1
「レイテ、何で言ってくれなかったの?テルマイコス様と付き合っているんでしょ?」
仲の良い友人であるミルンとお茶をしていたのだけれど、ずっとそわそわしているから何かあったのか聞いたら思いもがけない答えが返ってきた。
まず私は誰とも付き合っていない。
それにテルマイコス様って、公爵家の嫡男で水色の髪にブルーグリーンの瞳、くっきりした二重に鼻筋が通っておりイケメンな上に温厚な性格という結婚相手として最高だと噂のクライド・テルマイコス様で間違いないだろう。
…いつも皆テルマイコス様の話をしているから覚えちゃったわ。
それに比べて私、レイテ・トリエステは普通の伯爵令嬢である。見た目もラベンダー色の髪
に薄いピンク色の瞳。奥二重に存在感のない鼻。全体的に薄い感じの普通の令嬢である。
そんな人と私がどうにかなる訳がない。
「待って、どうしてそう思ったのか教えて頂戴」
「だって放課後、裏庭で会っているのでしょう?私見ちゃったの。二人が裏庭に向かうの」
最近すぐ裏庭に行く理由が分かったわ。と紅茶を飲みながらミルンが言う。
…確かに最近私は授業が終わると裏庭に行っていた。しかし、それはテルマイコス様に会うためではなく、もっと違う存在に会うためであった。
「テルマイコス様に会ってなんかいないし、何の関係もないわよ」
それだけは否定しないと大変なことになる。学園中の女子から集中砲火を受けることになるのは避けたい。
「分かってるって。ばれたら大変だもん黙っておくわ。でも結構噂になってるわよ」
「本当に何でもないのよ」
私が言い聞かすほどミルンが分かっているからという顔をするのが腑に落ちない。
ミルンの誤解が解けないまま、お茶会は終わった。
その翌日、授業が終わった後裏庭へと向かう。ミルンがニヤニヤしながら見つめてくるので行くのはやめようかとも思ったけれど、お世話しなきゃいけないのと確かめたいことがあったので行くことにした。
裏庭の隅、生垣が入り組んでいて誰も来ない場所。生垣の奥にさらにスペースがあって、そこにポツンと小屋が置かれている。
「ファンディ、おいで。ご飯よ」
声をかけると、小屋から小さな黒い物体が飛び出してきた。その物体の正体は黒猫である。靴下をはいたように足元だけ白い毛並みとピンクのお鼻がとっても可愛い。
私がファンディを見つけたのは偶然である。美術の授業で学園内の写生をすることになった際に見つけたのだ。その時には、もう小屋が置いてあって、誰かがお世話しているのだと思ったのだけれど、それがまさかテルマイコス様だったとは…。
しかし私はテルマイコス様に会ったことがない。ミルンの話だと毎日来ているはずなのに。
きょろきょろと周りを見回すと水色がちらっと見えた気がした。
「…テルマイコス様、もしいらっしゃるならば少しお話させて頂けないでしょうか」
本当は私から話しかけたらダメなんだけど、建前上学園では皆平等となっているし大丈夫だろう。
水色がびくっとすると暫くして生垣からテルマイコス様が現れた。
「話というのは?」
「この子のことです。立派な小屋がありますけれど、もうすぐ冬ですし保護できるなら保護した方がいいと思いますの。テルマイコス様が難しいのであれば私が保護いたしますが」
ご飯をはぐはぐと食べているファンディを見つめながら話す。
「…貴女が保護してくれるなら助かる。私もそう思ってたところだったから。私の家は母が猫アレルギーで飼えないんだ」
テルマイコス様は、ほっとしたような表情で答えた。
「ありがとうございます。大事に飼いますわ。ところでテルマイコス様は毎日来ていらしたんですか?」
「…そうだ。前から貴女を見ていたんだが、声がかけられなくてな。貴女と猫の邪魔をしたくなかったんだ、すまない。ところで名前を聞いても?」
「レイテ・トリエステと申します」
私に声をかけられなかったのって面倒になると思ったからじゃないかしら。普通の令嬢だったらチャンスと思ってテルマイコス様に猛アタックしているもの。ほっとしたのって、ファンディのことだけじゃなくこっちの意味合いもあるのかも。
「あと、お知らせしておきたいことがあるのですが」
一応、噂になっていることを話す。でも裏庭に行かなくなるようになればそのうち無くなるだろう。
「知らなかったな。トリエステ嬢には迷惑だろう。噂が立ち、申し訳ない」
テルマイコス様がすまなさそうに言う。
「テルマイコス様が悪いわけではないですから。明日籠を持ってきてファンディを家に連れて行こうと思います。テルマイコス様もファンディに挨拶なさってください」
「ありがとう」
暫く二人でファンディと戯れてから、噂にならないように別々に別れたのだった。
最後までお読みいただきありがとうございました。