温かい食卓 ~キャベツとベーコンのスープ~
少し前の会話。
「メリルリ古代迷宮最深部を攻略したとなれば、名前も広がるからな……エミリアが天歌教で『聖女』としてやっていける材料になるかもしれない」
「おお……あこがれの『聖女』様に……そしたら、もっともっとたくさんの人を助けられますねっ! エミリア・メルクリオ、頑張ります!」
「まぁ、そうしたら一本立ちだな。君のような研究対象を失うのは遺憾だが……」
アビゲイルは、迷っていた。
エミリアとともに囲む食事は、温かい。かつて失った『家族』をとりもどせたようで嬉しかった。
しかし、いつまでもエミリアを引き留めておくのは彼女にとってよくないのかもしれない――と。
そう思っていたから、ついそんなことを口走ってしまったのだ。
けれども、本当は……。
***
目を覚ます。
アビゲイルは、ぼんやりと天井を眺めた。
(そうだ、昨日は帰り道に雨に降られて……それで……)
エミリアの不思議な優しさに触れて、今まで語ってこなかった子供の頃の話をした。
家に帰るころにはぐったりと疲れていて、シャワーを浴びてそのままベッドにもぐりこんだのだ。
ずっと、眠るまで、頭を撫でていてくれたエミリアの手の感触が額に残っている。
「しまった……もう、こんな時間か」
すでに時計は昼過ぎを指している。
朝食を作れなかったが……エミリアは飢え死にしていないだろうか。
昨日、ずいぶんと魔力を使っていた。
もしかしたら、こんこんと眠り続けているかもしれない。
「メリルリ古代迷宮攻略までには起きてくれよ、エミリア……」
寝間着のままでキッチンに向かう。
すると、そこには――
「おはようございます、アビゲイルさん!」
「エミリア……!?」
「いま、朝ごはんができますからね。まあ、もうお昼ですけど」
「わふ……」
「ジョンもアビゲイルさんと一緒にいい子で待っててね」
「うむ、心得たぞ」
しゃっきりと目覚めたエミリアが、鍋をかき回していた。
あたりには、優しくも香ばしい香りが漂っている。
「これは……?」
「アビゲイルさんが実験してた『ジョンの冷え冷え畑』のキャベツ、大成功ですよ」
氷狼フェンリルであるジョンの魔力を利用して、いわゆる、高地栽培に近いことをしていたのだ。
「うむ。我の氷の権能を、まさか畑に使うとは思ってもみなかったが――豊富な種類の野菜を食せるのは悪くない!」
「キャベツ……」
「今朝、初めてキャベツがとれたのでスープにしてみました。ベーコンもたっぷりですよ……っていっても、アビゲイルさんみたいに上手には作れていないかもですけど」
「そうか、この匂いは……キャベツとベーコンのスープ」
亡き母がよく作ってくれた、懐かしい味。
貧乏だったから、具が少なくて味も薄かった。
けれども――母と囲む食卓が、アビゲイルは好きだったのだ。
「はい、どうぞ」
「……ありがとう、エミリア」
普段は、食べる専門のエミリア。
ものすごくよく食べるエミリア。
ほかほかと湯気をあげるスープをひとくち。
ベーコンの出汁と、キャベツの甘みと、ちょっぴりの塩。
茹でた野菜くらいしか作った覚えがないという修道院育ちの彼女が作ったスープは、やっぱり味が薄い。
けれども……どこまでも、どこまでも、温かい。
「アビゲイルさん、いつも美味しいご飯をありがとうございます。その……」
「……うん」
「私、よかったら、ダンジョンを攻略した後も、ひとり立ちできるようになってからも……もう少し、アビゲイルさんといたいです」
「……エミリア」
「アビゲイルさんとこうして食べるごはん、私も……とっても好きなので。修道院での食事は、『無言で、胃に栄養を詰め込む』ってものでした。アビゲイルさんが、私に『美味しい』とか『楽しい』とかを教えてくれたんです。私は必ず『聖女』として多くの人を助けたいと思っていますけど……でも、今はアビゲイルさんと一緒にいたいんです!」
「エミリア。昨日話したことへの同情なら、」
「違います! これは、私のわがままです! スープを煮ながら、色々考えたんですけど……やっぱり私、アビゲイルさんといたいです。その、ごはんも美味しいし、おふとんもフカフカだし……あと、アビゲイルさんといると、その、楽しいので!」
「……ははは。仕方ないな、君は貴重な実験体だから……いや」
アビゲイルはゆっくりと首を振る。
「エミリアととる食事は、おいしいな」
「はい!」
ぐきゅるる~。
エミリアの腹から元気な音がする。
「あうっ!」
「キャベツのスープだけじゃたりないだろう。戸棚に丸パンがあるから、一緒に食べよう」
「チーズも発見しました!」
パンにチーズに薄いスープ。
素朴な食事だけれど――こうした、何気ない食卓は幸せの色をしていると、アビゲイルは思う。
しっかりと温かく胃を満たして、アビゲイルは立ち上がる。
「……よし。ダンジョン攻略までに発明品を仕上げるぞ! 新作を試すにはもってこいだからな」
「はい、頑張ってくださいね。アビゲイルさん!」
ダンジョン攻略の日まで、アビゲイルは研究に没頭した。
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