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ロチェスター家の冷たい食卓

「だ、大聖女様。ようこそ、我がロチェスター家に」



 ココナは深々とお辞儀をした。

 国境警備を率いる辺境伯であるロチェスター家。

 メリル市にほど近い場所にある別邸のひとつにやってきたのは、天歌教団の最高指導者である『大聖女』リエラこと、カナリエラ・ハルート。

 そして、彼女を守る天歌教団の聖職者と信者たち。


 豪奢な大行列によってロチェスター邸にやってきたその数は、ゆうに100名を超えそうだ。


 大聖女カナリエラの側近である大司祭。

 天歌教団の武力行使部隊である『聖歌隊』一個小隊。

 


 突然の来訪者に、早馬でかけつけたロチェスター辺境伯は目を見開く。

 本来であれば任務地を離れるなどできようもない地位にあるが、緊急の手紙を受け取り、急ぎこの別邸にやってきたのだ。



「ココナ、これは一体どういうことだ」

「お父様……」

「聖女選抜の結果はどうした。お前には天歌教の『聖女』としてロチェスター家の格を保ってもらわねば――」

「その件だが」



 側近である聖職者のひとりが口を開く。

 その衣装は、彼が大聖女に次ぐ地位である大司教の地位にあることを物語っていた。



「――この娘が愚かにも修道院から追い出した人物を、我が天歌教団は全力をもって捜索をする。この娘と、その生家であるロチェスター辺境伯家にも協力を要請する」

「なっ!」



 無茶な、という表情をロチェスターは隠せなかった。

 辺境伯という王にも匹敵する身分。

 しかし、ここはあくまで市内に構えた別邸。配置している使用人も限られている。

 国境の守りを任されているロチェスター自身が、何日も領地を離れているわけにはいかない。



「――その大司教の言、我が言葉として受け取るように」



 透き通るような声が響く。

 輿の中、絹のベールに包まれて今は姿の見えない大聖女――カナリエラだ。


 大司教がうやうやしく輿に頭を下げる。



「カナリエラ様」

「カナリエラ――天歌教団の大聖女、カナリエラ・ハルート!?」

「ロチェスター伯、大聖女様の御前である。言葉をつつしめ」

「――はっ」



 ロチェスターは唇を噛んだ。



「ココナ、貴様一体どんな失態をした」

「申し訳ございません、お父様っ」

「――黙れ。この失態は必ず取りかえせ、金と人員の手配はする」

「はい……」



 ロチェスターは、じろりとココナを睨みつける。

 ココナにとって、それは何よりも耐えがたい屈辱だった。

 すべては、この父に「一人前」として認めてもらうために聖女見習いになっていたというのに。



「今宵は歓迎の宴を催します。どうぞ、我がロチェスター家にご宿泊を」



 苦々し気な、ロチェスターの声が響いた。



***




 宴は盛大に行われた。

 長旅をねぎらうという名目で、近隣の村人たちに祭りの際にふるまうための備蓄もすべて放出された。

 大食堂に所狭しと並べられた、高級食材に珍味。

 食べきれないほどの、ご馳走。


 カナリエラの命令で、その隣にはココナが座らされていた。

 顔面蒼白。

 ココナは、恐れ多さと事態の深刻さにカタカタと震えていた。



「……メリル市に、あの娘がいるというのは本当なのですね?」

「は、はい。大聖女様。あらゆるツテを使って調べました」

「さすがはロチェスター家の娘です。仕事が早い」

「あ……」



 ありがとうございます、とも、恐れ多いことです、とも言えなかった。

 少し前までのココナであれば、大聖女カナリエラ・ハルートと食卓をともにして、さらにはその能力について言葉をもらったなんていうことは自慢の種だったはずだ。

 けれども、今はただ恐ろしい。


 カナリエラは、ココナのことを「自分が拾った将来有望な逸材を勝手に追い出した不出来な見習い聖女」としてしか見ていないだろう。



「め、メリル市ちかくの大迷宮(ダンジョン)を攻略しているという情報もあります……」

「ダンジョン――。はぁ、異教の遺跡を探検とは。ああ、嘆かわしい」



 カナリエラは大げさにこめかみをおさえて悲愴な表情を作る。

 ココナはいたたまれなさに、うつむいた。



「――それでは、明日には捜索を開始しましょう」

「は、はい!」



 失敗は、許されない。

 ココナは強くそう思った。

 冷え冷えとした気持ち。

 ご馳走の味など、何も分からなかった。


 ――けれども、それは今に始まったことではない。

 権力や軍事力や政治力、力とつくものにしか興味のない父。

 父の家柄にしか興味のない母。

 冷めた目の使用人たち。


 ココナにとって、家や食卓は――いつだって冷え切ったものだった。




***




「……しゅわしゅわ、おいしかった」



 メリルリ古代迷宮、最深部につながる階段。

 どことなく満足げにつぶやいて、宝石少女(ストーンゴーレム)のダイヤが呟いた。



「よかった! 私も初めて、あんなにきれいで美味しいもの飲みました!」

「エミリアは、本当になんでも美味しそうにたべるな」



 アビゲイルの言葉に、エミリアは胸を張る。



「もちろんです! だって、みんなで一緒に食べれば――なんだってご馳走です。しかもアビゲイルさんの作るものは、なんでもとっても美味しいですから!」

「うん……そうだな」

「ふふ、アビゲイルさん。最近すごく優しい顔してます」

「そ、そうか?」

「そうですよ!」



 かつん、と足音が響く。

 エミリアが、階段を一歩下りたのだ。



「――いよいよ、だな」

「はい、いよいよです!」



 メリルリ古代迷宮の最深部には、どんな秘密が待っているのか。

 エミリアとアビゲイルは、顔を見合わせて――大きくうなずき合った。

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[一言] エミリアに教団と実家の魔の手が迫る!
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