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フライデーナイト・マジックランド 

掲載日:2019/06/07

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共に、この場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 よーし、今日のお仕事はこれでおしまい! そろそろあがっちゃうわね。ふふーん、明日は早く起きて、新しくできたアトラクションに突撃するのよ。

 あれ? 話していなかったっけ? 私、某テーマパークの年間パスポート持ちなのよ。ほとんどの休みを園内の中で過ごしているわ。あんまり値が張るものは食べないけどね……。友達なんか、夫婦で似たような生活を送っているって聞くから、趣味があっていてうらやましい限りよ。

 

 ――え? テーマパークがどうして楽しいか?


 そうねえ、ストーリーとキャラクターが魅力っていうのもあるけど、昔の思い出を追いかけているのかも。私ね、テーマパークをめぐって、子供の頃に不思議なことに出会ったのよ。

 ああ、そっちも区切りついた? じゃあ帰り際にでも話しましょうか?

 

 幼稚園くらいの時、はじめてテーマパークに連れて行ってもらった時から、私は何度も「また行きたい!」とねだっていたわ。

 けれど、うちのパパは仕事ですごく忙しい身。約束しながら、当日にドタキャンなんてザラにある。最初のうちはしぶしぶ納得していた私だけど、さすがに5レンチャンでやられた時には、つい当たり散らしちゃった。

「うそつき! うそつき! 大嫌い!」ってね。

 

 それからパパの様子は少し変わった。早く帰ってこられた日だと、いつもなら夕飯の後、二階にあがってきてテレビを見始めるはず。それが、私が布団に潜り込む時間になっても、ずっとお勝手で入り口の戸を閉めて、ママと話しているみたいだった。

 それが何日も続いて、私はつい、童話のヘンゼルとグレーテルを思い出してしまう。もしかしたら「大嫌い」といった私を、捨てる相談をしているんじゃないかって、怖くなってね。

 密談は一ヵ月間、パパが早く帰ってこられる日には、毎晩行われていたわ。

 

 そしてある金曜日の夜。寝ていた私は突然、肩を叩かれて目を覚ます。

 目の前にいたのはパパだった。


「ずいぶん遅れてしまったけど、遊園地に行く約束。パパが今、果たそうと思う。すぐに着替えなさい。部屋の外で待っているから」


 不安が現実となって、一気に眠気が吹き飛んだ私は、出て行こうとするパパの背中へすがりつく。


「ごめんなさい! ごめんなさい! もう、わがままいわないから。もう、遊園地行きたいとかいわないから。だからお願い、捨てないで! いやだ、いやだ……」


 泣きじゃくる私に、戸惑うパパ。私が一切の考えを伝えると、困った顔をしながらも頭をなでてくれる。「捨てたりなんか、するわけないじゃないか」と。

 それでも私はすぐには信じられない。「本当に? 本当に?」と何度も確かめて、ようやく言われた通り、服を着替えたの。


 ママには内緒ということで、パパと二人で車に乗り込んで、夜の国道を飛ばす。他の車の影はほとんどなかった。

 私の知っている遊園地は、いずれもここから遠い。高速道路を使わなかったらものすごく時間がかかってしまうのに、パパは途中で国道から県道へ切り替えただけ。

 やがて、崖と海にはさまれたゆるくカーブする道を、私たちは走ることになる。つい先ほどまで、海岸の向こう側にちらちらのぞいていた建物の灯は、もうほとんど見えない。パパの車のライトだけが、夜の中で存在感を放っている。

 スピードメーターを見る。アナログなそれの針が80キロ前後で振れているのを確かめたところで、パパが声を掛けてきた。


「そのスピードメーターが40キロまで下がった時は教えてくれ」


 ここのところ信号がなかったから、パパはアクセルを踏みっぱなし。これからも続きそうな勢いだったけど、私はうなずいたわ。

 それからほどなく。スピードメーターがみるみるうちにゼロへ向かい始めたの。

 パパの足はアクセルにかかったまま。踏み込んではいなかったけど、自然な減速にしては、明らかにおかしい速さ。そしてあっという間に40キロに。

「なったよ」と告げるや、パパは右へ急ハンドルを切った。左手にある海がどんどん遠ざかり、対向車線を越えて、落石を防ぐためのフェンスが取り付けられた山肌へ一直線。

「ぶつかる!」と思って私は身体をこわばらせたけど、覚悟していた衝撃はこない。車は引き続き走行を続けている。パパも顔色ひとつ変えていなかった。

 勘違いだったのかな、と思い始める私だったけど、やがて暗闇の向こうに、新しい明かりが見え始める。海岸のかなたに見えたまばらの灯とは違う、もっと集中したものとして。


 そこにはライトアップされた遊園地があったの。柵もゲートもアトラクションも、ひとつひとつが指でつまめてしまいそうなくらいに小さい、だいだい色の光の集まりで、輪郭を整えられている。パパはゲートのすぐ横に駐車。私を伴なって車を降りたわ。

 パパは「ここが知る人ぞ知る秘密の穴場で、会員しか利用することはできないんだ」と話す。あの忙しいパパが、いつそんな準備をすることができたのか、ちょっと首を傾げたくなることもあったけど、門をくぐると、もうそんなことはどうでもよくなっちゃった。

