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第2話:異能と怪竜と

 競争を求められる社会だからこそ、課金は最速最短の勝利を約束してくれる。

 美しい大自然の光景というものは古来より、見る者に様々な感慨や感動を与えてきたものである。時には観光資源として旅行者の目を楽しませ、時には地球という惑星の偉大さ──奇怪さを人々に知らしめてきた。

 故に、戌亥沢 乾もまた目前に広がる大自然を唖然として──口をあんぐりと開いて眺めるのであった。いいや、単純に景色が美しいからという理由で呆けているわけではない。

 たとえ今見ているものが世界遺産に登録されている雄大な大自然のそれであったとしても、ここまでに放心するのは(いささ)かオーバーリアクションというものだろう。

 しかし、どんなに美しい景観であれどそれが『急に現れた』ものだとすればどうだろうか。気分的には砂漠を漫然と歩いていたら、いつの間にか目の前にオアシスが広がっていた──そんな心境である。

 喉がからからに乾いていたなら手放しで喜んでオアシスに駆け寄るかもしれないけれど、内心ではこう訝しむことだろう。

「もしかして、幻でも見ているんじゃないのか」

 と。

 それはそうだ。さっきまで無かったはずのものが──景色が唐突に現れたなら、誰だって疑問に思うだろう。

 ましてや砂漠にオアシスならば確率的にはありえなくもないものだとしても、なんの変哲も無い学校の教室が森林と平原から構成された大自然へと前触れなく変化したという現象は、疑惑を通り越して自身の正気を疑いかねない。

 身近なもので景色の変わり様を説明するならば、ゲームセンターなんかに設置してあるプリクラ機が最も正鵠を射ているように感じられた。男子生徒であり、ゲームセンターに入り浸るには微妙な年頃の戌亥沢にとっての感想なので、若干の独断と偏見が入り混じるけれど。

 撮影の準備期間中に背後に垂れてくる緑色の幕が、様々な背景を反映するように。教室の背景が──風景が一瞬で大自然のそれと化したのである。

 だからこそ、戌亥沢は己の目を疑った。

 椅子と机と三十五人の生徒が、見渡す限り広がった草原にぽつんと整列している、ややすればシュールな景色を客観的に眺めて思考を整理しようとする。

 整合性を求める。

 何が起こった?

「……え? これ、夢だよな?」

 と、永遠に続くものかと思われた沈黙を初めに破ったのは出席番号7番、条前である。頭の回転が早い条前ならば案外、この摩訶不思議な現象の正体を看破してくれるものだと勝手に期待していたけれど。

 豈図(あにはか)らんや、彼の口をついて出たのは人並みな疑問符であった。

 当然といえば至極当然な疑問符ではあったが、この場に居合わせる生徒全員がきっと同じ疑問を抱いているだろうから、全員の意見を代表したという意味でも彼の独り言には価値がある。

 十二分な値打ちがある。

「夢、っていうか……これ、夢なの?」

 と、続いて出席番号19番、水廉洞。辺りに視線を配りつつ、なんなら椅子の上に立って周囲を望遠しようかとせんばかりの落ち着きのなさに発破をかけられたクラスメイト達は起立する。

 かくいう戌亥沢も立ち上がってみて──地に足を着けてみて、驚いた。

 土と草の踏み心地だった。上靴の下敷きになった柔らかな草が、心地よい音を立ててぐしゃりと踏み潰される。それは学校の野球グラウンドに敷かれている人工芝生のような違和感のある感触ではなく──掛け値なく、生きた野草であった。

 つまりそれは。この風景が幻覚などではなく、実際に見て触ることのできる『野外』であることの証左。

「い、戌亥沢……俺、ゲームのし過ぎで頭がおかしくなったのか……?!」

 左隣で呆然と立ち尽くす刃連町が力無く尋ねる。ゲームを長時間ないし長期プレイしていると、時折現実世界と仮想世界の境界が曖昧になる症例もあるらしいけれど、それならば正面の少女──投刀塚が混乱した風な様子を見せることの反証にはなるまい。

