第18話:見えざる狩人 後編
「えっ……倒しかた──攻略法が分かったのか?」
「十中八九な……。多分、勝てる……!」
そう気息奄々に言ってのけた戌亥沢には一つの確信があった。というよりも、この仮説が間違っていれば自分も刃連町も先が無い。
何の抵抗も出来ない戌亥沢から殺され、聖騎士風の西洋鎧に身を包んだ刃連町もジリ貧で潰されてしまうのは最早必然。
だからこそ戌亥沢は自分の仮説が正しいものでありますように、と願いを込めて攻略法を見つけたと大言したのだ。
「あいつは──あいつらはバフの使い手だ……!」
「バフ?」
防御力を上昇させる魔法、攻撃をがくっと上げる技、素早さを増やすアイテム──RPGに限らず、ゲームにおいてそんな機能に触れた事はないだろうか?
これらは自分よりも強い敵を。或いは弱い相手を更に倒しやすくするための手段であり、今日のゲームにおいては何ら珍しいものではない。
「っていうか……え? 何? あいつらって言ったか?」
戌亥沢の回答に、刃連町が困惑気味な表情を見せつつ尋ねる。バフが何なのか分からないらしく、質問を前項に絞った形ではあるが、それこそがこの場面──盤面において最も重要な質問である。
「バフっていうのは……スクルトとかバイキルトみたいなやつ……。で……俺の予想では……敵は二匹いる……」
段々と腹部の痛みが強くなりつつある中で、それでも荒い呼吸ながらに予想を発表する戌亥沢。その発言に、当然ながら刃連町は質問を重ねた。
「どうしてそう思ったんだ?」
「最初は俺もあの兎が『自分自身』に──」
言い差したところで異能兎が走り出す。異能兎のターン。
まあ、順当といえよう。戦闘中にお喋りに勤しむ様な相手に時間を与えてくれるのはアニメだけだ。解説終了とともに襲いかかって来てくれるほどのご都合主義は許されまい。
そして再度射出された異能兎の突進はというと、戌亥沢の予想通り凄まじい速さなのであった。
やはりこれがバフの類であることは間違いない。
先程戌亥沢に繰り出されたか弱い一撃はバフが切れた証左。
この『速度アップ』と『(恐らくは)防御力アップ』に関するバフの管理者──使用者が戌亥沢に二度の頭突きを喰らわせた異能兎である場合、一つの疑問点が浮かび上がるであろう。
何故、効果の有効期間を把握していないのか、という点である。バフの有効期間を知っていたのであれば──自身がバフの使用者であるならば獲物に攻撃を行う寸前でステータスが元に戻るなんて失態は犯すまい。
故にどこかに異能兎にバフを与える使用者が存在するはずなのである。
それも至近距離に。
バフの発動には規則性があった。それはいずれも異能兎の地団駄(と表現して良いのだろうか?)の直後である。
最初、戌亥沢はそれを『きあいため』的なものだろうと推測していたのだが、敵が二体いるのであればその意味合いは変わってくる。地団駄はバフの指示だったのだ。
しかしそれが分かったとて──対策と攻略の解を得たとて、異能兎の攻撃を無力化出来るかといえばそうではなく。
「こっちも見ろ! バカうさぎっ!!」
相変わらず異能兎は戌亥沢へのピンポイントアタックを仕掛けてくるのであった。が、その突進は刃連町の挺身──鎧によって防がれる。
がぎんっ、と聞く側も痛みを感じてしまう程に鈍く重たい金属音が鳴り響き、刃連町は苦痛の声を漏らす。
「う……ぐっ! いっ……てぇなぁ……っ」
「ゆ、ゆっきー……! お前──」
心配げに刃連町の身を案じる戌亥沢の言葉をハンドジェスチャーで遮り、刃連町は不敵な笑みを見せる。
そして、痛みなんてまるで感じていないような、頼り甲斐のある笑顔で刃連町は言うのであった。
「大丈夫だって。……死んだらゲームオーバーだろ? へへ、全員で生き延びようぜ」
そうして、ルーティンの様に突進直前の位置まで一目散に逃走した異能兎を見送った二人は──刃連町は戌亥沢に尋ねる。
「いてて……んで? その……なんだっけ、バフ使いってのはどこにいるんだ?」
「多分……この円の中にいる」
「近っ」
驚くのも無理は無かろう。しかし、最早そうとしか考えられない。
兎は聴力こそは良けれど、実は近眼なのである。ルトリフアの兎も近眼かどうかは分からないが、戦況に合わせたバフを使い分けている辺り、地団駄の音が聴こえる範囲内──つまりは円の中にいる可能性が高いのだ。
では、バッファーはどこに?
