第9話:1 death
時間はお金で買えません。
時短はお金で買えます。
「よ、寄って来ないで……ぇ!」
気弱な少女、投刀塚。思えば幼少の頃から彼女を庇ったり守ってきたりした経験は数知れない。
口数が少なく、コミュニケーションが苦手な彼女は何というか周囲と衝突することも少なくはなかったし、その度に彼女のフォローを務めてきた戊亥沢に言わせてみれば、今の状況は感動に値するものであった。
これまで守られる立場にあった投刀塚が自分を守ってくれるなんて、と観戦する戊亥沢は深い感慨に耽る。
投刀塚の言葉を──諌止を振り切り走り寄ってくる蟷螂に、半ば自衛的に異能を発動する彼女ではあったけれども。
両手を突き出して迎撃する彼女ではあったけれども。
その効果は甚大であった。
「蟷螂が……」
停止した。ドラゴンが投刀塚に喰らい付かず、固まった様に。
蟷螂は自身の置かれた状況を確認しようと頭を動かそうと試みた様子ではあったが、頭を捻る事さえ出来ず──金縛りにあったかの様に微動だに出来ない。
どういった異能なのだろうか? 対象を強制的に停止させる異能……?
停止した蟷螂を躱し、後続の蟷螂がやって来る──が、その時戊亥沢は見た。自身の目で投刀塚の異能の片鱗を垣間見た。
もしかすると戊亥沢のミスリードないし、ただの勘違いの可能性だってあるのかもしれないけれど、後続の蟷螂が投刀塚の異能を食らってスタンしている蟷螂に脚を取られる瞬間を。
喩えるなら泥に脚を取られた様な感じだろうか? まるで、そこに見えない泥の塊があって脚を突っ込んでしまったかのような些細な違和感。
投刀塚は、視えない何かを操っている──?
と。考察に思考を巡らせる戊亥沢を尻目に、脚を取られた蟷螂と微動だに出来ない蟷螂の身体が何の予告もなく横っ飛びに吹き飛ぶ。
吹き飛んだ上で、肢体の一部が引き千切れて水色の体液を撒き散らす。投刀塚が小さく悲鳴を上げた。
「グレネード投げたからさー! 気ぃ付けてねー!」
「言うの遅くないか!?」
外内の異能の利便性ばかりを特筆していた戊亥沢は、改めて彼の能力の恐ろしさを再認識する。その危険性は、もう少し早くに気付いていても良かったはずなのだが。
どうやら外内の異能がバランス崩壊級の能力だという説は撤回せざるを得ないらしい。よく考えてみればそうだろう。
銃の様な射線から外れれば良い武器ならばともかく、先ほどの手榴弾や刃物なんかは『目に見えない』という利点が大きなデメリットになりかねない。地雷なんかを設置してしまえば、それはもう目も当てられないだろう。視認出来ないが故に恐ろしいのである。
自身を──仲間を害するかもしれない異能を扱うには、乱戦ではなく一対一の戦いが望ましい。
「いっ……!!」
不意に呟いたのは──呻いたのは投刀塚。蟷螂が吹き飛んだ瞬間、びくりと大きく身震いした彼女だったけれども。驚いた風な彼女だったけれども、何の予告もなく手榴弾を投擲した外内を詰る事はしなかった。
いいや、できなかった。
いち早く投刀塚の異変を。機微を敏く察知した戊亥沢が彼女の面前に回り込む。そして、理解した。
「怪我したのか……!?」
友軍誤爆。
フレンドリーファイア──或いは、フラッギング。
投刀塚の肩に小さな傷穴が出来ていた。恐らくは手榴弾の破片の飛散による創傷だろう。
外内は彼なりの作戦があって投刀塚の目の前に──蟷螂の付近に手榴弾を投げたのだろう。確かに二体まとめて倒すというのであれば爆発物という選択肢は実に理に適っていると言える。
しかしどうだろうか?
