第二話
俺はベッドから起き上がると、とりあえず自分の体を確認した。
あの瞬間、俺は間違いなく死んだはずだった。
ここは自宅のベッドの上、何かがおかしい。
一度心を落ち着かせようと深呼吸した。
ほんの少しだけ落ち着くことができた。
次に確認したのは時計だった。時計は七時を指している。
これが朝の七時だと、窓から差し込む日差しが教えてくれる。
そもそも俺が目を覚ましたのはこの時計が鳴らすアラームのせいだった。
毎朝七時に起きて学校に通う。そんな当たり前を繰り返し続けていた。
なかなか頭に残る情報が整理できず、それでもなんとなくベッドから起き上がった。
そしてリビングに向かうと、母が朝食を用意している最中だった。
リビングの机に並ぶのは最後に食べた朝食のメニューと同じものだった。
その光景を見た時、俺の頭の中に一つだけ可能性が思い浮かんだ。
「母さん…今日は何月何日だったかな?」
「え?何馬鹿なこと言ってんの。今日は11月11日でしょ?シャンとしなくちゃ、年取ったらぼけちゃうよ。」
母さんは朝食を食べながらめんどくさそうに答える。
我が家は共働きで、決して裕福な家系ではない。
両親が頑張って働いているからこうして生活できることを、俺は理解していた。
だから肝心なことをいつも相談できず、心に闇を抱えたまま生きていた。
その闇は俺の中で肥大化し、俺を自殺させた。
はずだった。
11月11日は俺が死のうと決めた日だ。
全ての数字が同じで、それも最初の数だ。
縁起が良さそうな気がした。
だから死ぬことにした。
母さんに余計な負担をかけたくなくて、俺は席について朝食を食べた。
死ぬ前に食べたものと、全く同じ味がした。
「ねぇ…何か悩み事があるんじゃないの?」
すると突然、母さんが口を開いた。
11月11日の朝に、そんな会話は一度もしていない。
「いや、何も……ないよ。大丈夫。」
強がってしまった。
でもこれがいつも通りで、だから俺は自殺したんだ。
「そう…。」
母さんは何か言おうとした言葉を、朝食と一緒に飲み込んだ。
少なくとも俺にはそう感じられた。
「それじゃ私は先に行くから、カギ閉めておいてね。」
朝食を完食した母さんは、すぐに仕事に向かう準備をこなして出ていく。
これもいつも通り、あの日の朝も同じ会話をした。
「わかった。」
俺も朝食を食べ終え、部屋で身支度をする。
いつも着ているシャツのボタンを閉めている最中、頭は現状を分析していた。
11月11日と、少しだけ違う同じ日を繰り返している。
それが幼い俺が導き出した結論で、そして正解だった。
死んでまた同じ日に戻る。
ゲームのリトライと同じだ。
それを証明するために、俺はまた校舎の屋上から飛び降りた。
ただ真実を知りたかったから命を無駄にした。
そしてまた朝を迎え、俺の馬鹿な想像は現実だと証明された。
●
自分の特殊な力を自覚してから三年がたった。
中学生になった俺は、ようやくいじめから解き放たれた。
俺をいじめていた奴らと別の学校になったのが大きい。
俺の中で最もあやふやな概念である死と密接につながってから、時間は短く感じた。
嫌なことがあるならすぐに死んで、また朝からやり直した。
ちょっとずつ日常を変えて、嫌なことのない日を繰り返した。
かけていた歯車がしっかりと嵌り、ようやく俺の日常が動き出したように思えた。
ある休日の朝、父さんが珍しくある提案をした。
「たまにはドライブにでも行こうか?」
常に忙しくしていた父さんは、休日はしっかりと休養を取ることに費やしていた。
そんな父さんの提案に、俺と母さんは笑顔で答えた。
車内で久しぶりに両親と沢山の会話をした。
どこにでもある一般家庭と同じく沢山の笑顔が生まれた。
そんな最高の休日の帰り道、悪質な煽り運転による大事故が発生した。
そして父さんと母さんが死んだ。
重傷だった俺は、なんとか車の破片を首に突き刺して自害した。
そしてまた同じ朝を始めた。
少しずつ運命をずらして、何度も両親が生きる道を探した。
試行回数11111回目。
どうにもならない運命を受け入れ、俺は両親の死を選択した。
何度も繰り返した。
両親の死を見るたびに張り裂ける心と戦った。
でもダメだった。
二人が生き残る道を見つけられなかった。
運命を変えられるということは、運命を選択できることと同義だ。
俺は確かに両親の死を選択した。
選んだんだ。自分で。
俺の中で最もあやふやになっていた死の概念が、突如明確になった。
そして俺は、ここで一度この能力に頼るのをやめた。
死の意味を理解させられたからだ。
最も効率的かつ鋭角に。
それからしばらくして俺はこの能力にもう一度頼ることになる。
能力を使って最も繰り返した一日は両親が死んだ日と、最愛の人が死んだ日だけだ。
最愛の人が死んで、それからすぐに俺も死んだ。
そしてまた目を覚ました時、俺は赤子の姿になっていた。
もう一度全てをやり直せると思っていたが、そうではなかった。
俺が目を覚ましたのは、全く別の世界だった。