それは──
「お、おい、ゆっきー? 先に謝らなきゃいけないかも……」
ふと思い付いた様に背後へと振り返った戌亥沢は、一瞬だけ瞠目して。次いで如何にも愛想笑いっぽい媚びた笑みを浮かべた。
「え? ……なんだよ?」
「えっと……うん、俺のゲロ踏んでない……??」
「はぁぁあ!? きったねぇぇ!!」
異能兎から目を逸らす様に、何となく振り返った戌亥沢の目に映ったものはというと、戦闘開幕直後に草原へと撒き散らした自身の嘔吐物が何かに引き摺られた跡だったのである。
今の今まで目を離す事がなかった異能兎が嘔吐物を踏んだところを二人は目撃していない。しかし、自分が踏んだ覚えも(朦朧としていたが)無い。
故に、消去法からいって刃連町が踏んだ公算が高いのである。
大急ぎで──大慌てで片脚立ちになった刃連町は、左足のブーツを。そして右足の靴底を確認する。
いくら友達とはいえ、やはり許されざることであろう。だからこそ、誠心誠意の謝罪を見せるつもりであったのだが豈図らんや、刃連町は怪訝そうに──安心した風に溜息を零した。
「……いや、踏んでなかった……良かった良かった……」
「踏んでない?」
そうか。
遂に理解した。
「ゆっきー!! 後ろ! 後ろの草むら一面に異能を使えっ!!!」
「??? えっと、了解!」
そうして促されるままに背後の草叢一面へと掌を向けた刃連町は、腕を凪ぐようにして異能を行使する。
戌亥沢には分からないが、全ての草叢が余す事なく鋭利な刃へと変化しているのだろう。やがて、角度的には0度から110度程度の草叢が刃の草原へと変化した時であった。
「ぢっっ!!!」
と、齧歯類特有の悲鳴が上がった──と思った瞬間。
「あいつが……バッファーだな……!」
何も無かった筈の空間に白い兎が現れたのである。
どうやら戌亥沢は蟷螂らとの戦闘において経験値を獲得していたらしい。あの戦いにおいて、初めに姿を現したのはど派手なカラーリングの蟷螂であった。
結局その目論見はデコイ役の蟷螂を嗾けて、その間に主力部隊で包囲するというものであったのだが──答えが分かってしまえば本戦も作戦自体は同じ様なものであった。
黒い異能兎が注意を惹き、様々なバフを扱う白い異能兎は透明化して黒い異能兎をサポート。
しかし、透明になれる兎とは……戌亥沢の嘔吐物無しには正体を掴めなかったであろう事を考えるとやや複雑な心境である。
突然の攻撃に──唐突な異能に負傷した白兎は、慌てふためきその場を離れようとするが、最早刃連町の包囲は完了済みであった。
右往左往し、絶叫する度にその身体は深い裂傷に苛まれてゆき、いくら敵とはいえ心が傷む程にズタボロとなったところで遂に。
白い異能兎は倒れ込んだ。
がくりと力尽き絶命した瞬間、戌亥沢らを取り囲んでいた水色の障壁は解除されたのであった。
それを待っていたかのように文字通り蚊帳の外であった投刀塚ら五名が突入する。そこからの展開は語る事も少ないだろう。
バフを得られなくなった黒い異能兎は外内によって簡単に仕留められ、無事戌亥沢らは生還を果たしたのである。
「勝った後に言うのもなんだけど……あの兎たちは『隠兎』って名付けるよ」
こうして隠兎との対決は勝利という形で終了したのであった。
最近dead by daylightが再燃してきていてとても困っています。キラーばっかのプレイヤーだけに、今回のリージョン弱体化は致命的にやる気を削ぎ落とされてしまいましたが、これを機にレイスたんやらフレディやらも使い始めたので結果オーライです
ちなみに、兎の地団駄は正確にはスタンピングといいます。