第23話:情報提供
あの声優もこの声優もいます! 遊びたくなりましたか?
城門を背に、街の中心部──深部へと歩き始めた戌亥沢と小瀧原は建ち並ぶ店舗やビルの一軒一軒を覗いては被りを振る。
やはりと言うべきだろうか。活気は疎か、人の気配さえ感じられないという有様だ。
一体国民は何処に消えたのだろう?
決して回転が速い訳ではない戌亥沢の頭脳では答えを導き出すのは難しい。が、戌亥沢は有り得そうな可能性を捻り出し、そこから正解を導き出そうと思考する。
国家間の紛争、外出禁止令、お触れ(法律)、何らかの祝日、何らかのイベント最中、入国者への忌避感情……凡その目星を付けて列挙してみたは良いものの説得力に欠ける可能性しか思い浮かばず、戌亥沢は鼻で溜息を吐く。
まず初めに紛争中ということは有るまい。詰所に勤めていた衛兵の対応を鑑みれば真っ先に消して良い可能性だ。紛争下に於いて素性の知れないコスプレ軍団を入国させる様な真似はすまい。
次に外出禁止令と何らかのお触れに関してだが、これも広場で掃除に勤しんでいた中年男性と出会っているため可能性は薄いと言えよう。というよりもあの男性との出会いは祝日、イベント説も同時に否定している(中年男性が外出を禁止する様な『何か』を意図的に反故にしている可能性も否めないが)。
最後に入国者を嫌っているという可能性であるが……これに関しては現在何もコメント出来ない。国民一人の対応を国家の意向と考えるのは乱暴だろう。
『入国者が来たから店を閉めなさい』だなんて、外需を完全に無視する様な国家は間違いなく国として成長出来ないのだから。
だから。
戌亥沢らは答えを探し求めるかの如く、通り掛かった店舗をこまめに覗いているのだけれども。待てど暮らせど答えは見つからない。
「いや……マジな話、誰も居ないじゃん。ひょっとしてこの国、昼夜逆転してるんじゃ……?」
「だとしても人が居ない事の証明にはならないと思うよ。夜に仕事してる人が何も買えなくなっちゃうし……」
「それは……そうだな」
一斉に店を開け、一斉に店を閉めるのは流石に不便だろう。生活が成り立たない。
と、小瀧原に指摘され再度思考を巡らせる戌亥沢であったのだが、
「……あ! いぬいぬ、見て!!」
不意に叫んだ小瀧原の声に思考を遮られる。
驚いた戌亥沢は俯き気味だった顔をはっと上げ、急いで彼女の視線の先へと目を向けた。果たして、視界に映ったものはというと狭く薄暗い路地裏の路で。
石畳の上に敷かれた擦り切れた絨毯の上には中身が入っていない様に見える幾つかの木箱と共に占い師然とした様相の老婆が座り込んでいた。第二村人ならぬ第二国民の発見である。
漸く見つけた。戌亥沢らの求める答えを彼女が知っているかどうかはさておき、貴重な出会いである事はまず以って間違いなかろう。
戌亥沢は──小瀧原は居住まいを正し、愛想よく声を張り上げた。
「こんにちは! おばあちゃん、ちょっとお話し良いですか?」
虚空を。正解には目の前の壁をぼんやりとした表情で眺めていた老婆は一度だけ大きく瞬きし、それからゆっくりと緩慢な動作で視線を戌亥沢らへと合わせた。
その表情は笑っている様に見えた。そして、何も考えていない風にも見えた。しかし形容し難い表情とは裏腹に老女は快活な声音で話し始めたのである。
「……⬛︎⬛︎⬛︎?」
「あ……ルトリフア語だ……うう」
「……ああ、あんたらは『神伐隊』だね? ナダイナ言語を知らないって事は、そういう事だろう?」
「!! 貴女も日本語が話せるんですか」
戌亥沢は純粋に驚く。これまでに出会った3人の人間が全員日本語話者であるという事は、ナダイナ公国の公用語はナダイナ語(ルトリフア語?)と日本語ということらしい。
そんなにもゲームオーバー組は多いのか、と戌亥沢は息を飲む。が、今すべきは驚くことでも怖気づくことでもない。
「でしたら、教えてください」
と戌亥沢は丁寧ながらも毅然とした態度で尋ねる。
「一体、この国に何が起こっているんですか?」
