第一話
よろしくお願いします。
藍川 蓮人は今、複数匹の魔物に囲まれていた。
包囲網は厚く、この場から離脱することは不可能。
もっとも、どこも似たような景色の森の中で逃走を選べば、さらに厄介な状況に陥る可能性が高い。この初見の森を毎日歩いている森かのように行動することはできない。
鬱蒼とした森の中、空を囲む木葉の隙間から射す陽光が魔物たちの目に反射する。
魔物の数は全部で十五匹、群れで生活する狼の魔物だった。
名称はフロックファング。
灰色の毛色をしており、人ほどの大きさがある。
個々での実力はそれほどでもない。一般の冒険者であれば十分に対応可能だ。しかし手段で行動する性質上、一度出会えば複数匹と同時に戦うことになり、初心者の冒険者では危険な相手だった。
彼がギルドに登録したのは今日のこと。
簡単な依頼に出向いた矢先、この状況に陥った。
生来の不幸を背負った彼は頻繁にこのような事態に陥る。
ある意味経験豊富だと表現できるが、彼が自身の体質を恨まない日はない。
フロックファングたちは蓮人を睨みつけ、牙をむき出し威嚇している。
戦闘をするしかないこの状況で、持ってきた弓矢はすでに弦が切れ使い物にならなくなっていた。これも彼の不幸が招いた事態なのかもしれない。
それに矢筒に残った矢は全部で五本、十五体の魔物を無力化するには到底足りない数だった。
そんな追い詰められた状況でも、魔物相手に話し合いは通用しない。
一匹のフロックファングが彼へと飛びかかった。狼特有の大きな顎を、蓮人を飲み込もうと開く。
その瞬間、彼はまるでその行動を最初から知っていたかのようにその場で姿勢を低くした。
頭上を通り過ぎていくフロックファングの腹目掛け、矢筒から取り出した矢を立ち上がる勢いを利用しつつ突き刺す。
「ギャンッ!?」
魔物は腹部の痛みで悲鳴のような鳴き声を上げる。
ただし重症ではなかったようで、直ぐに姿勢を戻すと彼に怒りの目を向ける。腹部には矢が刺さったままだ。
丁度蓮人の注意がその魔物へ向いたタイミングを見計らい、他の狼が彼へと突進する。
一撃必殺を狙った顎よりも、彼を弱らせることを選択したのだろう。
群れが彼に対する油断を捨てた証拠だった。
突進するフロックファング以外も同時に動き出し、蓮人を仕留めようとする。
彼はまず、突進してきたフロックファングを跳び箱を飛ぶようにかわした。矢筒に入った矢を背中に突き刺すことを忘れずに。
そして同じく他のフロッグファングたちも突進してくる。
時に横に飛び、時に上に飛び、時に転がり、彼はその全てを上手く回避した。
その動きはまるで最初から決まった動きをしているようでもあり、躱す彼の元にわざわざ躱されようとしてフロックファングが飛びこんでいるようでもあった。
さらに警戒を強めたフロックファングたちが蓮人から距離を取ると、危険な状況にも関わらず彼は笑みをこぼす。
「その配置になるのを待っていたんだ。」
蓮人はそういうと、中指と親指でフィンガースナップ(指パッチン)した。
その瞬間、蓮人が魔物に突き刺した矢が次々に爆発を起こす。
余談だが、彼が対象を爆発させるのにフィンガ―スナップは全く関係ない。わかりやすいきっかけとしてなんとなくやっているだけだ。
周囲に爆発音が丁度五回鳴り響いた。
余っていた矢の全てを使い果たしたからだ。
ただそれ以上警戒する必要はなかった。
仲間が爆発した様子を見たフロックファングたちが闘争よりも逃走を選択したからだ。
爆発に巻き込まれた何匹かは体に小さくない傷を負っており、当然の選択だったのかもしれない。
蓮人はそれを見越して矢の刺さった個体が群れの中で上手くばらけるのを待っていた。
何とか死なずに済んだことに安堵し、彼はホッと息を漏らした。
「異世界らしくなってきたな。」
藍川 蓮人は額につたる汗を、そっと拭った。
●
平凡な両親だった。
そして俺も平凡な子供だった。
…ある一点を除いては。
俺がまだ地球にいたころ、すでに俺にはある能力があった。
丁度十歳になり、道徳もある程度学べた頃、俺は自分に特殊な力があることを自覚した。
生来の不幸体質が災いしてか、果たしてそういう運命だったのか。
俺は同学年の生徒にいじめられていた。
生きているのが辛かった。
何度現実から逃げ出そうとしても、現実は俺を逃してはくれなかった。
道徳をある程度学んでいたとはいえ、俺の中で死という概念はまだ軽かった。
ただ何も見なくてよくなる。そんな程度に考えていた。
どうでもいい毎日と決別しようと、俺はいつの間にか校舎の屋上へと足を運んでいた。
特に迷うことはなく、誰に手紙を残すこともなく、もちろん靴も履いたまま。
俺は屋上から飛び降りた。
永遠に続かと思えた一瞬は、俺をこの世界から解き放った。
次の日の朝、俺はまた目を覚ました。
そこは病院のベッドという訳ではなく、いつも通りのベッドの上だった。
小説を書くのが好きです。
読むのはそこまでじゃないのに、書くのはとんでもなく好きです。
こんな私の小説にお付き合いして下さる方々が少しでもいればうれしいです。