メリルリ古代迷宮での休息 ~秘密の鍵~
チャーハンをお腹いっぱいに食べて満足げに喉を鳴らしているファイアドラゴンたち。
それを眺めながら、大あくびをしているエミリア。
アビゲイルは、調理器具をポシェットにしまうと、うーんと伸びをした。
「さて、明日からは第四層以降の探索だな」
「そうですね、そろそろ寝ましょう……今日はファイアドラゴンさんたちの巣で野宿ですねぇ」
「我のふわふわの毛を使うとよい」
「わぁい、ジョンありがとう~! お布団は恋しいけど……ふあ~あ、眠気には勝てませんね」
「あぁ、そのことなのだが……なぁ、ファイアドラゴン」
アビゲイルが、首から下げているネックレスなようなものをひっぱりあげる。
そこには、鍵がついていた。
「なんだ、人の子よ」
「このあたりに、鍵穴のある扉はないか? 最悪、宝箱のようなものでいいんだが」
「ふむ? 鍵穴か……そちらの部屋には鍵がついていた気がするが――」
「よし、そこで寝よう」
「おや、私たちがお前たちを襲うとでも?」
「いいや」
鍵がキランと光る。
「今回の、秘密兵器だ」
***
ファイアドラゴンに、鍵穴付きの扉に案内してもらった。
エミリアは、案内役の比較的小さなファイアドラゴンの頭を撫でる。
「ありがとう、ドラゴンさん」
「ギャーウキャーウ♪」
「さて……空間転移魔術を最小限、かつ適用範囲を最大にしたわけだが……うまくいくかな」
「……?」
アビゲイルが、鍵穴に鍵をさしこむ。
もちろん、鍵は合うわけはない――のだが、かちりと音を立てて鍵は回った。
『錠前やぶり』の魔法というのが存在しているが、それともすこし違うようだ。
「さぁ、御開帳だ」
ドアをあけ放つと――そこは、アビゲイルの家の寝室だった。
「わ、すごい!」
「おおお……これは、森の家ではないか!?」
「うまくいったな! この鍵をつかうことで、どんな扉からも我が家の寝室にパスをつなげることができる空間転移の魔導具だ!」
「す、すごい!」
「とはいえ、寝室から出ることはできないがな」
「十分ですよ……わぁい、ふわっふわのお布団だー!」
すでに『懐かしの我が家』となったアビゲイル邸の布団にくるまって、エミリアは満面の笑みをうかべた。
ダンジョン攻略での一番の心配事項だった「ごはん」と「寝る場所」どちらもクリアだ。
安心、安心。
「……なぁ、エミリア」
「なんですかぁ……アビゲイルさん……」
「聞いてみたかったことがあるんだが――」
大きなベッドで並んで横たわりながら、アビゲイルはぽそぽそと喋る。
すでにエミリアはとろんとした目つきになっている。眠いのだ。
ベッドのそばで丸まっているジョンが、くぅくぅとイビキをたてているのが、さらに眠気をさそう。
「――エミリアは、どんな子どもだったんだ」
「私、ですか」
「あぁ。家族のこととか、昔の思い出とか……この間、私のことは話しただろう。聞かせておくれよ、君のことも」
「……。そう、ですねぇ」
エミリアは、とろとろとする意識の中で思い出す。
セレネイド女子修道院で育ったこと、その、前のこと。
「エミリア、君は……あんまりにも『他者を助ける』ことに執着しすぎだよ。自分が飢え死にしそうなときにパンをくれてやるなんて、普通じゃない。5億なんていう借金を背負うことだって、ファイアドラゴンが苦しんでいるっていうだけの理由で気のたっている上級モンスターに近づくことだって……異常だよ」
「……」
「君は、もっと自分を大事にしたほうがいい。エミリア」
「……アビゲイルさんは、いつもそう言ってくれますね」
それは、アビゲイルが母を亡くしたことと無関係ではない。
自分をかえりみずに、アビゲイルを育てて――そして、病床で亡くなった母。
アビゲイルは、今後、世界でひとりだって母のような人間がでないようにと、人の営む生活を豊かにするための魔導具研究に心血を注いでいる。
だからこそ、エミリアの後先を考えない行動は胸が痛む。
けれども――それは、母のことだけではない。
エミリアのことが――太陽みたいに笑って、生活を楽しむエミリアのことが、アビゲイルは好きだ。
エミリアを、失いたくない。
「そうですねぇ……私は……親というものを知りません」
エミリアは、アビゲイルの隣に横たわって穏やかで温かい気持ちのまま――ぽつり、ぽつりと語る。
「気づいたときに、目の前にいたのは天歌教会の『聖女』様でした。キラキラしていて、温かくて、いい匂いがして……その方が私に手を差し伸べてくださったんです」
「聖女が……?」
「はい。それが、私の最初の記憶です。どこか寒い場所で、私は一人でした。たぶん、捨てられていたんでしょうね」
アビゲイルの横で、エミリアは何でもないことのように笑って語る。
「そこから、聖女様が修道院に連れて行ってくださって、『見習い聖女』として生きてきました。だから私は、それ以外の生き方を知らないんです。年上のシスターたちはみんな、『余計なことなど知らなくていい』といって、何も教えてくれませんでしたし――私を拾ってくださった聖女様が誰なのかも、知らされていないんです。アビゲイルさんみたいな、とっても長くて綺麗な金髪をしていたかたでしたけど……」
「そんな――」
「だから、こうして外の世界を見るのは新鮮です。ときおり話に聞いていた世界が、本当にあるなんて。メリル市のバザールも、見習い仲間が話しているのを聞いて、なんて素敵なところだろうって――ずっと憧れていました」
はふ、と欠伸。
エミリアの声が、とろりとゆっくりになっていく。
「天歌教の修道院に暮らすものの掟は、清く貧しく、勤勉に。食事も最低限で、一言もしゃべらずに茹でた野菜や乾いたパンやちょっぴりのチーズを胃に詰め込みました。それでも、ごはんは美味しいって感じていました。眠るときにも、薄っぺらな毛布と硬い木や石のベッドで、本当に短時間うつらうつらするだけでした……だから……」
「……うん」
「こうして、アビゲイルさんといっぱい食べて、いっぱい寝て……こういうのが、『幸せ』っていうなんて――知りませんでした……」
すぅ、と穏やかな寝息。
エミリアから言葉はもうでてこない。
アビゲイルは溜息をついて、そっとエミリアの銀髪を撫でた。
「誰かと食卓を囲む幸せを、知って失った私と――知らなかった君。いったいどちらが、不幸だったんだろうね」
ぽつぽつと呟く言葉に答えは出ない。
アビゲイルは目を閉じる。
隣のかすかな寝息に耳を澄ませて、意識を手放していく。
ひとつだけわかることがあるとすれば、いまアビゲイルの心でたゆたう温かいものこそ、幸せと呼ばれるものだということだけだった。
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