第21話:不信感
特定の期間のみ『最強』のキャラを排出中です。
外国人を受け入れるのはどの世界であれど。無論、戌亥沢らの良く知る地球であれど大変な困難を伴う事である。
そこには文化の違い、言語の違い、思想の違い、酷い話ではあるが肌の違いさえも含まれるのだが。
とかく、移民に限らず外国人を受け入れる──受け容れるというのは大変な譲歩と努力によって成される事なのである。
故に、目の前で不機嫌そうに箒を振るう壮年の男性を詰る権利は、戌亥沢ら外国人には無い。
しかしそんな理由で質問ないし会話すら拒否されるというのは如何せん納得出来ないだろう。だから、戌亥沢は食い下がる。
食い下がり、質問する。
「あの……ちょっとでいいです……僕らは病院の場所が知りたいだけで……」
「病院だと? そんなモノこの国には無い」
箒を握る手を緩めた男性は、皺の寄った険しい顔に無関心さを感じさせる表情を浮かべて、ぶっきらぼうに答えた。
そのつっけんどんな受け答えからは実際に病院が無いのだという真実味を感じる一方で、どことなく嘘を吐いているような不信感さえ浮かぶ。
信じていいのか、信じるべきではないのか。
病院という概念が存在しないとはとても思えない。火災が起きて火傷を負ったら? 作業中に手を滑らせて負傷してしまったら? どんな場所──国であれ医療と治療は必要だろう。
よもや怪我は放置して自然治癒に任せろ、とでもいうのだろうか。
それに。
彼は明らかに病院という概念を理解している。やはり嘘を吐いているのだろうか──敢えて冷たく遇らっているのだろうか。
なんて冷たい人なんだ、と戌亥沢は落胆する。落胆し、胸に込み上げる疼痛と悲しみを表情に出す。
やがて、気分を害してしまったのだろうか。男性は箒と手桶を両手に踵を返した。戌亥沢らに背を向けた。
そして、彼は振り向く事なく独り言の様な言葉を戌亥沢らに掛けるのであった。
「この国では誰も信用できん。お前たちも信じるべきものは自分で決めろ」
その物言いは、やはりぶっきらぼうな声音だった。が、何処と無く慈悲を感じさせるトーンで。
結局戌亥沢らに一瞥もくれないまま、壮年の男性は奥まった路地へと姿を消してしまったのであった。
「……あんまり外向きじゃないのかもな……」
性格的にも、社交的にも。
「あんまり悪く言っちゃ駄目だよ、いぬいぬ。どんな人だって心を許せる人はいるはずなんだから」
あたし達、初対面じゃん? と男性を擁護する小瀧原。見ていないところで友人を良く言う人は信頼できる、というが……小瀧原はやはり信頼できるチームメイトらしい。
人間として良く出来ている。
「だな。……それじゃあ、代わりに神様に聞こうぜ……」
イルロラがこの街に詳しいかは分からないけれど、神様というのであればオススメのスポットだとか病院の場所くらいなら知っているだろう。多分。
既に去ってしまった男性はどうやら女神像の付近を重点的に清掃していたらしく、街路樹から抜け落ちた枯葉は女神像を避ける様にして円形に散在していた。
抜け落ちている黒っぽい枯葉を見るに(恐らく朴の木だろうか)、どうやら自然の法則に沿って枯れたのではなく手入れ不足による枯死らしい。
公共事業が行き届いていないのだろうか? それともこの世界では、こういった色合いで枯れるものなのだろうか。
「イルロラちゃーん、まだー?」
イルロラの呼び出しを行なっている小瀧原を横目に、戌亥沢は辺りを見渡す。時間にしてルトリフア時刻はお昼ご飯辺りの時刻であろうか。
手持ち無沙汰な戌亥沢は一度、時間潰しを兼ねて時系列を見直す事にした。現実との時間差は凡そ8時間あるが、それを勘定に入れるといまいち理解が難しくなる為、刃連町の体内時計を準拠にしたシフトを作成する事とする。
ただし、時分秒単位での詳細な時間は分からないため、あくまでも時のみで。
6:00 起床→8:00 キャンプ跡地を去る→10:00 隠兎との死闘→11:00 入国……という形だろうか。こう考えると朝からかなりハードなスケジュールをこなしてきたのだと自分を──仲間を誇らしく思える。
すると日本時間は今現在、午前3時辺り。……やはり失踪届や捜索願が出されたりしているのだろうか……。
なんせ1クラスの生徒が丸ごと消える、集団失踪事件である。きっとマスメディアは大いに盛り上がっていることだろう。
静寂と、路地を吹き抜ける冷たい風に曝されること2分弱。女神像を撫でたり眺めたりしていた小瀧原が不意打ち気味に叫んだ。
「あっ、光ったよ! そろそろ来ると思う!」
視線を向けた戌亥沢の視界に、青白く柔らかな光が映った。その光は光度を増す事は無く、だんだんと輪郭がぼやける様に拡がっていき。
遂に水色の光の粒子が弾け飛んだ。そしてそこに顕現したのは幼い少女の姿をした神様。
「はいはーい。女神イルロラが降臨──あれ……2人なんですね……? もしかして他の方々は……」
女神イルロラが光の中から飛び出してきた。
相変わらずのテンション差ではあるが、彼女は笑顔を絶やさず軽口を叩くのであった。しかし発言こそ軽はずみとはいえ、そんな彼女の和やかな雰囲気は今の戌亥沢にとって救いとなりえる。
「しっ、死んでないよ! 今はバラけてるだけ!!」
小瀧原が慌てた様子でフォローを入れる。その言葉を聞いたイルロラは安堵したように胸を撫で下ろし、それから不遜ににやりと笑んだ。
「なぁんだ、心配させないでくださいよ。という事は2人でデート中ですね? いい場所教えましょうか?」
「イルロラ……デートスポットより病院の場所、教えてくんね……?」
無事にイルロラとも再会でき安心したと同時に疼き始めた胸を押さえつつ、戌亥沢は青い顔で彼女に病院の所在地を尋ねる。デートスポットを知っていて病院を知らないはずがないだろう。
と、決めつけていたのだが。
「病院? この国にはありませんよ」
「…………えっ」
なんだって。病院がない?