 投刀塚はゲーム類を所持していなかったはずだ。

 それに、ゲームを長時間プレイした上でこんなに長閑な大自然が満喫できるのならば観光名所に対して立つ瀬が無いというものだろう──そもそもこれは夢ではなく(うつつ)

 理由はどうあれ。

 事由はともあれ。

 戌亥沢 乾を含む県立七瀬川高等学校三年四組の生徒全員、見知らぬ地に立たされていた。いや、立たされていたなんて受動態を使って良いものだろうか。

 少なくとも能動的にこの地に足を運んだわけではないのだから。気が付いたらここにいた──そんな表現しか出来ないことがより一層思考を複雑化させる。

 思考がまとまらず、奇妙な仮説が浮かび上がっては消えていく。

「……いや、ゲームのし過ぎが原因じゃないことは確かだろ。多分、頭もマトモだと思う」

 ひょっとしたらもう狂っているのかもしれないが。

「み、みんな。落ち着いて。まずは……着席しよ? な?」

 と、混乱に惑う生徒全員を手振り身振りで諫めるように──落ち着くようにボディーランゲージを絡めて声を張り上げたのは、クラスの美少年ポジション(こんな紹介をしてしまっては申し訳なくもあるが、そうとしか形容できないほどの美丈夫なのである)出雲 真鶴である。

 出雲もまた、混乱した風な表情を浮かべていたけれど、一先ずはそんな鶴の一声──真鶴の一声に全員が頷く。待てど暮らせど何も変化がないのだから、確かに立つだけ気苦労というものだろう。

 だが、この時の戌亥沢はあまりにも迂闊だった。それこそ、自身を破滅させかねないほどに。

 席に座る前に──地面を踏んで感想を漏らすよりも先に、彼は。彼らは『空を見上げる』べきだったのである。

 仮に誰かが天を仰いでいたのならば、仰天していた事は請け負いだろう。

 またしても三十五人の生徒全員が着席を果たしたタイミングで、それは起こった。

「?!?」

 爆音。

 突発的に鳴り響いた凄まじい轟音は、地面を大きく揺らして少年少女らの鼓膜を打ち震わせる。前後左右に揺られた戌亥沢は格好悪く椅子から転落したけれど、それに気を取られる生徒はいない。

 感知する暇すらない程の大地震。初期微動なんて露ほどもなかった。

 そして、転んだついでに机の下に避難した戌亥沢はある事に気付く。転んでもただでは起きない彼は、ふと考える。

 天災による落下物からの頭部保護を目的とした『机の下への避難』を屋外──それも見渡す限りの平原で行うという事は、ともすれば無駄に感じられたけれど。しかし意味のある行為ではあった。

 戌亥沢が気付き、思考を巡らせたこととは。

「……土煙?」

 誰に対してでもなく、自分に尋ねる。

 どこからか運ばれてきた土煙が、風に乗って戌亥沢の視界を少しだけ曇らせる。

 何故、地震で土煙が捲き上るのだろうか。ただ地面が──大陸プレートが摩擦しただけで、表面のものが巻き上げられるのだろうか。

 分からない──が、先ずは全員の無事を確かめた方が良いだろう、と判断した戌亥沢は恐る恐る顔を上げる。そして、前列に視線を遣る。

 大丈夫。投刀塚含む十人程度の生徒は無事な様子である。次は後列。

 と、肩越しに背後へと視線を送った戌亥沢は絶句する。まるで言葉を失ったように、唇を戦慄(わなな)かせて再び机の下へと避難する。

 地震の正体が判明した。質量の大きなものが──それこそ隕石が落下すれば丁度さっきのような地震が起こることだろう。上空にあんなものがいたのか、と戌亥沢は震え(おのの)く。

 まだ悲鳴も絶叫も聞こえない辺り、他の生徒は気づいていないらしかった。


 背後にドラゴンがいるという事実に。



 

二話はまだ続きます。

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