 ナイトステージの遊園地は、私にとって初めての体験。思い切り楽しもうと思ったの。

 

 その遊園地にはジェットコースターを初めとする、年齢や身長を制限するものはなく、私でも十分に楽しんだ。ゴーカートでメリーゴーラウンド、観覧車に乗ったりしたの。他に利用客の姿もなく、伸び伸び過ごすことができた。

 けれど、不思議なことが二つあったわ。

 一つ目は、園内に従業員らしき人の姿が見られないこと。すべてのアトラクションは、その入り口にあるボタンを押すことで、動くようになっていた。

 パパはいつも私が乗り込んだのを見て、そのボタンを押していたの。観覧車の時は押すのと同時に、動き出した観覧車に乗り込んで、内側から戸を閉める、なんて忙しいことをしていたけど。

 二つ目は、観覧車から見える景色。頂上近くまで上がったにも関わらず、眼下に広がるはずの建物の明かりや、遠くにたたずんでいてもおかしくない、連なった山々の姿が見えないの。私、自分の視力には自信があったのに。

 

 私が何度も目をこすっていると、もう下りかけていた私たちの籠が、不意に大きくぐらついたの。風かな? と思う間に、私はパパに正面から抱きかかえられていたわ。

 

「じっとしてろ。ちょっと危ないぞ」


 パパの声がしてすぐに、先ほどまであった足場の感覚がなくなって、代わりに風が下から強く吹き、髪の毛をかき上げていく。私たちが乗っていた籠は、ぱっと消えてしまったの。

 着地音と共に風が止み、パパがかすかに呻く。地面がそこにはあったけど、まだなくなっていくものがあった。

 この遊園地の門やアトラクションをライトアップしている、小さな明かりたち。それが次々に消えて歯抜けになっていく。これから死にゆく者が、懸命にあがいているかのごとく、私には思えた。

 パパは私の手を引き、光が消えていく園内を、出口目掛けて走っていく。車に乗り込んだ時には、園内はほぼ黒に染まっていて、もうどのような形だったかもわからないくらい。

 私に、シートベルトをつけたかどうか確認すると、パパは車を急発進させた。帰り道、県道に出るまでは山の中を進んでいるようで、地面の凹凸を踏むたび、何度も身体を揺さぶられて、酔うかと思ったわ。

 来た時にはこんな起伏、ほとんど感じない平坦な道だったはずだったのに。


 家へ帰りついた時は、そろそろ夜が明けようとしていた時間帯。

「もうひと眠りしておきな」と部屋へ私を送った後、パパもママが待つ寝室に引っ込んでいく。私の部屋から一階へ降りる時、その寝室の前を通っていく必要があったわ。

 あの不思議な遊園地のことを考えながら、またパジャマに着替える私。出かけていた時の服を一階の洗濯機に出そうと、足音を忍ばせて件の寝室の前を通りかかる。

 中からパパとママの話し声がした。てっきり私を連れ出したことがばれて、パパが怒られているのかと思ったけど、漏れ聞こえしてきた声から察するに、どちらかというとママが謝って、パパがなだめているみたいだったわね。


 それからうとうとはしても、熟睡ができなかった私は、結局、いつも通りの時間に起きてしまう。

 土曜日は燃せるゴミの日。玄関前にはゴミ袋が置かれていた。お手伝いの一環として、できる限り私が出しに行く決まりになっている。

 私は袋を手に取ってゴミ捨て場へ運んでいくけど、改めて袋を置いた時、中のゴミが崩れて、たまたま一番上の折りたたんだ紙が開いたの。なんとなく袋越しに見て、驚いちゃったわ。

 その紙に書かれていたのは、つい数時間前、パパに連れて行ってもらった遊園地の外観にそっくりの絵だったの。袋の口を解いて取り出してみると、私が乗ったアトラクションの絵がいくつも書き記されている。従業員はおらず、ボタンで動くという仕組みにも言及されていて、ある想像が膨らんでいく私。

 あの遊園地はパパとママが作った、私のためだけの遊園地だったんじゃないか、と。


 それから何度か私は、あの遊園地に行きたいとねだったことがあったわ。けど、すぐには連れて行ってもらえず、二人がまた長い時間をかけて話し合った末に、ようやくという形だったわ。

 当初は甘えていた私だけど、じきに気がついたの。遊園地へ行った日の翌朝には、決まってママが寝込んでしまう。それも行く回数を重ねるたび、少しずつ時間は長くなっていってしまうの。とうとうママの貴重な土日を完全に潰してしまったことがあって、私はもうおねだりをしなくなったわ。

 そのうち大きくなって、自分で車を運転できるようになり、あの道を走ったことがあったけど、脇へそれる箇所はどこにもなかった。それは、いつも連れ出してもらっていた金曜日の夜中に走っても同じで、パパの語った、急な減速ゾーンにも出会えなかったわ。

 今はもう、あれは私が出会った「お菓子の家」。夜だけ魔法使いになったママとパパが見せてくれた、いっときの夢なんじゃないかと思っているの。


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― 新着の感想 ―
[一言] パパとママがプレゼントしてくれた、まさに夢のような自分のためだけのテーマパーク! とっても素敵なお話でした! 子どもの頃は、このドタキャンに何ともがっかりさせられたものです……(笑) お仕事…
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