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第15話:夜

『あなた方のご武運を陰ながら祈らせていただきます。

 ──支援者 I より』

 戊亥沢の開いた手紙の中には、そんな言葉がたったの二行で簡潔に書かれていた。

 まず。なによりも驚くべきことは二つだろうか。

 一つは我々『チーム:ドッグ』──七瀬川高等学校の生徒に『支援者I』というバックアップが存在するという事実。ルトリフア時刻でおよそ昼過ぎに召喚されたばかりの彼らは国はおろか、町や村にすら未だ到着していないのである。

 それなのにも関わらず、我々の戦いを知る者が存在する……?

 それは一見すれば露骨な罠にも見えなくはない。しかし、宝箱の内容をざっと眺めた限りではどうもその文言に嘘偽りはないようにも思えるのだ。

 ダガー二本、干し肉数十枚、パン十数個、マッチ二箱、アルミ製(だよな?)の鍋一つ、塩一瓶、十メートル程のロープ、防災袋の様な肩掛けバッグ、プラスチック製のコップが十数個、手帳が二冊、ボールペン二本。

 いずれも我々が必要になりそうなものしか入っておらず、そしてどういうわけだか()()()()()()()ばかりがチョイスされ納められていた。

「こっちの動向を知ってる……?」

 戊亥沢は呟く。誰に対して、というわけではなかったけれども強いていうならばその呟きは『支援者I』に向けての発言だったのかもしれない。

 不気味さを感じずにはいられない品揃えの豊富さ──適切さが戊亥沢を手放しで喜ばせるに至らせなかったのだけれども。しかし、気になる点はレパートリーの多さだけではなかった。

 ()()()()(したた)められた手紙だという点がどうも腑に落ちないのだ。

 流石にこればかりは大いなる謎だ。戊亥沢的に、地球と異なる惑星は『その惑星特有の言語』が存在して然りだという自論がある。

 エイリアンやプレデターは英語は無論のこと、人語を理解できず独自に編み出したコミニュケーションツールや言語、ボディーランゲージを使用すべきだという偏見じみた押し付けすらある程だ。

 言語とは決まった法則と定まった文法を繋ぎ合わせて作られた、高度なコミニュケーション能力であるからにして一朝一夕に習得できるものではない。

 ちなみに完全な余談ではあるが、とある日本の家庭に産まれた出生届の提出されなかった男児がその後()()()に及ぶテレビゲームのプレイで日本語を覚えたというケースが実際に存在するそうだ。しかし、彼は日本語は習得したものの他人と会話を交わすことがとても苦手だったらしい。

 何十年ゲームをプレイしようとも。

 言語の経験値をいくら得ようとも他人と会話を重ねてこそのコミニュケーション能力なのだ。紙上で──画面上だけで覚えた言葉など付け焼き刃でしかないのかもしれない。

 しかも日本語はひらがな・カタカナ・漢字の三種類が採用されているのだから。煩雑さだけを取り上げるならば他国にはない習得の難しさも兼ね揃えているはず。

 だから、こんな風に日本語で書かれた手紙の存在に戊亥沢は狼狽したのである。

「いや……多分、差出人はイルロラちゃんだろう?」

「あっ、そっか……」

 手紙と箱の中身をスマホのライト機能で照らす犬鳴の言葉に戊亥沢は納得する。納得した上で、自身の深い考察になんとも言えない気分になる。

『支援者I』──イルロラの頭文字だったのね……。

 確かにイルロラの認めた文書ならば日本語でも違和感はあるまい。

「ほら。現に箱の中身は私達に必要なものばかりだ。どれもこれも凄く有難い」

 と。犬鳴はそこまで言って言葉を区切る。

 区切り、やや悔しげな複雑な表情を浮かべた。

 その意図を拾う事は戊亥沢には出来なかったけれど、しかし降って湧いた幸福──天佑神助とはよくいったものだ。

 イルロラの施しがまさかここまでとは。

「んじゃ、有難くもらっていこうぜ。イルロラの老婆心っていうなら無碍には出来ないしな」

「幼女の老婆心とは如何なものか……。しかし何だか引っかかるな……」

「……? 幼女は基本的に心優しくて素直で可愛いもんだろ?」

「違う。可愛いかどうかではなく、手紙が──この筆跡が引っかかるんだ」

「…………」

 思わぬところで失言した体の戊亥沢。純粋に子供好きの発言として受け取られたか、不純な子供好きとしての発言と受け取られたか。

 場合によっては戊亥沢の評価が更に下がることとなる。

「え、えっと……あの。うん。筆跡、気になるよな」

 筆跡などまるで気にかけてはいなかったし、毛ほども気にしていなかった戊亥沢は思い切り迎合する様な調子のいい事を宣って改めて手紙へと視線を送る。

 走り書きでもなく、かといって丁寧過ぎるということもない、何の不自然さも感じられない文字である。ただし、如何に頭の冴えない戊亥沢であれど一つだけ違和感を見抜く事は出来た。

