第5話:異能試験。或いは実験
このゲームは最後まで無料でプレイすることができます。『最後』を決めるのはあなたですが。
何とも不可解というか、不快というか。否、不快は言い過ぎかもしれないけれど。
しかし第二次性徴期をとっくに終えている筋骨隆々の野球部員がイブニングドレスを着ているという光景はシュールを通り越して、最早滑稽ですらなく。
まるで女児向けのコスプレに大人が無理やり袖を通したかのような痛々しさがそこにはあった。本人からすれば羞恥が過ぎて不快であろう。
「ぎゃはははは!! 渉、やっべぇぞ!」
黒のレースが配われた暗い赤を基調にしたタイトなドレスは、きっと女性には似合ったに違いないけれど。そんなドレス姿を、ふわふわの魔法少女風なコスチュームに身を包んだ黒一文字が笑う。
五十歩百歩である。
「うっせぇ! マジでキレるぞ!!」
と、不満げな渡会が怒号をあげる──確かに周りを見渡せば、渡会の異質さは異様でいて。一線を画す格好であることは否定のしようがない事実ではあった。
出席番号5番、犬吠ならば弓道着の様な純和風な装備を身につけているし、29番、澪標ならばゲームの世界から引っ張り出して来たかのような聖騎士風の鎧を装備しているのだから。
自分にせよ野球部コンビにせよこの格差はなんだろう、と戊亥沢は自身の装備と周囲を見比べながら僅かに気を落とす。嘆息。
革製の帽子に革製の胸当て。間違いなく──疑いようもなく戊亥沢の身につけたそれは、初期装備のそれで。
防御性能はさておき、見た目だけならば魔法少女風コスチュームの方が幾分かマシと思ってしまう程度には格好悪いトータルコーデだった。
「……いぬい、どんまい」
「……励まされると辛い。渡会たちの方がひどいんだから、いいよ」
アラビアンテイストの可愛らしい服を着た投刀塚に励まされた戊亥沢は、そう諦観気味に締める。格差についての異論反論を諦める。
学生服にレザー装備って。
「まあ、ビギナーズラックって当てになんねーしなぁ。あいつらと戊亥沢は極端すぎるけど……」
と。列の最後尾に並んでいた刃連町がパラディン風な鎧に身を固めて現れたところで、戊亥沢は更に深く精神的なダメージを受けたけれども。
彼の心情などお構い無しに物語は進む。
ストーリーは進行する。
「はい。……ようやく皆さんに防具をお渡しすることができました……これから皆さんには『異能』の使い方を覚えていただかなければなりません……」
半ば防具の披露宴と化していた草原に、少女イルロラの弱々しい声が響く。その目は──生徒一同の目は、神へと集まった。
防具に続いて武器の扱い方、というのは中々に順当である。自身を害するかもしれない未知なる力を使う上で、丸腰というのは些か空恐ろしいものがあるのだから。
イルロラは続けた。
「異世界能力──略して異能ですが……発動自体はとても簡単です。ただ、使いたいと考えるだけで──或いは念じるだけで発動します……」
例えば、と少女は先程ドラゴンが着陸時に穿った大穴へと手のひらを向けて言う。
「『この穴を直したい』とわたしが考えます。……これだけです」
再び神の奇跡──異能が発動した。
焼け焦げ、散りに散って飛散した土や雑草がパズルを組み直すかのように自動で穴へと収まってゆき、修繕され、そして。
「こんな感じ……」
元どおりに再生された。再現された。
そこに大穴が空いていたなんて信じられないほどに、草原は平らな地形へと復活を遂げていた。
「……俺もあんな能力が良いなあ。トンボ掛けしないで済むじゃん」
呑気なことを呟いたのは刃連町。確かに平和的な利用法ではあるけれど、イルロラの言葉を借りるならばあくまでこの能力は『武器』として扱うものである。
それに。戊亥沢は忘れていない。
異能は個人個人に違う能力を割り振られているという説明を、きちんと覚えていた。違う能力というからにはイルロラの持つ回復スキル(?)とは全く別の──それこそ渡会の装備の様に異質な能力が付与されているのかもしれないのだ。
だから、武器は武器でしかない。平和利用など以ての外だ。
誰かを守るか、誰かを傷つけるか──二元論のようなものではあるけれど、その実は。本質は変わらない。
しかしテレビゲームが大好きな戊亥沢の知る限りにおいて能力というものは大まかに『攻撃』、『回復』、『支援』の三タイプに分けることが可能であり。スキルの内訳によれば、もしかすると平和利用が可能かもしれなかった。
誰かをパワーアップさせる、とか。
「……次は皆さんの番です……。一人ずつ、前に出て──充分に離れた上で……異能を使用してみてください……」
鬼が出るか蛇が出るか。
いよいよ、本日の──本説明会のメインイベントが開始した。
イルロラの開始の合図を受けた生徒たちは、短い話し合いの末に出席番号順に能力を試用していくことを決定した。つまり、戊亥沢の順番は僅か四番めに訪れることとなるのだけれど。
緊張する反面、もしも能力までも弱かったらどうしよう、と戊亥沢は焦る。
防具は見るからに弱いのだから、せめて武器の強さでゲームバランスを取って欲しい感は否めない。
バランスブレイカー級の能力は望まずとも、一目で強みが理解できる武器ならば重畳である。
「よ、よし……じゃあ、まずは僕から」
出席番号一番、芥川が前へ出る。そして、安全と思しき範囲まで離れたところで彼は手を突き出す。
イルロラに倣って能力を発動させようとする辺り、芥川の利口さ──賢さが見て取れた。が、果たして彼の身に何が起きたかというと。
「あれ……不発?」
翳した右手が紫色の禍々しい光を放ち始め、何が起こるのかと期待していた本人とクラスメイトではあったけれども。
芥川が右手を下ろすまでの一分弱の間、ついぞ何も起きることはなかった。その手はだらりと力なく垂れた。
「不発ではなく……発動条件が正しくない異能は本来の力を発揮することができないんです……」
イルロラからの解説を受け、やや落胆した風の芥川がとぼとぼと列に戻ってきた。
なるほど。発動条件が設けられている場合があるのか、と戊亥沢。
ルーラがダンジョン内で使えなかったり、ぬすむのコマンドが戦闘以外では使えないように、なにかしらの制限──条件があるというのは尤もな事ではある。
運悪く、芥川はその条件を満たしていなかった為に異能を使用することが出来なかったのだろう。
「ん〜……じゃ、次はボク」
そんな具合でクラスメイト達が続々と能力を披露したり出来なかったりしていった訳だが。この長蛇の列の全てを語る気にはあまりなれない。
割愛は決してしないが、勿体ぶることくらいはさせてもらおう──なあに、後のお楽しみというやつだ。
しかし語るべきことはある。知ってもらわなければならない、必知事項。
戊亥沢 乾の異能に関してである。
よもや武器までもが誰よりも下だとは思いたくはないけれど、しかしいい加減に彼も自嘲を通り越して自虐気味な気分に浸り始めていた。
まさか。
「…………発動自体できないなんてな」
頼るべき武器すら持っていないなんて。
ドラクエIXでおっかなびっくり室内でルーラを使ってみたところ、イレブンが天井を突き抜けてぶっ飛んでいったことに衝撃を受けたのはつい最近のことです。