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第3話:お金はありますか……? 前編

無課金は負けても得るものがある。

課金組は負けて得るものが殆どない。

 ドラゴンの逃亡からおよそ二分後。蜘蛛の子のように散っていたクラスメイト三十三人は焼け焦げた『教室だったもの』の跡地へと帰ってきた。彼らは──彼女らは戌亥沢と投刀塚が命を賭して怪竜と戦ったことを知らないだろうけれど、語れるほどの善戦を展開したわけでもない戌亥沢は敢えてそこを伏せておくことにした。

 あんな惨めな防衛戦を英雄よろしく語ろうものならば、それこそ驕りというものだろうから──それに。

 投刀塚の目の前で起きた不可解な現象を、うまく説明できる自信がない。一体何が起こったのか、傍観する立場にあった戌亥沢はともかくとして投刀塚までもが理解出来ていないというのは説明を受ける側としても困惑してしまうだろう。

 しかしひとまずは、自分含むクラスメイト全員が無事であるという事実に戌亥沢はほっと息をついた。ようやく、一息ついた。

「戌亥沢……大丈夫だったか? なんか、机とか凄いことになってんだけど……」

「ああ、うん。大丈夫……と思う」

 芥川に制服(正確には腹部周辺)の土埃を払われながら、戌亥沢は神妙に空を仰ぐ。青く美しい空には、千切れて散り散りになった雲しか浮かんでいない。

「那束、大丈夫だった? 怪我してない? 痛いところは?」

「う、うん……大丈夫、大丈夫だから……」

 と、保健委員会に属する御手洗が投刀塚の身体のあちこちを心配そうに検めている間(絵面的にはボディーチェックのそれである)も、投刀塚の視線はある一点を捉えて離さない。

 その目はじっと、神を名乗った少女を見据えていた。

 まるで品定めするかのように──値踏みするかのように、神を見つめるなんて少しだけ不遜な気がするけれど、しかし戌亥沢だって投刀塚を咎めるつもりはない。

 いきなり徒歩で現れた少女は自身を『神』だと宣言したのだから、懐疑や猜疑の目を向けられても仕方あるまい。それに対して、少女──イルロラがどう動くかは今の所不明である。

「ありがと、芥川。……ちょっと離れるぜ」

 と、戌亥沢は生徒を片っ端から指差しては五指を折る──伸ばすイルロラの元へ歩み寄る。何をしているのだろう? カウント?

「さんじゅうさん……さんじゅうよん……さんじゅうご!」

 指さされた。それもキメ顔で。

 戌亥沢は自分よりも歳も背丈も低い少女に指を差されて怒るほどに未熟な人格を形成してはいない。立派な人格者とまでは言わずとも、少女の素行──粗相に声を荒げるような人物ではないものの。

 流石に大声を張り上げられた上で指差されれば、驚いて然るべきだろう。普通にビビった。

「はいっ! みなさんが無事で安心しました! ……誰一人としてドラゴンのご飯になっていないようで何よりですっ」

 そう言ってイルロラは笑う。

 それがどんな意味を含んでの笑みなのかは、神のみぞ知る──イルロラのみぞ知る事ではあるけれど、少なくともそんな微笑みに戌亥沢は毒気を抜かれたのであった。

 神も少女のように柔らかく笑うのか、と意外に思う。

「あの、さ……イルロラちゃん?」

 神を名乗る以上、やはりそこは『イルロラ様』と(へりくだ)って呼ぶべきかと一瞬だけ逡巡した。が、戌亥沢は敢えてそんなフレンドリーな呼称を選択する。そもそも彼女が自身を神だと宣言しているだけであり──神だと通告しているだけで、そこに証拠は何らない。

 もしかせずとも、子供特有の虚言ないし冗談である可能性だって充分にあるのだ。そんな子供を『イルロラ様』呼ばわりするのは愉快を通り越して滑稽ですらある。

 だから。果たして、イルロラちゃんと呼ばれた神様はというと。

「はい? どうしましたか?」

 机と椅子の墓場と化した教室跡地へと足軽に向かう足取りを止めて、くるりと踵を返し対応するのであった。どうやら様付けでなくてもいいらしい。

「きみ……自分のこと神様、って言ったよね? 神様なら……何が起きてるのか説明して欲しいんだけど……」

「はい! 今から説明するので、みなさん着席してもらえますか?」

 と、端的な返事を残して再び教室跡地へと向かうイルロラ。

 しかし机はおろか、椅子でさえ無傷なものは少ないというのに一体どこに着席しろというのだろうか。立ち話よりは座って話を聞く方が楽だけれど、地面に座れというのはほんの少し乱暴な気もするが……。

 イルロラの号令で集合を始めたクラスメイトの困惑が見て取れる。

 奇妙な平原に迷い込み。ドラゴンに逢い。そして──神との邂逅。

 いきなりの事態の転変に、理解が追いつかない。

「いぬい……あの子、頭大丈夫なのかな?」

「さらっとひでーこと言うなよ……大丈夫じゃなきゃ困るって」

「だって……自称『神』だよ? 普通の子なら自分を神って言ったりはしないよ?」

 さりげなく御手洗のボディーチェックを潜り抜けて来た投刀塚と並行して歩きつつ──話しつつ、イルロラに追従する。やはり表現は異なれど思うところは同じらしかった。

 かくして教室跡地に到着したイルロラは、満足げに辺りを見遣る。破壊跡を眺めるのが楽しいわけではないと願いたい──と、先ほどまで死闘を繰り広げていた舞台を遠目に眺める戌亥沢、そしてクラスメイトの面前で少女は笑った。

「このくらいならあっという間ですね。さ、さ。みなさん……着席してください!」

 イルロラが両手を掲げる。

 その仕草は漫画やアニメでよく見るような魔法を発動させる為の行動によく似ていた。掌を机と椅子の破壊跡へと向け、少女は。

 神は、奇跡を披露した。

「!!」

 目を疑う暇も。

 目を瞠る余地もない一瞬の出来事だった。イルロラの掌から放たれた青白い粒子のような淡い光が机だったものを──椅子だったものを包み込み、一瞬にして元どおりに再現させたのである。

 復元と換言しても過言はあるまい。まるで魔法がかけられたかのように、炭と化していた学習用具が超常的な復活を遂げる。

 机が。椅子が。筆箱が。鞄が。プリント類が。教科書が。ノートが。全てが全て、ドラゴンに焼き払われる寸前の状態へと巻き戻る。

 時を遡ったかのように、巻き戻る。

「えっと……戌亥沢さん! ……何が聞きたいんでしたっけ?」

 茫然自失と立ち尽くす少年少女に向き返った少女は物腰柔らかめに尋ねる。なるほど。

 少女イルロラは『神』である。

魔法と魔術の違いをご存知でしょうか?

詳らかには書きませんが、魔法は呪文を唱えたりするだけで発動するもので、ハリーポッターなんかが好例です。

対して魔術は複雑な計算式や奇怪な薬品、描くのがでたらめに難しそうな魔法陣なんかを用いて扱う術なんだそうです。魔術といえば魔女ですが、鉤鼻の意地悪そうなばあさんが鍋を混ぜながら「ヒッヒッヒ」なんて笑っているのは一体何をしている最中なんでしょう。

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