それではあの男性が言っていた事は本当だったのか。彼を信じもせずに頭から疑ってかかった事を、戌亥沢は恥じる。そして反省する。
なんということだろう。小瀧原の言った事は──見解は間違いではなかったのだ。
「ただし、この国には治療型の異能を持った異能者が幾らかいるはずです。個人診療所っていうんですかね? そういうのなら何軒か知ってます」
「あ……なんだ、そういう事だったのか……。病院が無いってのは半分事実だったんだな……」
とんだ引っ掛け問題というか、意地悪クイズというか……。とにかく、治療を行うことができる施設があるという事実を確認できただけでも充分な成果といえよう。
やはり個人診療所を名乗るからには代価──スイカ、だったか。通貨が必要になるのだろうか?
「でも大丈夫。運が良かったですね、戌亥沢さん」
不意にイルロラが怪しげな笑みを見せる。いや、怪しいというかただのドヤ顔なのだが。
ドヤ顔というのは極めればここまで胡散臭い表情に成り得るものなのか。
「私は女神ですよ? 治療くらいお手の物です。死んでなければどんな傷でも治してあげましょう、無料でね」
言いつつ、服を捲って患部を見せる様に要求するイルロラ。確かに考えてみれば──思い返してみれば、イルロラの異能は『元通りにする』といった感じの異能であった。
破壊された平原を。机や椅子を。教材を、全て元通りに復元させていた。
ならばその恩恵を利用させてもらわないという選択肢はなかろう。無料ならば尚更である。
「あらら、肋骨が折れてますね。フェチが昂じて自給自足でも始めたんですか?」
黙って大人しく胸部を──患部を露出した戌亥沢を、イルロラは揶揄う様な声音で詰る。神は祟るが仏は救う、というが……イルロラは根に持つタイプらしい。
折れた肋骨を撫でるイルロラの掌が青白く発光し、そして瞬く間に戌亥沢は気分が楽になっていくのを感じた。
これだけでも力をかなり失った女神の恩寵だというのだから、失われた力を取り戻した彼女は文字通り『女神』に相応しい神様なのであろう。
そんな戌亥沢の神性な──神聖な治療を見守る小瀧原が、ふと思いついた様にイルロラへと声を掛けた。
「そういえばイルロラちゃん、質問なんだけどさ。この国の看板、漢字とカタカナが使われてたんだけど……あと、おじさんも日本語使ってたんだけどどうしてなの?」
「ああ、大した事じゃ無いでしょう。ここナダイナ公国は移民の国ですからね」
「それは……なんか答えになってないんじゃないかな〜……?」
見た目には分からないが、すっかりと快復したであろう戌亥沢の肋骨をぺたぺたと触りながらイルロラは顔を小瀧原へと向ける。
そして、答えた。
「簡単なことですよ。この国に住む移民の方々は私がルトリフアに召喚した方々ですから。あなた達と同じく日本からこの世界に呼び出されたものの、使命の遂行を諦めたゲームオーバー組です」
「えっ、ゲームオーバー組……? それってつまり……」
衝撃の事実に言葉を失ったのは戌亥沢だけではなかった。小瀧原は驚愕した相好で言葉を詰まらせながらも、言葉を何とか絞り出す。
「あたし達の前任者……ってこと? その、神殺し、の……」
「いかにも。あなた方が初めてじゃないんです。最早彼らには見込みがないですからね。それであなた方をルトリフアに召喚させていただいたんです。彼らの子孫は異能は使えないのですが、まだ生きている前任者らは異能を使えるはずですよ」
治療型の異能とか、とイルロラは締める。
このナダイナ公国で日本語が通じた理由が判明した。ここは神に見切られた者──見限られた者が集う、移民の国だったのだ。
次話は恐らく挿絵をブチ込めるはずです。
小瀧原のキービジュアルに乞う御期待。