と。はっきりとした口調で尋ねる。先程の中年男性よろしく適当に遇らわれたくないという思いから意図せず強い語調になってしまったのだが、老婆は穏やかな声音のままで応答する。
「……ルケイニ前君主が死去なされたのよ。今はね、国民一丸喪に服しているところなのさ。家に引き籠ったり、国内の清掃活動に励んだり──独りで静かに過ごしたり、それぞれ悲しみを乗り越えているところなのさ」
「なるほど…………そういうことだったんですか……」
君主の死。確かに尤もな答えである。
良き指導者は国民に慕われるであろう。況してやこの巨大な国家を維持した(発展させた)であろう人物である、賢く聡明で強い君主であった事は想像に難くない。
そしてその求心力故に指導者を失った国が──国民が酷く悲しんでいるというのは有り得そうな話である。
「ルケイニ前君主のご冥福を祈ります。……前君主? 現在の君主のお名前は?」
社交儀礼的であるものの追悼の意を示した小瀧原だったが、自身の言葉が疑問を生んだのだろう。暫し沈黙した後に彼女は質問した。
「今の君主様はリュズ様だよ。ルケイニ前君主の御子息に当たる方でねぇ、三日前に君臨なされたのさ。……世襲制とはいえまだまだ皆不安さね」
「リュズ……ね、いぬいぬ。リュズっていう君主様に引き合わせて貰えれば何か支援が受けられそうじゃない?」
「まあ、かもな。もしかしたら力を貸してくれるかもしれない」
RPGにおいては定石といえる展開である。魔王を討伐する為に冒険者に一時的な助力を与えるというのはゲームではよくある話である。あくまでゲームに於いては、だが。
先の見えない不安と仲間に何も報告出来ないかもしれないという申し訳なさが微かに払拭されていくのを戌亥沢は感じた。進むべき道が見えてくれば、後は進むだけである。
「それでは、お話し有難う御座いました。僕たちはこの辺で失れ」
「ああ、そうだ。あんたら、翠貨を持ってないかい? あたしゃこう見えて両替屋をやってるんだ。そんな不便な物は小銭にバラしちまいなよ」
唐突に言葉を遮られた戌亥沢は息を呑み押し黙る。いや、ただ単に黙った訳ではない。会話の脈絡をぶった切って商売の話を突然始めた老女の意図を推し量る為に沈思黙考したのである。
『情報が欲しけりゃ何か注文しな』的なシーンを映画や漫画で観たことはないだろうか? 多分それだ。
後払い(=宣伝兼営業)が情報の対価なのであろう。そう考えれば断り辛くもあるが、病院の無い国であったとしても流石に銀行はある筈だ。
レートが分からない以上、個人間で両替というのはかなり気が引ける。っていうか翠貨って崩せるものだったのかよ。一万円札的なものだろうか?
「当然。当然、銀行も暫くは休業だよ。そんな高額貨幣を一般の店で取り扱えるとは思えないんだけどねぇ」
体良く。しかし愛想良く断ろうとしていた戌亥沢に釘を刺すかの様な言葉で老女は牽制する。
選択肢はあまり無さそうだと戌亥沢には思えた。やはり、取引に応じる他あるまい。渋々という具合に頷いた戌亥沢に老女は笑みを見せる。
「よしよし、賢い子だね。翠貨1つにつき6ウィアイラ。1ウィアイラにつき、14ノクロプ。1ノクロプにつき29ニスリヒトだよ。どうするかね?」
無論、ほんのちょっぴり手数料を頂くがね。と老女。
説明を受けた戌亥沢、小瀧原両名が唖然とした事は言うまでもなかろう。何て分かりづらいレートだ、と辟易する。
きっとマグルの通貨に慣れたハリーも同じ気分を味わった事だろう。
「え、えっと……? あー…………2ウィアイラと56ノクロプでお願いします」
と、瞬時とまでは言わずともレートを記憶した上に素早く暗算して見せた小瀧原も大したものだが。
斯くして細かな路銀を手に入れ、老女に別れを告げた戌亥沢らは老女の情報を頼りに再び街の中心部へと歩き始める。先程までとは違い、明確な意思を持って。
君主が住んでいると思しき城は段々と大きくなりつつあった。
色々ありすぎました。ぼちぼち頑張ります。