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エピソード1 衛界樹と僕①

人生最初の告白から、はや十日。

トニーは、相変わらずへこたれていた。

帰り道ではそれとなく大丈夫そうに見えたものであったが、やはり一度冷静になり寝室の寝床に来てしまうと逆に冷静さを失ってしまう。人間、そんなものである。トニーのようなヘタレだと、特に。


しかし、今日はそんなへこたれた気持ちも無理やりにでも押し込んで生きていかないといけない。


何故なら、今日は成人の日である。

これは誕生日という意味ではなく、今年に15歳になったもの、もしくは今年15歳になる者達が世界樹に祈りを捧げるとともに、成人になった証として世界樹の御加護を頂く大切な日。

一説には、その日、大人にはらしからぬ行動をとった場合、御加護ではなく一生の呪いをかけられ数多の不幸を呼ぶとされている。


トニーは、姉であるビンスに言われたその伝承を真摯に受け止め、常に冷静に動揺せず出来るだけ何も考えず無で居るよう努力していた。


「トニー!朝食出来たよー!」


トニーの部屋の扉の前で、ビンスがエプロン姿で呼びかける。しかし、そのエプロンは小さいのか、胸部が収まりきっていないのが目に余った。


「はい!」


トニーは、凛々しく返答し、腰を掛けていたベッドから腰を上げ深く息を吸いながら、自室のドアを開いた。


「ハハハ!格好よくなってんじゃん!今のトニーなら、心配しなくても世界樹様の御加護貰えるよ。」

「うん!」


朝食を食べ、成人の儀の支度をする。黒を基調にしたスーツで全身を包み、安物ながら革靴まで揃えた。

貧乏な家族である、プラリネ家での最高の衣装であった。

衣装を身に着けたぐらいから、現実を感じてきたのかトニーの深呼吸の数が時間が進むたびに速く多くなっていく。

そんなトニーを見て、苦笑いしながらいつも通りのトニーだと心密かに呆れながらそれを口に出さないのは、トニーの成長を無下にはしてはいけないという姉なりの配慮であった。

しかし、そんなことでトニーが世界樹からの不幸を被ってはいけないので、ビンスはそっと背中をポンと叩き、いつも通りのニカッと笑顔を見せる。


トニーは、ビンスの顔を見て元気が出たのかピースサインを送り返し、成人の儀が行われる場へビンスの見送りを受けながら威風堂々と歩みを進めた。


————世界樹の葉隠れ、衛界樹の祠

葉がびっしりと連なる世界樹から一定の角度、一定の時間内のみ現れる、日光が一点照射しまるで神が舞い降りたかのようにふんわりと優しい黄緑がその土地の一面を染める。そして、この世界に吹く偏西風によって折れて飛ばされた世界樹の枝、それを試行錯誤しその土地に埋め、ついにはその枝から一本の木を成した。

それは、衛界樹と呼ばれ始め、こうして成人の日には世界樹の子と言っても過言ではない衛界樹の御威光に間近に触れ、これまでの過ちを悔やみ、そしてこれからの意志を表明する場である。


「すっげぇ…………!」


ハッとなって、トニーは口を押さえる。大人のように振舞わなければ不幸に呪われる、それを即座に思い出し何とか無心にしようとするが、中々それが難しい。


何故なら、トニーがこれまで見てきた風景を完膚なきまでに超える絶景だったのだから。

衛界樹の祠、最初は森の中で頭一つ抜きんで居る樹木で立派とぐらいしか思っていなかった。

しかし、違った。

祠と言うからには、何か他に立派な何かが有るとはトニー自身も考えていたが、まさか衛界樹の内部が祠を彩る空間になっているとは、見たことが無ければ誰も予想が出来ないだろうとトニーは、自分が驚いたことを正当化した。

そして、その衛界樹の内部は、絵画にするなら『夜空に煌めく華麗な星々』というタイトルが付くようなそんな景色、だがそれだけではなく彗星色に染まる淡い光が流水が天翔ける竜のように踊っていた。


鳥肌が立った、涙が零れた、体が熱くなった。

『これが世界を支える木の子の中、だったら、〝冒険者〟が冒険する本物の世界の木、世界樹ならどんなものになっているのだろう?やっぱり僕は、冒険者になりたい!』


そうトニーの憧れる〝冒険者〟とは、この世界の未知つまり世界樹を冒険する者達の事である。しかし、冒険者にも資格が必要であり、それには強い力と精神、それから多くのお金が必要だ。

