第14話:暗中模索
リセマラ不要! スタートラインは皆同じです。
35人の生徒らは5組に別れた。1組7人のセブンマンセルである。
1組7人というパーティーが多いか少ないかは人によって異なる答えが出そうな構成ではあるけれども、しかし過不足もなく過剰でもないベストな人数であったと願いたい。
しかし戊亥沢ら『チーム:ドッグ』は必要に追われ決して多いとは言えないその7人を計3組の別パーティーへと新たに編成し直したのである。
一時的な別行動とはいえ明らかに危険な賭けと言わざるを得ない背水の陣ではあるが、これから行おうとせんことが如何に大事なことであるかは自明の理であろう。
『寝床の確保』──それが戊亥沢と犬鳴ペアに割り振られた任務である。
寝床。つまり、寝ている間の無防備な姿をカバーするに相応しい要衝の発見が必要なのである。ぐっすりと休んでいる内に敵の侵入を許してしまうだなんて、そんな失態は許されない。
だから、こうして犬鳴所有のスマートフォンのライト機能を活用しつつ夕暮れに差し掛かった森の中を散歩しているのだが……。結果は思うほどに芳しくはない。
戊亥沢は手頃な木の枝を見つけてはぱきっ、と小気味の良い音を立ててそれをへし折る。そしてもぎ取った枝を地面の開けた場所に突き立てる。
それを幾度となく繰り返す。
「ミノタウルスの迷宮では糸玉を用いて脱出したそうだが……どうだ、私のカーディガンなら好きに解いてもらっても構わない」
「枝で充分だって。……野生動物に食べられなかったらな」
「……お菓子の家の魔女、か。この世界には魔女もいたりするのだろうか」
戊亥沢手製の即席の楔を眺める犬鳴が、そんな独り言を漏らす。やはり読書愛好家の彼女はグリム童話なんかの絵本もきっちりと押さえて──修めているようで、その返答は中々に迅速なものであった。
帰途に際しての楔はこれで24本目──目測で50メートル毎に二本を刺し続けているので、およそ合流地点から約600メートルは離れた塩梅となるが……。
その長すぎず短すぎない距離が吉と出るかどうかは探索を──任務を終えるまでは分からない。
「意地悪な魔女じゃなかったら是非会ってみたいよ。……お菓子の家の魔女にさ」
戊亥沢がゆっくりと立ち上がる。それを認めた犬鳴もゆっくりと踵を返し、再び前進を始めた。
どこにあるかも分からない目的に向かって邁進し始めた。
「意地悪ではなくともお菓子の家の魔女は怖い魔女かもしれんぞ」
「意地悪じゃないけど怖い魔女? ……例えばどんな?」
「たらふく食べた後に請求書を渡してくるのさ」
「こわっ!」
なんて。いかにも高校生らしい非生産的な四方山話に花を咲かせる二人ではあったが、きちんと周囲を隈なく。
ライトで照らせる範囲はしっかりと確認を怠らない。
戊亥沢と犬鳴の相談の末に決定した『理想の寝床』の条件は逃走が容易、または攻められ辛い場所である。そしてその条件に最も合致した寝床は、洞窟か岩場の陰であった。
そうした場所を探すならば漠然と洞窟や岩場を探すのではなく、まずは岩肌や斜面を探すべきだろう。木を隠すならば森の中だ。
いや。なんなら探すのはお菓子の家でもいい。
普段ならとっくに食事を終えているはずの時間帯に何も食べていないというのは、かなり辛いことなのだ。お菓子で空腹を満たすのは少しだけ抵抗があるけれども、それでも『なんでもいいから食べたい』というのが正直な感想である。
「……ん? ……んん?」
と。
不意に目の前を先導して歩いていた犬鳴の足取りが止まり、戊亥沢は彼女に軽く衝突した上で停止する。
「いてっ──ごめん……なんか見つかった?」
「ん? ああ……いや、これは……どうしたものか……」
歯切れ悪く言葉を返す犬鳴。どうやら目前に何かを見つけた様子だが……早くも要衝の発見に至ったのだろうか。
或いは何らかの問題に遭遇してしまったのだろうか。
犬鳴の肩越しに前方を──スマホのライトでライトアップされている空間を見てみて、戊亥沢は驚く。
流石は異世界と言ったところだろう──いやはや、戊亥沢青年にとっては俄然やる気が湧いてくる。
「開けるべきか開けないべきか……あれは宝箱なのだろうか?」
そう。宝箱である。
映画なんかで登場する、金銀財宝が詰まった木製の大きな箱が無造作に地面に置かれているではないか。
パイレーツオブカリビアンやらグーニーズやら、海賊のお宝といえばこれだろうし、単純にゲームなんかでもお馴染みの宝箱ではあるけれども。
しかし実際にその目で『宝箱』だと認識できるものを見たのは初めてで。どちらかといえば戊亥沢ら日本人にとっての宝箱とは『開かずの金庫』みたいな無骨なものであり、ここまで字に書いての如しの『宝箱』を地で行く宝箱は見たことがない。
つまり。
「宝箱だ! すげえ、開けようぜ!!」
開けざるを得ない。
ゲーム脳な戊亥沢にとって宝箱とは開けるものであって、決して物を──貴重品を仕舞い込むものではない。勿論、所有者は貴重品を保管するために宝箱を利用しているのだろうが。
しかしどんなゲームでも宝箱の中身は略奪されるものと相場が決まっている。他人の家のものだろうが、国王の宝物庫にあるものだろうが──人も寄り付かない地に眠るものだろうが。
しかし、これだけは断言しておきたい。
戊亥沢は決して内容物を奪うつもりはないのである。
ただ純粋な知的好奇心とゲーマーとしての好奇心が擽られただけだということを付記しておく。
それに。奪われたくない物ならば鍵を掛けていて然るべきだろう──開けるだけならば。
開けられるならば何も問題はあるまい。
戊亥沢は二の足を踏む犬鳴の肩を軽く叩き宝箱へと足早に近づく。何が詰まっているのだろうか──やはり、金銀財宝ならぬ『スイカ』とやらが山積みになっていたりするのだろうか?
それとも宝石の類が入っていたりするのだろうか──期待は膨らむばかりである。
「気を付けろよ、戊亥沢くん。開けたら宝箱にパクッと食べられるかもしれない」
「貪欲者でもミミックでも、何でもかかってこいってんだ」
恐ろしい空想を口にしつつ遠巻きに──若干引け腰で戊亥沢を眺める犬鳴。もしかすると、本当にミミックを恐れているのかもしれない。
だが、戊亥沢にとっては恐怖感や猜疑心など二の次だ。目の前の施錠されていない宝箱を開けないなんて、そんな勿体無いことはできない。
「さあ、お宝ちゃん。戊亥沢ジョーンズが君たちを迎えにきたぞ!」
そうしてほぼ何の躊躇いもなく開かれた宝箱の中に入っていたものはというと。
こうしてほぼ何の抵抗もなく開かれた宝箱の中に詰まっていたものはというと。
「なんだこれ……紙? ……手紙? それと──」