指向性も無く広域を殺傷するための手榴弾を味方付近に投げ込むというのは余りにもお粗末で、あまりにも危険なのである。思い遣りはともかく、あからさまな知識不足が露呈したと言わざるを得ない。
「外内! 手榴弾も銃もやめろ!! みんなに当たる!!」
戊亥沢が叫んだ。その注意喚起に含まれた怒気に『チーム:ドッグ』の視線は戊亥沢へと──視えない手榴弾の破片で負傷した投刀塚へと一瞬だけ注がれて、外内を除くメンバーは戦闘を再開した。
ああ、もう。
役立たずのくせに、俺は何を偉そうにしているんだ。
「ハンカチしかないけど……これで止血する。我慢できるか?」
「うん……痛いけど大丈夫……。大丈夫、だから……」
果たして、意図せず仲間を傷付けてしまった外内は申し訳なさげに──悲しげに頭を下げて、白兵戦へとスタイルを切り替える。少なくとも、この戦闘では誤射の可能性があるものを使う事はもう無いだろう。
まさかチームプレイがこんなにも難しいだなんて、と止血のために肩にハンカチを巻く戊亥沢は辟易する。体育の授業ならば簡単なはずのチーム間の連携が、自身の命を絡めたものとなると難易度が跳ね上がる事を彼は思い知らされた。
生き延びるのに精一杯。
簡易的な処置を終え目に涙を溜める投刀塚の頭を撫でる戊亥沢ではあったけれども、その目は油断なく周囲を観察していた。
確認できるだけでも倒れている(生死は問わない)蟷螂は6匹。確か、第2ウェーブ開始時に視認した蟷螂の数は10匹。
3匹は外内が。2匹は刃連町が。1匹は一番合戦が倒したらしい。
続いて、懲りずに刃連町へと接近戦を試みようとした蟷螂2匹が打ち倒され計8匹。
一番合戦の内容不詳の異能を受け、苦しむ様に暴れ回り──そして力尽き倒れた蟷螂で9匹目。
そして。
「……………っ?!?」
投刀塚に不意打ちを食らわせた瀕死の蟷螂で、最後。
外内の異能手榴弾をもろに受けた手前の蟷螂は即死した上で爆散し、飛散したらしかったけれど。投刀塚のスタンを受けていた蟷螂は思いの外、破壊が浅かったらしい。
しかし、どちらも爆心地に近かったはずなのだ。
何かが緩衝材になったというのだろうか?
「なっ!? 投刀塚っ!!」
そんな思案に耽る暇もなく、事態は悪化の一途を辿る。蟷螂の白銀に輝く鋭利な大鎌は、少女の背中に突き立てられた後に貫通した。
投刀塚の、贅肉や筋肉とは疎遠な肉体はさぞ貫き易かった事だろう。恐らくは肩甲骨付近に突き刺さったであろう鎌は後面の肋骨を破壊し、体内をいくらか突き進み臓器やら筋肉を引き裂いた上で停止する。
鳩尾辺りに突出した白銀の鎌の先端部分を、信じられないといった様相で認めた投刀塚は口の端から血を垂らす。
絶望に満ちた瞳から精気が失われるまで、戊亥沢は茫洋と──茫然自失と彼女を見つめていた。そのあまりのショックに、最早呼吸すらもままならない程の時間を過ごした。
そして。
「うっ!! うわぁぁあああぁあああああぁぁあぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああぁぁぁあぁあああああっ!!!!」
慟哭。或いは、絶叫。
『チーム:ドッグ』の初戦の結果は。投刀塚 那束の命と引き換えに勝利という結果に終わった。
RPGツクールというゲームをみなさんご存知でしょうか? 何もない空間からRPG制作をスタートして、徐々に──様々なイベントを加えながら最終的には完成を目指すゲームです。
ゼロから世界を創造し、神の如くに人々の生死や生活を操る事ができるRPGツクールは、ある意味では小説作りに似ていて。クリエイターの内面を投影するのにぴったりな作品だったりします。