第11話:スワンプマン 後編
投刀塚との奇跡とも呼べる再会に浮き足立つ少年少女らは、満足げな表情を浮かべるイルロラの呟きにはまるで気付いていなかったけれども。
しっかりと。なんの間違いも──手違いもなく投刀塚の蘇生を終えられたからだろう。
「ふぅ……」
と。少女は小さなため息を漏らすのであった。
「那束……すごい。どこも怪我してない……」
「えっ……わたしケガしたの……?」
そうして暫くの間はクラスメイトの保健委員、御手洗 小鳩の様に投刀塚の身体をあちこち検めていた女子二人ではあったものの(ボディータッチというよりかはボディーチェックの様相である)、不意に。
というよりかは不思議そうに──怪訝そうに頭を捻る犬鳴の放った言葉により、『チーム:ドッグ』は大きな疑問を提起される事となる。
その疑問は、これからルトリフアで生死を賭す戊亥沢たちには無視できないであろう重大な問題である。
「……私の分かる範囲だが、間違いなく投刀塚さんは投刀塚さんだ。どこも変わったような感じはしないし、何も変わってないように見える」
その言葉は誰に言う風でもないように見えたし、そう聞こえたけれども。
しかし何故だか妙に鋭い双眸だけはしっかりとイルロラへと向けられていた。
犬鳴はイルロラに何か具申するつもりなのだろうか?
「だが、はっきりしておきたい。先の戦いで投刀塚さんは死んだ──目の前で死んだ。そうして、死体は跡形もなく消えた上で『冥界』とやらに引きずり込まれたはずだ」
どことなく責める様な。
刺々しさと含みのありそうな語調が綯交ぜになった犬鳴の質問に、気の抜けた笑顔を見せていたイルロラは我に返ったかのように真剣な表情を見せる。
その険しい面差しは我々の知る神様そのもので。
オリンピアの神々の彫像のような、近寄り難く神聖さを感じずにはいられない厳格な相好。
「……ええ、その通りです。この世界では死者は死体を遺す事はありません。死した人間は皆『冥界』へと旅立ちます──その生物の個である魂だけが旅立ち、肉体は消滅します」
それこそあなた方がご覧になった通り、とイルロラ。
その言葉に何らかの確信を得た様子を見せた犬鳴は顔を──身体をイルロラへと向けて更に訊ねるのである。
「そこにいる投刀塚さんは本当の投刀塚さんなのか?」
「……仰る意味が分かりませんね」
「この世界に思考実験が存在するかどうかは知らないが、君は『スワンプマン』という思考実験を知っているか? もしくは……『どこでもドアの思考実験』とも言われるものだが」
押し黙るイルロラ。
何故か日本の文化についてやけに詳しい彼女ならば、スワンプマンとやらはともかくどこでもドアくらいならば知っていても良さそうな気がしたのだが。
しかしスワンプマンを知らないのは戊亥沢らも同じである。犬鳴を除く全員が沈黙し、彼女の話を傾聴する。
概要はざっとこんな感じであった。
とある男が沼の近くを通りかかった時、不運にも彼は落雷に打たれ絶命してしまう。しかし同時に落ちたもう一つの雷が側近の沼へと落ち、驚くべき科学的反応を引き起こした。
なんと泥に落ちたこの雷は死んだ男と全く同じ遺伝子構造及び身体的特徴、更には生前の記憶を持つもう一人の男を生み出したのである。
そうして何事も無かったかのように帰路に着いた沼男は、生前の男と変わりなく生活を始めるのだ。
「……私が言いたいことが分かるか?」
日本語の美しさを感じずにはいられない程に流暢で淀みのなかった犬鳴の説明に、戊亥沢は感嘆の声を漏らす。ナレーター顔負けの滑舌だ。
しかしそんな呑気な感想に思考を奪われている場合ではない。少なくとも戊亥沢は彼女が何を言わんとしているのかが理解できていた。
つまりは。