トニーには、未だ何も掴めていないものである。


「おは…………よう。」


衛界樹に夢中になっていた、トニーの背後から掛かった声はトニーにとって今は声を掛けられなかった方が良い相手であった。

それは、トニーの初恋相手であり、先日フラれた女————リンであった。


声を掛けたのは、リンなりにこれまで仲良くしていたトニーと気まずくなってしまうのは良くないという、彼女なりの善意だった。

しかし、人の善意も使いどころを間違えれば武器と化してしまう。

それが、今まさにそういう状況である。


「…………おはよう…………」


トニーの口がうねうねしているが気にしないで上げてほしい。それと、人と目を合わさずに会話するのは失礼だという人もいるかもしれないが、どうか今の彼の心境に免じて許してやってほしい。

不自然に顔や頭をかいている、明らかにトニーは動揺し心乱れている。

体もグワングワン揺れているし、明らかに呼吸が乱れている。


トニーは、今心臓が大きく動いている。バクバクと自分では聞こえない、しかしながら胸はむず痒く、心臓であるが故、物理的に押さえようと思っても出来ない。だから、とりあえず動いて脳を空っぽにする。

これは、周りにはどう見られてもいいからとりあえず自分の心の制御を優先する苦肉の策。

そして、トニーはこれを経験したことがあった。

地区の演劇大会でセリフを忘れ、噛んだ、次の日に!


だから、トニーはこれが何かを知っている。

そう、これは病気。


後天性キマヅクナールヘタレ症候群。


ねーちゃんと僕しか知らない、治癒方法の分からない難病。

なんで、今出ちゃうんだ。

ヤバい、大人からどんどん遠くなってしまうー!


「大丈夫?」

「はっ!」

「ッッ!!」

「…………ごめん」

「ううん、大丈夫。それにしても、いつも通りだね!」


このヘタレ具合を見て、いつも通りと言われるトニー。目が白目を剥いていた。

男としての自尊心がズタボロであるが、トニーは何とか持ち直す。


リンは別にトニーを貶したいわけでも、怒っている訳でもない。

ただちょっとだけ、ずれているだけ。

それに、今リンは本気でトニーと元の関係に戻ろうとしているし、トニーのヘタレ部分を多少なりと知っているから、『「いつも通り」でいられて凄いね!』と思って発言したつもりでいる。


先程も言ったがただずれているだけなのである。


「それにしても、きょ、今日ここで何やるんだろうね!」


必死に平然を保ち、トニーは話題転換を行う。

トニーなりのナチュラルを尽くしているのだ。


「うーん。分かんない!」


会話は途切れた。トニーは、口をすぼませ真顔になる。リンも笑いながら固まった。

そして、二人の間には当然ながら刹那が訪れる。


二人はそこから目を合わせることなく、時間が過ぎていくのを感じていくだけなのであった。


***


大丈夫かな?

不安しかない様子で溜息を吐くビンスは、洗濯物を干しながら、燦燦と照り付ける太陽が見え隠れしている先にある〝世界樹〟に向かって日々の感謝とトニーが無事に今日を過ごせるように祈願した。


日課となっている参拝を済ませ家に戻ると、リビングでスプーンを片手にヨーグルトを食している幼女が目に入る。


そして、ビンスはこちらにも溜息を吐く。

その幼女は、ビンスの気配を感じると直ちにヨーグルトを口に運ぶのを止め、不機嫌なビンスの顔に渋い顔を見せる。

ヨーグルトまみれの口回りを純白で華奢な腕で拭う。そして、白いワンピースを揺らしながらビンスの眼下まで、()()しながら移動する。


「まず、言う事は?」

「ごめんなさい!」

「よろしい。そして、こうして謝らせて反省した回数は?」

「…………数えれません。」

「違います。零回、です!」

「ウグッ!!」


幼女は、何も言えないと言った様子で黙り込む。


「でもさ、ビンス。私って()()じゃん。ビンスって、世界樹様の相当な信者じゃん。ならさ、その枝木から生まれた私達妖精って結構世界樹様に近い所があると思うんだよね。だったらさ————」

「御託はいらない。」

「す、すんません」


妖精を名乗る幼女は、冷や汗をかきながら、涙目になっている。


「ホントにそろそろ反省してほしい。私だって、クリにそんな怒りたくないんだ。」

「はい。」

「じゃあ、これからはどうすんの?」

「ヨーグルトは、容器からそのまま食べず、カップに移してから食べ、床やテーブルにこぼさない様に丁寧に食べることを心がけます。」


クリという名前の妖精の幼女は、エメラルドグリーンの目に涙をほろりと浮かべながら、ヨーグルトが付かないようにと目と同じエメラルドグリーンの髪を後ろに束ねて、せっせこ雑巾でヨーグルトで汚れた床をふいていた。


