第三話
この世界の名前は【リーンズ】というらしい。
地球とは違い、魔法のある世界。
もちろん魔物も生息するまるで小説の中の世界だ。
しかしどこかで一度は読んだことのある小説みたいに、この世界に来る時に神と対話していない俺は後から俺の親代わりの人にその事実を聞いた。
というのも俺は孤児だった。
まだ赤子の時に俺は孤児院の側に捨てられていたらしい。
ある日突然全ての記憶を取り戻した俺は、すでに孤児院ですごしていた。
異世界【リーンズ】にある【グラン・サトウ】という国に転生した。俺の現状を非常に端的にまとめるとこうなる。
グラン・サトウ…というより異世界リーンズはよくあるゲーム世界のように中世ヨーロッパのような発展度合ではない。
現代地球と同様か、あるいはそれ以上の発展を遂げている。
電気を使用している様子は一切なく、その全ては魔力による作用で行われているらしい。
いわゆる家電の役割をする道具はマグ(魔具)と呼ばれ、全家庭が所持している。
貧富の差はあれど、生活水準は高い。
なぜこの世界の発展が地球以上と表現したのか、その理由は簡単だ。
魔力というエネルギー体に任意の役割を持たせるのに大きな機材が必要ないからだ。
例えば地球なら、車という鉄の機械を動かすために大きなエンジンを使用する。
そして車はエンジン一つで動くことはなく、連動する装置がそれぞれ動き出すことによって大きな車体を動かす。
推進力を得るために様々な機材と工程を必要とする。
ただこの世界ならそれら全てを魔石と数少ないパーツが解決する。
この世界にはエアボードという移動手段があり、見た目はタイヤのないセグウェイ。タイヤを必要としない為、ボード部分はもう少し凝ったデザインをしている。
エアボードは空を飛び、空中を移動する。
サイズはセグウェイ程度しかない。地球の現代科学では移動手段として成立させるにはもう少し時間がかかるはずだ。
ただこの世界ではそれがすでに成立している。
そのため道路はあっても車道はなく、渋滞もない。空中を移動することが主なため、電線のようなエネルギー供給システムはない。
魔力を家庭に届ける管は地中に埋まっている。
最初から空中移動手段が成立していたため、地球とは順序が逆になっている。
別世界に転生した事実を受け止めるのにそう時間はかからなかった。
もっと酷な現実を受け入れてきたおかげだろう。
両手両足で動けるようになったころ、俺は自分があの力を失っていることに気付いた。
つまりリトライできなくなっていた。
試したわけじゃない。あるはずのものがなくなっている。
そんな感覚があったから理解できた。
その代わりに別の能力が宿っていた。
周囲の人間が行う未来の行動が見えるようになっていた。
映像になって未来を見通すとか、そんな利便性の高いものではない。
その人のシルエットがその人の次に行う行動を再現している。
シルエットの色は薄い青色で、半透明だ。
イメージするのなら小学校の頃にやった漢字ドリルに似ている。
先に決められた線がうっすらと書いてあり、その上から文字をなぞる。
正確になぞれば下の薄く書かれた文字は見えなくなる。
俺に見えている光景は非常にそれに近い。少し先に動くシルエットを該当する人物がなぞるように動く。それがずれることはない。
死に戻りを連続していた恩恵か、果たして何かの気まぐれか。
そんな特殊な能力が宿っていた。
幼少期のほとんどをその光景に慣れることへと費やした。
ほとんど生まれてからずっと見えているそれは、五歳になる頃には完全にコントロールできるようになっていた。
当初は脳の処理が追い付かなかったが、今ではすっかり日常の風景の一部になった。
幼少期から英語を聞かされていた日本人の子供が、英語へ順応するのが速いように、生まれてからずっとそうであった為、いつの間にか慣れていたという表現が近い。
●
「ふむ、レント。お前もとうとう五歳になったな。」
レントというのは俺の名前で、偶然にも前世と一緒だ。孤児院に引き取られた時、レントと書かれた紙も一緒にあったらしい。
彼はこの孤児院の主、ベン・ラドウィック。
白髪の混ざる黒髪を短髪にまとめ、少しだけ口ひげを生やしている。白いワイシャツに黒いズボン。裾を少しだけまくり、ワイシャツは第二ボタンまで開けている。
温厚な性格で誰にでも分け隔てなく優しい。でも冗談はつまらない。
すでに五十歳を超えており、全盛期は歴戦の戦士だったとか。
助けた人よりも殺した人ばかりが頭に残り、戦士としての人生を自ら退いたらしい。
それからはこうして孤児院を設け、身寄りのない子供たちの世話をしている。
素直に尊敬できる人物だ。
余談だがこの世界は平和だ。どこかの英雄譚みたいに魔王もいるし、魔人もいる。だが戦争はずっと前に集結したらしく、今魔界は半鎖国状態らしい。
お互いに干渉せずにいるようだ。
「はい。ベンさんのおかげです。」
「おいおい、相変わらずかしこまった奴だな。どこでそんなおべっかを覚えたんだか。子供なんだから無邪気でいればいいんだよ。」
ベンさんは大きな声で笑うと、俺の頭に手を伸ばした。
彼は俺がこうした態度をとると必ず俺のボサボサの頭を撫でまわし、さらにボサボサにする。
「わ、わかりました。」
揺れる頭に若干の気持ち悪さを覚えつつ、何とか返事をした。
「わかればいいんだよ。さて、話を戻すが五歳の子供にはやることがある。わかるな?」
「はい。スキル鑑定です。」