第五話
鑑定後、俺とベンさんはある場所に向かうことになった。
寄り道の理由は俺のスキルにある。五歳になった子供が戦闘系のスキルを所持していた場合、その暴発による怪我を防ぐためにスキルを試す施設がある。
銃が暴発して手に重傷を負うように、スキルという特別な力を持った場合、その危険性をよく理解しておかなければならない。使い方の分からない火器が使用者の身を亡ぼすように、スキルをしっかりと使いこなせるようにならなければならない。
「ついたな。」
ベンさんと門をくぐる。
中は遊具のない公園みたいなもので、一応は壁があるが地面は軟かな土だ。そして屋根はない。
自分のスキルが自然にどういった影響をもたらすかわかりやすくなっている。ようはむやみに使うなよということを暗に伝えているのだろう。
この場所は運動公園くらいの広いスペースが確保されている。
お互いの暴発で怪我をしないようにある程度距離を取るためだ。
「それにしても干渉爆破…触れた物を爆発させるか。シンプルだがかなり危険な能力だな。今後お前を撫でるときは気を付けないとな。」
かなり冷たい発言だが、ベンさんの笑顔を見ればそれが冗談だと分かる。
「よし、これなんてどうだ?」
ベンさんは土に混ざった小さめの石を拾い上げた。そしてそれを俺は受け取った。実際持ってみると、直径三センチくらいだろうか。
「手に持ったまま爆発させるのは流石に危険だろう。それをなるべく遠くに投げてから爆発させてみてはどうだ?」
「あの…まだどうしたら物を爆発させられるかよくわからなくて。」
正直急に言われても、今までやってこなかったことを突然できるかと言われればもちろんできない。
「む…それはそうか。だがしかし、やってみなければ永久に分からないままだぞ?」
「…やってみます。」
当然と言えば当然だ。確かにやる前からできないじゃ問題外だ。
俺は石をなるべく遠くに投げた。幸いにもこの日、俺以外に人はいなかった。
とりあえず投げた石に対して頭で爆発しろと念じてみた。
石はそのまま地面に落ちた。
「ふむ…失敗だな。とりあえずそのままあの投げた石を爆発させられるか試すんだ。」
子供の力で投げたため五メートルくらい先に石は落ちている。しっかりと目視できるので、ベンさんの言う通り暫く念じてみる。
でもいくら経っても石は爆発しなかった。
「そうだな。スキルってやつのコツは大体が同じだ。実際にそれがどうなるか、どんなふうに爆発するのかイメージすると、案外うまくいったりするものだぞ?」
ベンさんのアドバイス通り、石がどのように爆発するのかイメージする。だが石には何の変化もない。
「よし、少しだけやり方を変えてみよう。」
ベンさんがさっき投げた石を拾って持ってくる。
何をするのかと様子を伺っていると、ベンさんが口を開いた。
「今からこれを俺の頭上に投げる。レントが爆発させなければそのまま俺の頭の上に落ちてくるだろうな。小さな石とはいえ、出血くらいはするかもしれない。」
ベンさんが説明しながらも俺の方を見る。
「お前の悪い癖は遠慮しすぎるところだ。いつもお前は何かに遠慮して生きている。だがこの世の中、それだけじゃ損をすることも多い。優しいのは美点だが、そのせいで損をするような人間にはなって欲しくない。お前は残念ながら孤児だ。親と呼べる人物の記憶もなく、常に私が親代わりをしてきた。もしかすると遠慮をする癖はそのせいかもな。」
一度俺から視線を外すと、ベンさんは石を投げるために構えをとった。
「でもな…親がいないってことは別に何かが劣っているということではない。遠慮して生きることはないんだ。お前は無限にある可能性の全てを自分で選択できるんだ!誰の意志でもなく、自分の意思でな。…石だけにってことじゃない…からなッ!」
ベンさんは思いっきり頭上に石を投げた。
前職が戦士というだけあり、想像以上に高くまで石が飛んでいく。
俺はその飛んでいく石をずっと目で追った。
「遠慮するな。…少なくとも俺は…お前のことを本当の子供のように思っている。」
何かがはじけた気がした。
いじめられていたあの頃と同じだ。
同級生にも、両親にも、常に遠慮して生きてきた。
それが嫌で、能力を使って日常をごまかした。
それが一番だと思っていた。
でもそれはきっと間違いで、俺は今でも両親に甘えなかったことを後悔している。
せっかく転生したんだ。
少なくとももう、同じ後悔はしたくないな。
俺はいつの間にか、飛んでいく石に手を伸ばしていた。
届くわけがないのに、なぜか手を伸ばした。
すると不思議なことに、石がまるで手の中にあるように感じた。
俺は手を握りつぶすように動かした。
その瞬間、飛んでいく石が爆発した。
想像以上の威力で、想像以上の音を鳴らして。
爆発に反応したベンさんが一瞬でかがむと、俺を爆発からかばうようにギュッと抱きしめた。
通り過ぎていく爆風が、俺とベンさんの髪を一瞬だけ揺らした。
俺を抱きしめたまま、ベンさんが口を開く。
「怪我はないか?」
「…はい。大丈夫…です。」
いくら前世の記憶があるとはいえ、まだ五歳の俺は子供らしくとてつもない不安を感じた。
そのおかげか、いつの間にか俺からもベンさんにギュッと抱き着いていた。
久しぶりに人の温かさを感じた気がする。
一度安心すると、そのまま涙がポロポロと流れてきてきた。
大人である一面が、その涙を止めようとするが、子供である一面がそれを許さなかった。
もしかすると俺の心は、ずっと成長できないまま止まっていたのかもしれない。
誰かに遠慮することだけが正しいと思っていたあの頃から…ずっと。
「俺も…あなたのことを父親のように想っています。これからも…よろしくお願いします。」
俺はベンさんの胸を借りて泣いた。
ベンさんはいつものように俺の頭を乱雑に撫でながら口を開いた。
「ならまずは…その敬語を止めるところからだな?」
ベンさんの声も少しだけ潤んでいたことに俺は気付いていた。
俺は止める必要のない涙があることを知った。