「……なんか、わざと特徴を消したみたいな書き方っぽくないか……?」

「まずは、そうだな。とめ・はね・はらいの終筆がかなり曖昧になっている。……私はこういう気持ちの悪い文字が大嫌いだ」

 まずは、と戊亥沢を牽制した犬鳴が自身の感想を織り交ぜつつ頷く。どうやら彼女は他にも何か違和感を見抜いたらしい、相変わらずの観察眼だ。

 とめ・はね・はらいといえば、中学生の頃に嫌々ながらやらされた習字の授業を思い出すが……どうやらそれは犬鳴の前では言わない方がいいらしかった。

 藪をつついて蛇を出したくはない。

「次に、『支援者 I』という文字に注目してもらいたい。筆記体ならば大文字『I』は『(変換不可能につき半角カタカナ「エ」で代用)エ』であるはずだろう? こう書くのは英語に馴染みのない者しかいない」

 犬鳴は手頃な小石を摘み上げて、柔らかな土の上に『エ』を描く。確かに見比べてみても、英語の教科書に載っている文字も犬鳴の書いた『エ』でなくては何となく違和感を感じる。

「まさか日本語を解する神が共通言語である英語を知らないはずがないだろう?」

「……そんなに責めるなよ。確かにヘンテコな書き方だけど、そんなの許容範囲だろ?」

「好き嫌いではなく……なんというか……そう。この手紙を書いた者が()()()()()()()()()()()のが気に食わないんだよ」

()()()()()()()?」

 頷く。首肯く。

「ああ。それが何故かは分からないが……なんとなく『匿名性を高めたい』という意思を感じるんだ」

「……お前探偵みたいだな」

「刑事と呼んでほしいな。昔はワンワン刑事(デカ)とよく呼ばれたものだよ」

 さりげなく学園キノのネタを挟み(どうやら本当に彼女は濫読派らしい)、誇らしげな風でもなく彼女は紙片一枚から得られる情報を次々と開示しては、淡々と述べて行く。

 洞察力以前に、彼女の場合は少し物事を穿ち過ぎな感はある。イルロラに尋ねれば全て得られるであろう解をあれこれ論じても仕方ないと思うのだが……。

「まあ……ひとまず寝床探さなくちゃな。行こうぜ、ワンワン刑事(デカ)

 歩くのを拒否する犬を引っ張る飼い主が如くに、戊亥沢はショルダーバッグの中へと品物を片っ端から詰め込みながら前進を促す。

 足を止めたのは戊亥沢なので、あまり適切な言葉選びではなかったかもしれないけれど。ひとまずはそんな彼の言葉に付き合ってくれる犬鳴なのであった。

 ただし、戊亥沢らは少々のんびりしすぎてしまったらしい。制限時間を忘れた訳ではあるまいが、外内が設けたタイムリミット──1時間以内に探索を終えるという任務を果たせなかった。

「と思ったが、14:03か……仕方ない。今夜はここまでだ」

「あ……14:30までに戻らなくちゃいけないんだったよな……はぁ……男はともかく、女子が地べたで寝るってのはあんまりだよなぁ……」

 どんなに嘆こうとも寝床を見つけられなかったのは彼が足を止めたせいである。女子が身体を冷やすのを快く思わない戊亥沢にとって、全員が一列になり(或いは円を作り)眠る姿というのは想像するだけで心が痛くなるばかりであった。

「ふふ、戊亥沢くんは紳士なんだな。それじゃあ、今夜は戊亥沢くんの体をベッドにさせてもらおう」

「硬くもないし柔らかくもないけど、それでいいならベッドにしてくれよ」

「……寝心地で言ったら投刀塚さんだろうな。サイズは足りないが凄く柔らかいし──だが今夜はお言葉に甘えて、戊亥沢くんの上で寝ることにするよ」

「……えっ、本気なの?」

 前進ならぬ撤退を始めるために踵を返した犬鳴の後ろ姿へと、やや慌てた風な戊亥沢が声をかける。戊亥沢の小粋なジョークが通じないほどに犬鳴の頭が硬いとは到底思えないのだが……。

 対して、肩越しに視線を返した犬鳴は柔らかな微笑みを浮かべてこう言った。

「ああ、君だから良いんだ」

「!!」

 思うところの──含むところのある、意味ありげな物言いに戊亥沢 乾の心臓は高まる。高まって、昂ぶる。

「外内くんでも、刃連町でも、一番合戦くんでも駄目だ。君じゃなきゃ──駄目なんだ」

「ど、どうして俺じゃないと駄目なんだ???」

 少女は。少女らしく笑った。

「だって君はロリコンだからな。安心して眠れる」

 あらぬ誤解を受けていた。

実は前書きを考えるのに多大な時間を消費しています。

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