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貴方を想う

(作者の独り言)もっとゆるい話になるつもりが、シリアス寄りになった。何故だ。

見上げた空は、どんよりとしてまるで分厚い黒灰色の絨毯を敷き詰めたかのよう。今にも雫が落ちて来そうだ。

じめじめとして、それでいてなんとか踏み留まっている。


数年前から毎年この日はこんな天気なのである。

言い表すならば、今にも泣き出しそうになるのを必死に堪えている、と言ったところか。


「泣きたいのはこっちだっつーの」


誰に聞かせるでもなくそう口の中で呟いてエマはゆっくりと歩を進めた。

折角なのだから、こんなジメっとしたのは嫌だ。中途半端な気分になる。もちろん希望としては清々しい快晴になればいいが、意表をついて未曾有の大雨とかでもいい。それとか時期外れの大雪になるとか。それぐらい振り切ってしまった方がかえって楽しい気もするのだ。

現実といえば暗雲たれこめる曇天である。

しかも毎年毎年。

嫌になる。


はあ、と一つため息をついた。

そんなエマの右手に無造作に握られているのは泥のついたままの苗木と小振りの鍬。持ち方が雑なため、数少ない枝の一本がすでに折れてぶらぶらしている。

左手に持っているのは大きな酒瓶。そこそこ重いので、度々地面に置いて休憩を挟む。

背負っている背嚢には肥料がこれでもかと詰められている。おかげでなんとなく臭う。それも仕方ない。何故ならば肥料だし。

背嚢にくくりつけられている小さめの袋には雑貨と軽食が少々。


誰が見たって不審者と判断するしかない怪しい風体でエマが歩いているのは王宮の敷地内である。

誰に見られたところで「不審者発見!」と衛兵が飛んでこないのはエマが特魔局のローブを身に付けているからだ。

特魔局に在籍しそのローブを身に纏うことを許された者は、王族並みの特権を与えられている。国王ですら頭ごなしに命令することは出来ず顔色を伺う。そんな存在を一般衛兵が呼び止めるなど無理なのである。だいたいにおいて「君子危うきに近寄らず」とばかりにほとんど全て黙認される。

一人で一個大隊以上の戦力になると言われる特魔局のメンバーの証であるローブと仮面は、すなわち畏敬と恐怖の対象であった。


王宮の外れ、広大な敷地の特魔局の結界に守られた奥地に目指す場所がある。

そこにたどり着いた時にはすっかりエマの息は上がってしまっていた。次長のように簡単に転移の魔術が使えれば良いが、あれは賢者並みの使い手でないと無理だ。次長は規格外過ぎるのだ。

しかし、今日の目的地に限っては、エマは自分の足で歩いて行きたかった。たとえ毎回筋肉痛でその後二・三日よたよたと不格好にしか歩けないとしても。


「はぁ~どっこいしょっと」


かけ声と共に背嚢を地面に下ろした。

周りにざっと百ほどの墓標や墓石がある中で外れにポツンと建てられているそれは、端から順番通りに造られるべきところをエマが頼み込んで少し離れた場所に作ってもらったのだ。

整然と墓標が並ぶ中、その一角は異彩を放っていた。

墓石には雨避けが設置され、据え置かれた台には小物が所狭しと乗っている。さらにぐるりと取り囲むように統一性がない花が植えられている。


エマは鼻歌混じりにプチプチと雑草を引っこ抜く。一通り終ったところでおもむろに鍬を取り出した。


「よいしょ~こらしょ~」


慣れない作業だというのは一目瞭然である。へっぴり腰な上に狙った場所に鍬が降り下ろされていない。

それでもしばらくするとそれなりの深さでそこそこの大きさの穴が出来た。持ってきた苗木を突っ込んで、掘った土を埋め戻し背嚢から取り出した肥料を苗木から少し距離をおいてぐるりとまいた。


「こんなものでしょ!あ~私なかなか頑張った!」


自分の素人仕事に自画自賛しながら、こわばった背筋をぐいっと伸ばす。

仕上げとばかりに、エマは軽く念じた。

水の恵みよ、と。

するとその想いに応えるように現れた細かな光の粒子がキラキラときらめきながら収束したかと思うと、辺り一面に拡散した。同時に光の粒子は水の雫へと姿を変え、一帯に降り注ぐ。

地面に水が十分吸い込まれていったところでエマが手を振ると水の雫は宙に消えた。そこそこの雨だったにも関わらず、エマは少しも濡れていない。


手拭いを取り出して墓石を丁寧に拭きあげる。

墓石の前に敷物を敷いて、持参した軽食とグラスを二つ並べた。


「見て見て、まるでエドガーと私みたいじゃない?町で偶然見つけてつい買っちゃった」


そう言いながら墓石の横の台に小さな人形を置いた。

金色のたてがみが立派なライオンと黒豹である。


「私は黒豹みたいに格好良くはないけど、黒の毛並みと琥珀色の瞳が似てるかなって。ライオンはエドガーのまんまだね!黄金色のたてがみに晴れた日の空の色。で、体もがっちりしてて大きくてこれぞ百獣の王!」


