万能の大魔女、アビゲイルの過去
***
そう――あれは、遠い日の不幸と幸福の記憶。
家に帰ると、いつも母はベッドに横たわっていた。
『お母さま!』
『おかえりなさい、アビー。今日はどんなことをお勉強してきたの?』
アビゲイルと母が二人で住んでいた家は、森の奥深くにある小さな小屋だった。ぼろぼろの、人里離れた森の小屋。そこに、たった2人で住んでいた。
『今日はね、風と水の魔術をならったの。【カタパルト・ウィンド】っていうね、大きなつむじ風が出せてね!』
『そう。アビーは魔術の才能があるのねぇ。頑張っていて、えらいわ』
『えへへ』
『さぁ、スープができてるわ。キャベツとベーコンのスープ。あったまるわよ』
『わぁい! お外はね、雪が降ってたの。すごく綺麗よ』
『そう。……あの人もね、雪が好きだったわ。アビーが魔術が得意なのも、きっとあの人の血ね。その綺麗な金色の髪も』
ベッドから身を起こしながら、母は微笑む。アビゲイルの母は体が弱かった。
けれども、身を粉にして働いて、市街でいちばんの魔術の師匠のもとにアビゲイルを通わせていた。アビゲイルが魔術の才能を伸ばすことが、彼女の望みであり希望だったのだ。
『あの人って、お父様ね』
『えぇ、そうよ……アビー、あなたはね、とっても高貴な生まれなの。あの人――あなたのお父様は、きっとあなたを探している。いつかあの人が迎えにきたときに、アビーがあんまり魔術が上手で驚くかもしれないわね』
『迎えに来なくていいよ。お母さまが元気になってくれれば、それでいいの』
そう、母が元気になってくれさえすれば。貧乏も、父なし子としての人生も、自分にあるという魔法の才能さえ――どうでもよかったのだ。けれども、幼いアビゲイルの願いは叶わなかった。
母は、どんなに具合が悪くなっても家事をやめなかった。畑仕事をやめなかった――否、やめられなかった。アビゲイルに、教育を受けさせるために。
アビゲイルが七つになった冬に、母は死んだ。
もしも、母に魔術が使えたら。
火をおこすために、病んだ胸で薪を吹くこともなかった。
水を撒くために何往復も井戸と畑を行き来することもなかった。
もしも魔術が使えたら、母は死ななくて済んだはず。
『お母さま……私を学校に行かせている間に、たくさん無理してたんだね……』
そのころには、アビゲイルは師匠のもとで『神童』と呼ばれるほどに魔術の才能を開花させていたけれど、そんなことはどうだってよかった。
母に、戻ってきてほしかった。
途方に暮れるアビゲイルのもとに、男が訪ねてきた。
父と名乗る男は、王都で『七大貴族』と呼ばれる中央貴族の血筋に連なる名家の当主だった。
かつて、屋敷のメイドだった母とは駆け落ち同然の恋をしていたのだという。けれども、男はアビゲイル達を捨てた。
それなのに――まるで慈愛じみた表情で、アビゲイルを迎えに来たのだ。
父を名乗る男は、アビゲイルに似た金色の髪をしていた。
魔術の心得があるそうだった。
母が『いつか迎えに来るから』と心待ちにしていた父は、母を簡単に埋葬するとアビゲイルだけを連れて――豪華な屋敷に帰っていった。
***
「愚かな私は、新しい魔術を修めるのに夢中で――母が無理をしていることに気づかなかったんだ。自分が魔術を使えることの、何が【万能】だろう」
泣きそうな声で、19歳のアビゲイルは話す。
ぽつり、ぽつり。
アビゲイルが話すのにあわせて、雨が降り出す。
「急ごう」
ジョンが駆け出す。
「父の屋敷は広いけれど、一緒に食事をしてくれる者はいなかった。広い屋敷で、私は一人ぼっちだったんだ」
「アビゲイルさん」
「だから、私は宮廷魔導師団で『魔力を持たない者』が、魔術の恩恵にあずかれる魔導具の開発を推しすすめた。魔術の秘匿を強固に主張する勢力の不正を告発し、意気揚々としていたんだ……【万能の大魔女】が聞いてあきれる。結果が、魔導士団からの追放さ」
「うん、アビゲイルさん……大丈夫、大丈夫ですよ」
アビゲイルの頬に流れるのは、雨か涙か。
「私はね、エミリア……誰もが温かい食事をとれる世界を作りたいんだ。誰も飢えない、誰も寂しくない……そんな世界を」
「はい。……帰りましょう、アビゲイルさん」
エミリアは、アビゲイルの頬に流れる雫をぬぐう。
雨はいつの間にか本降りになっていて、ぬぐってもぬぐっても、あとからあとから頬に雫が流れていく。
「帰りましょう、私たちの家に」
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