリアに頭を垂れた。
「ずっとずっと待っておりました。世界中にある古代迷宮はすべて、あなたのために作られたものなのです。エミリア様」
ダイヤの言葉に、エミリアとアビゲイルは顔を見合わせた。