そんな姿を見ながら、今日がクリと会って四年目の日だと懐かしむ。


四年前の成人の儀の時に、15歳を迎えたビンスは、今のトニーとは別の緊張を抱えて衛界樹の祠に向かっていた。

トニーとは違いヘタレではなく、どちらかと言えば強気な印象のビンスがこれ以上ないほど緊張していた。


そして、儀式が行われ、成人の儀に誰しもが貰う〝衛界樹の枝木〟。

その〝衛界樹の枝木〟には、世界樹様の御加護が宿っているとされ、その効能は様々であった。

万能治癒薬、願い札、無限灯火、そして、一番〝世界樹〟の御加護を受けているとされる〝妖精の発現〟など様々であった。

そして、ビンスはその〝妖精の発現〟を受け、妖精———クリが生まれた時は有頂天で〝世界樹〟を愛してやまないビンスは号泣し、一層〝世界樹〟の信仰を深めていた。


それから、月日が流れて、クリと信頼関係を築き共にトニーを弟として可愛がるようになっていった。

親がいない、ビンスとトニーには、もう一人の家族が増えたようなもので直接口には出さないもののクリがこの家に来てくれたことに、感謝していた。


ビンスは、思い返し数滴スゥーと流す。


「トニーなら、大丈夫でしょ。だって、私達の弟なんだよ♪」


掃除しながら、ビンスの顔をチラ見したクリは曇り気の無い純な笑顔でそう言った。

ビンスは、そうじゃないと思ったが、口には出さなかった。


私は多分考えてないだけで、ずっと不安な顔しているんだろうと思うから。


ビンスは、クリににっこりと笑みを返した。

***


トニー達、15歳になった成人が、〝衛界樹の祠〟に集まる前。


————成雫(なりしずく)衛界湖(えいかいこ)。その上に建つ、包葉蔵神殿(くるみはぐらしんでん)内。

全長80メートルの『世界樹の落葉』30枚から成る、蕾のような形をしたこの神殿は、世界樹の管理から祭り事を担当し世界樹の崇拝する者達で構成される、全世界組織【世界樹の栄光灯(えいこうとう)】によって運営され、世界の国々に大きな権力を振るわれていた。


そして、ここは〝第一世界樹・イレイアン〟を祭る、五つの神殿の一つ『アテンポダウン』


「本当に情けない!ここ最近、我々『アテンポダウン』での成果があまりにも低い。」


ここにおける、神殿の成果とは、〝妖精の発現〟の数の事を示し、それはどれだけ世界樹に御心を捧げたかを示す値となる。


肩までかかる白髪を中指で弄りながら、真っ白なコートに身を包む神父はそう吐き捨てると、同じ格好に身を包んだ者どもは賛同した様子でそれぞれの反応を示す。


「このままだと、組織の本部から規模縮小を通告されかねない。全ては今日の結果に掛かっていると言えよう。」


神殿の中央部の周りから一段高い円柱状の台に立つ、他の神父とは違う様式にある者は優雅な身構えで周り話しかける。

すると、先程の白髪の神父が円柱状の方に歩み寄っていく。


「殿主様よ!今は規模縮小が問題なのではなく、世界樹様に対する信仰心が徐々に低くなってしまっているのではないかという点で、私は懸念が拭いきれていないのであります!どうか、お考えを!」


殿主————神殿の統率者は、呆れた笑みをこぼす。


「主は、能無しのようだ。規模を縮小されては、出来る事も出来ないであろう?それに忘れてはならぬのは、我々は世界樹様がいなければ、この世界に存在する事すら不可能である身。これは、誰もが知っている常識である。…………ならば!その世界樹様を崇めぬ者などいないであろう。」


殿主は、自分の胸元から木箱を取り出しさすりながら、愚かにも詰め寄り抗議する神父に不快感を込めた睨みを利かす。

神父は後ずさるが、一拍おいて再び前に進む。


「それは当然の事実!殿主様のように深い知力を持っていない、私でも勿論分かるのですが…………信仰心など『有難い』と思う心は、当たり前になって来るに連れて徐々に小さく、最悪忘れ去ってしまうもの!…………なのです。…………私は知っているんです。」


鬼気迫り、周りの目さえ気にせず、ただ真っすぐと殿主を見つめ、悔いの心を右手でギュッと握りしめ、その神父は嘆く。


「主の気持ちは、よく分かった。ありがとう、その考えはこれからしっかり考えていくこととしよう。…………ロワン!」

「はい。」


殿主が呼ぶと、妖艶な淡い輝きを一瞬放った瞬間に一人の幼女が現れた。彼女は紫のドレスにくるみ、腰までの同色の美麗な直毛をユラリと風に揺らしていた。

彼女の雰囲気は、不気味。目が目視出来ない為か、それとも言葉が極端に少ない為か。

神父たちは、その姿に固唾を飲む。


「そろそろ時間なんだ。では、諸君、共に良い結果を信じていようではないか。連れて行くのだ、ロワン。」

「はい。」


先程同様、淡々とした返答だけで飄々とした態度は変わらぬまま、ロワンは集中し黙々と念じ始めた。

数秒後、突如として煌びやかな星屑を舞わせて、殿主とロワンはその場から姿を消していた。



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