酒瓶の栓を開け、グラスに並々と注ぐ。

エドガーの好みに合わせてあるのでアルコール度数は高く、女性向きではない。エマはグラスを掲げた。


「今日という日に乾杯!」


墓石に刻まれた名は「豪剣 エドガー・タリスマン」。

エマにとってかけがえのない人物である。

かつて「豪剣」の名を与えられた彼は大陸一の最強の剣士としてその名を馳せていた。しかし数年前に任務中にあっさりと命を落としてしまったのだ。その理由も、子どもを庇って、といういかにもエドガーらしいものであった。


酒をちびちびと舐めながら、軽食をつまみ、とりとめのないことに思いを馳せる。


墓石の周りの花はいつか二人で見に行こうと約束したもの。

植えた木は初めて一緒に行った任務で訪れた地方の特産品。

小物の数々は、きっと二人で買い物をしたら買ったであろうもの。そして二人の思い出にまつわるもの。


ねぇ、私、お酒を飲める年になったんだよ。


いつも平然とした顔をして浴びるように酒を飲んでいたエドガーは「もうちょっとお前が大人になったら、オレがうまい酒を教えてやるよ」というのが口癖だった。

他にもたくさんの約束をした。

食事や旅行や、誕生日のプレゼント。数えていけばきりがないくらいの数々の約束は、叶える相手を失ってもう二度と増えることはない。

いくらこの手で繋ぎ止めようとしても、年月と共にうつろい輪郭はぼやけていく。


なんとか思い出を握りしめているこの手は、いつまでこのままでいられるのだろう。もしも自分も気づかぬうちに空っぽになってしまっていたら。

それとも、砂がこぼれ落ちるように、さらさらと少しずつ失っていくのだろうか。


仕方がない、ことだけれども。

どうしたところでエドガーは戻って来ることはないけれども。

それでも。


夢想せずにはいられない。


エドガーがもし今も変わらずエマの隣にいてくれたのなら、と。


多くは望まない。

それだけで良かったのに。

二人で並んでただ隣にいる。

いくら願っても叶わない望みに、つい心が折れそうになる。


「こんな日くらい、ちょっとだけ感傷に浸ってもいいかな……」


墓石の文字がじんわりと滲んで、ぽたりと滴が一つ落ちた。



その一報を受けた時、エマは「何の冗談だ」と笑い飛ばしたものだ。

各方面から遅れて様々な報告が来てもエマは信じられなかった。だって、数枚の紙切れに書いてある文字の羅列だけで、そんな。

遅れてエドガーに同行していた局員から直接伝えられて初めて顔色を失った。

エドガーは跡形もなくこの世界から消え去ってしまって、髪の毛一筋帰ってこなかった。唯一残されたのは特魔局の指輪だった。それも規則で本部に返還されてしまった。

だからエマは呆然とするばかりでエドガーを失ったという実感がなかなか湧かなかったけれども、それでもじわじわと現実は押し寄せてきて、あとに残ったのはどうしようもない悲しみと喪失感だった。


短くない時間が過ぎて、ようやく折り合いをつけて。

信じたくないけど、現実だと受け入れて。


まぶたを閉じれば今も鮮やかによみがえる。

厳つい顔をくしゃっとさせて、白い歯を見せてニカっと笑いながら、エマの横髪を存外優しい手つきで耳にかけてくれるのだ。


『ほら、せっかくカワイイ顔してんだから隠さないで出しとけって。下ばっか向いてんじゃねーぞ。世の中にはお前が気づいてないだけで楽しいことも面白いこともゴロゴロあるんだぞ。ちゃんと前向いとかないと見逃しちまうだろ?もったいねぇじゃねーか。面白おかしく生きてかねぇと損ってもんだ』

『だから』

『限りある時間を精一杯』

『笑え』


『俺が一緒にいてやっから』



そうだね。


隣に貴方はいないけど。

私は貴方が望んでくれたように精一杯笑って生きていきたい。




「さーて、行きますか!」


軽く砂を払ってすっかり軽くなった背嚢を背負う。

なんだか猛烈に空腹を覚える。

今日の食堂の夕食の日替わり定食は何だろう。こんな時はボリュームがあってこってりとした味付けのものに限る。

いっそのこと、城下町の食堂まで足を伸ばそうか。




「今日は飲むぞー!!そして食べるぞー!!」




『今日も、の間違いだろ』

そんな声が聞こえた気がした。













「おじさーん、この砂トカゲの素揚げタルタルソースかけ絶品過ぎるぅ~!追加で五皿お願ーい!あと、白菜とキバ魚のクリーム煮も持ってきて」


「おい、あの姉ちゃんすげぇな。何人前食べるつもりだよ……」

「やべぇな……十人分くらいは食べてるんじゃねぇ?まだ注文するのかよ」

「うぷ。見てるだけで何か気持ち悪くなってきた」

「俺も」

「帰るか」

「そうだな」


ほどなくして店内はエマ一人になった。

「なんで一人ぼっち?!お一人様が、さらに寂しいことに!!」

寂寥感が押し寄せてきて、エマは腹七分目で店内を後にした。

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