エミリアの前世。
「これは……?」
メリルリ古代迷宮の最深部。
地下に広がる大広間の中央に鎮座している、石の台座。
木の根が深く絡まっている。
その中心に、目をこらす。
「木の根が何かを……護っている?」
「待ってください、何か光が……」
「光? エミリア、私にはそんなものは見えないが」
「何か……温かいような……」
エミリアは手を伸ばす。
アビゲイルは、「あっ」と息を呑んだ。
だって、おかしいのだ。
エミリアは迷宮の奥に潜るに従って、元気になっている。
普段であれば、少しのことでお腹をすかせたり、眠りこけているエミリアが――先ほどの巨大な門を開くほどの魔力を使っても、ピンピンしている。
計測限界を超えた【神竜級】の魔力を体内に有していることの負荷が、生活リズムを整えたことで少しずつ軽くなってきたのだろうかと思っていたが……もしかしたら、そうではないのではないか。
「エミリア……?」
宝石少女も氷の狼も、眠りこけてしまった。まるでこの場所にエミリアを導くという役目が終わって安心したかのような。
ジョンに至っては、くるりと丸まって眠っているけれど――まるで、背丈の小さなエミリアが台座に手を伸ばしやすくしているかのような位置で眠っている。
もしかして。
メリルリ古代迷宮は、この場所は――エミリアを、呼んでいた?
アビゲイルは、なんだか所在ないような気持ちでエミリアに声をかける。
「なぁ、エミリア――」
けれど。
アビゲイルの言葉よりも、エミリアの指先が木の根に触れるほうが早かった。
エミリアの触れた場所から、木の根がほどけていく。
内側から放たれる光は、アビゲイルにも認知できるほどに眩いものになった。温かい、若葉のような色の光が、まるで湧き水のようにあふれ出てくる。
エミリアは焦った。
とんでもないことをしてしまったかもしれない。
光を放つ木の根に、どうしても触れてみたくなった。けれど、これってもしかして古代迷宮の罠的なコトだったのでは、今更になって焦りを覚えたのだ。
「わ、わわわ……!?」
「これは――ああ、気持ちがいい……?」
「アビゲイルさん、アビゲイルさんっ!?」
「か、ぁ……さん……」
「あび……げいるさん……」
どんどん、瞼が重くなる。
けれど、恐怖はなくて――。
エミリアは、そっと意識を手放した。
***
――空を、大きな竜が飛んでいる。
きれいだなぁ、とエミリアは思った。
あの大空を飛ぶ竜が、なんだか愛おしいと思った。
大樹の根元に横たわって、エミリアは空を眺めていた。
『我らが女王よ』
誰かに呼ばれた気がした。
振り返る。
そこには、美しい神獣たちがいた。
炎を纏った大きなトカゲ、雷を従えるしなやかな猫、風の翼を美しく広げた鳥――そして、氷のように美しい狼。
(ジョンだ!)
間違いなく、ジョンだった。
氷狼フェンリルの姿は、今よりももっと神秘的で美しいけれど。
これは、記憶だ。
エミリアは、不思議とそれを直感した。
これは、大昔の記憶なのだ。
『我らが女王よ、本当に眠りにつくのですか』
我らが女王。
ジョン――いや、四つの神獣を代表して発声するフェンリルがそう呼んでいる相手。それが、自分であることにエミリアは気付いた。
『ええ、人間はもはや世界樹への信仰を捨てました』
(これ、私が喋ってる……?)
不思議な感覚。
自分が、自分じゃないみたい。
いや、たしかに自分じゃない。けれど、今喋っている女性は自分だ。
エミリアはふわふわした気持ちで、それを眺めていた。
『あの新しい教えですか……』
『ええ。人間は、新しい歌を得たようですね。彼らは世界樹のマナを我が物のように消費することを覚えた』
『……世界にあまねくマナを行き渡らせる世界樹の守護者である貴女が眠りにつけば、人間たちはすぐに世界樹のマナを根こそぎ奪わんとするのでは』
『心配にはおよびません。私は、この世界樹の魔力ごと眠りにつきます――世界の裏側に、世界樹を隠してしまいましょう。大いなるマナがなければ、彼らの歌は人間の分を超えた力を生むことはない』
『我らは一体、なにをすれば?」
『あなたがたにはお願いがあるのです――世界の各地に、私の記憶と世界樹の力を分散して隠してほしいのです。心配しないで。私の魂は神竜によって護られるでしょう』
神竜。
四つの神獣とともに世界樹を護っていたという、伝説の竜。
(あの、大空を飛んでいた竜だ)
エミリアは何故かそう思った。
あの大きくて強い、美しい竜。
あれが、神竜。
エミリアの声で、女の人は――世界樹の守護者であるという女王は言った。
『私にはもう大きな力は残っていません。だから、私は神竜とともに眠るのです――はるかのちの世に、神竜の力を持って私の魂が生まれ変われるように。そして、眠りにつく世界樹を――またこの世界に根付かせることができるように』
そのときのために。
世界樹と、その女主人の記憶を――迷宮の奥底に隠しなさい。
(光が……)
あの若葉色の光が再び満ちる。
エミリアの意識が、揺らぐ。
(私は……私の前世は、もしかして――あの女の人なの……?)
眩しさに目を閉じる。
次にエミリアが瞼を持ち上げたときには、そこは青空の下の大樹――世界樹の根元ではなかった。
メリルリ古代迷宮の最深部。
まるで祭祀場のような広間の石畳――に寝そべったジョンの毛皮に埋もれて眠ってしまっていたようだった。
「はっ! あ、アビゲイルさんは!?」
エミリアは周囲を見回す。
たいへんだ。スゴい夢を見てしまった。
アビゲイルに伝えなくては。
ジョンの尻尾にうずもれるように眠っているアビゲイルを見つけて、エミリアは彼女に駆け寄った。
お話しの山場なので、飯テロ回はしばらくお預けです。
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