「完全に蘇ったとはいえ、投刀塚さんの身体は恐らく君の作り物なんだろう? 証拠としては弱い当て推量だが、投刀塚さんの最期の記憶がどうも曖昧なのが引っかかる」
「ええ。その通りです」
肯定した。なんら臆することもなく、正面きっての啖呵にイルロラは頷いた。
「身体はわたしが魔力で作り出したものです。が、何一つ欠陥はないですし、何もかも一切合切を含めそこにいる投刀塚さんは生前の投刀塚さんと相違ありません」
「いいや、違う。人形に魂を吹き込んだようなものだろう? その物体を──失礼。その肉体は果たして投刀塚 那束と呼んで良いのか?」
「何が問題なのかはよく分かりませんが……つまり、犬鳴さん。あなたは『生前の投刀塚さん』の身体を求めているのであって、『死後の投刀塚さん』──作られた身体は別物だと仰りたいわけですね?」
「………………そうだ」
長い沈黙の末に塾考した犬鳴は、重い口を開くように呟く。
「でもそれって変ですよ。おかしな話です」
二人がかりで名前を連呼される投刀塚はなんだか混乱したように狼狽していたが、しかし話の内容から何が起きたのかを。
自身に何があったのかを感知したのだろう。
その表情は冥く──淀み始めていた。
「何もかも完璧じゃなければ嫌だなんて、訳が分かりません。十分前の犬鳴さんと今こうしてわたしと話している犬鳴さんは『完璧に十分前と同じ犬鳴さん』なんですか?」
「!」
「十分前と同じ空腹感を感じますか? 十分前と同じ眠気を感じますか? 十分前と同じ数の細胞で身体が構成されているんですか? ……違いますよね。あなた方は常に変わり続けているんです。身体が作り物だとかそういう話は些細な些事でしかないんです」
論破してやろうとか、言い負かしてやろうとか。そんな感情は一切感じられない諭すようなイルロラの物言いに犬鳴は遂に緘口する。
「記憶が曖昧なのは蘇生が完璧ではないのではなく、死の際の記憶を思い出したくないだろうとわたしがその記憶を削ったからです。老婆心ですよ」
「そっか……わたし、死んじゃったんだね……」
イルロラは声の方向へと向き直る。戊亥沢もまた声の方向へと──隣に佇む投刀塚へと視線を移した。
「でもね……犬鳴さん。わたしはこうやって生きてるし、みんなとの思い出もちゃんと覚えてるよ……?」
ぽたり、と涙が零れた。
「いぬくんに助けてもらってばっかりだった子供の頃の事も……ちゃんと覚えてる。だから……大丈夫」
まるで記憶の糸を辿るように押し出すような声で、投刀塚は呟いた。震える手は自身の肩を抱き──哀れみを誘う程に震えていた。
記憶を辿ることで自身を自身だと証する。
戊亥沢は一瞬だけ逡巡した。
そして。
「分かってる。お前はお前だ、那束」
偽物で本物の身体を再び強く抱き締めた。
今回の話はラブプラスについてです。
国民的GFとして名を馳せた作品で、しかも十数年前には社会現象をも引き起こした恋愛SLGなのでプレイした事はなくとも名を知っている方はかなり多いかと思います。
ラブプラスはDSから登場し、長い期間を経て3DSへと移行しましたがその実、ラブプラスと名のつく作品は4つしかありませんでした。しかし喜ぶべきか悲しむべきか、ついにラブプラスはスマホアプリへとその身を移すことが「ラブプラス新作」という形で公表されたのです。
ラブプラス+、new、new+とデータを引き継いできた僕にとってはやや複雑な心境ですが、喜ばしい事なのは確かです。
しかし、スワンプマンの例ではありませんがデータを引き継いできた小早川凛子とスマホアプリで『初めて会う』小早川凛子は同じ人物──キャラとして認識しても良いものなのでしょうか?
ちなみに一番好きなラブプラスは「ラブプラス+」です。なんだか夜のBGMが凄く好きです。