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第22話:ウィンドウショッピング

 すっかりと不愉快な苦痛から解放された戌亥沢は肋軟骨周辺を探る様な手付きで撫で、感銘を受けた風な調子で感嘆の声を漏らす。

 今までの呼吸もままならない痛みは魔法の様に消え去っていた。

 本当に完治してしまったのだろうか。薄着越しに触れる肋骨の感触は健康的で『至って正常』と結論付けざるを得ない程に美しい仕上がりなのであった。

 他に異常はないだろうか、と戌亥沢は指を脇腹──腋下へと移す。肋骨の骨折は一箇所に留まらない事もあるらしいので(右側が亀裂骨折で左側が完全骨折なんてケースも存在するそうだ)、そういった事例を警戒してのチェックであったのだが。

「異常……無し。完璧だ」

 素人の触診で何が分かるのだ、という尤もな指摘を差し置いても手触りに於いては何の異常も見受けられなかった。第一から第十肋骨、胸骨に至るまで何の異変も確認されなかったのである。

「いや、あの……戌亥沢さん? どうしてわたしの肋骨を触ってるんですか? 普通自分のを確認しますよね?」

「おお、うっかりしてた。俺は大丈夫」

 胸を(正確には肋骨)べたべたと触られるイルロラは不快そうな冷たい目付きで戌亥沢の奇行を堪えていたが、遂に我慢出来なくなったのか声を荒げる。

 声を荒げ、つんとした表情で顔を背ける。

 ついでに少し離れた位置から二人を見守っていた小瀧原は更に戌亥沢から距離を離したが、イルロラも忘れてはいるまい。

 死ぬまでに異能が発動できなければ肋骨を(かじ)るという契約を。

 確かに事実さえ見れば戌亥沢は生存こそ果たしてはいるものの、実際のところ隠兎との戦いで彼は文字通り死ぬほど酷い目に遭っている。ゲームで喩えるならば所謂『瀕死』に近い状態にまでHPを削られたのだ。

 ならば齧り──(なじ)りこそせずとも、撫でることくらいはさせて貰わなければ割に合わないというものだろう。

 言わば八つ当たりの様なものだが。

「次やったら後悔させますからね」

 と女神らしからぬドスの効いた声でイルロラが釘を刺した所で、戌亥沢の負傷問題は一応の解決を見ることとなる。埋めがたい溝が出来てしまった感は否めないが、一応は決着がつく。

「まあ……何だ。有難な、イルロラ」

「小瀧原さん、他に何か質問だとか注文はありますか?」

「…………」

 感謝の言葉さえも無視された。

 どうやら本格的に陳謝すべき行為に手を染めてしまっていたらしい。幾ら女神とはいえ矢張り女性には変わりないだろうし、確かに行き過ぎたスキンシップだったと戌亥沢は今更ながら遅過ぎる反省をする。

 だが今すぐ謝るのは彼女の精神を逆撫でする事に成りかねない。そう考えた戌亥沢が採った行動は緘口する事であった。黙って誠実な態度を取るべきだろう。

 そんな戌亥沢を居ない者として扱う様な素振りを見せるイルロラの問い掛けに、小瀧原は暫し考えた後に二つの注文を行う──。



「スイカが二個で何が買えんのかな」

「Suicaじゃなくて『翠貨』って言うらしいよ、これ」

 結局、小瀧原の注文は至極単純なものであった。イミカ石と翠貨七個との交換。

 そして次に女神像を訪れた『チーム:ドッグ』メンバーに平等に分配する様にお願いする旨の注文を経て、戌亥沢らは五個の翠貨をイルロラへと預けた。

 余った二つは戌亥沢と小瀧原で山分けである。

 路地裏から大通りへと移り、大小様々なショップや巨大なビルを見遣り戌亥沢はこれからどうしたものかと思案する。

 食事も良いだろう。イルロラの言を信じるならば、この国には日本人の口に良く合う和食が食べられる店だってあるはずなのだから。もしくは『ルトリフア食』だとか『ナダイナ食』を(存在すればだが)食べてみるのも悪くはなかろう。

 入国前の戦いで胃の内容物をぶち撒いてしまった戌亥沢としては、既にお腹はぺこぺこである。本来ならば睡眠中の時間ではあるのだが、早くも身体が順応してきているのであろうか。

「とりま店覗いてみよっか。いぬいぬはどこに行きたい?」

「……ウィンドウショッピングしようか。何か面白い物があるかも」

 女子の前で『腹減ったから飯にしようぜ』なんて言えない戌亥沢なのであった。武士は食わねど高楊枝。

 戌亥沢の提案を快諾した小瀧原らは城門を背に目抜き通りを歩き始める。日は既に頭上に差し掛かっており、煉瓦の敷かれた歩道を眩しく照らしていた。

 実際に歩いて、店内を覗き込んでみて戌亥沢は一種の感動に似た感情を覚える。ポーションと思しき小瓶、瀟洒なティーセット、怪しげな植物、天井から釣り下がる藁編みの籠……正しくそれは戌亥沢の思い描くファンタジーそのものであった。

挿絵(By みてみん)

 まるでゲームの世界に迷い込んだ様な情景に、戌亥沢は深い溜息を吐く。異国の地というのも悪くない。

 しかし同時に戌亥沢は違和感を覚える。窓越しに雑貨商と思しき店内を眺めつつ、奇妙な感覚に苛まれる。

「この店、閉店してんのかな?」

「え、どうだろ……? 入ってみる?」

「気になる物もあるし、ちょっと入ってみようぜ」

 と、店の入り口に立ち扉に手を掛けた戌亥沢であったが。

「……やっぱ閉めてんのかな」

 押しても引いても扉が開く気配はなく、カウンター奥から店員が現れる事も無いのであった。良く思い返さずとも大通りに並ぶ店はどこも客はおろか店員の姿さえ見受けられなかった。

 全店が一斉に休業日とは考え辛い。況してやここはメインストリートという一等地に建てられた店である。そんな店舗が軒並み休業とは何か特別な事情でもあるのだろうか。

 おかしなことはそれだけではない、と戌亥沢は視線をショップ内から大通りの遥か奥へと向ける。建ち並ぶ店やビルディング群、遠景に見える王城に似た建物に至るまで()()()()()()()()()()()()()()

 市民はおろか、衛兵さえ見受けられない。昼時にも関わらず。

 今日はナダイナの休日なのかとも考えたが、休日ならば散歩に出かける人だって居ても不思議ではなかろう。否、居なければ不自然でさえある。

「この国は……なんなんだ、どうなってんだ……?」

 生活感はあるはずなのに、まるでゴーストタウン。

「謎いね。一軒一軒覗いていけば開いてるトコもあるかも」

 そうして不気味な静寂に包まれた巨大な公国を奥へと進み始めた戌亥沢と小瀧原であったが、彼らの行く末が危険に満ち溢れたものであると知っていたのは()()だけである。

ラブプラスEVERY、いきなりイベ特攻ガチャ設置しましたね。先行きが心配です。


本文中の挿絵はいつかカラーに挿し代わる予定なので気長に待ってみてください

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