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絶滅俯瞰  作者: 遒�。�
第一章 亡国王都ディアデム
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第五話 十年後


「フォリンちゃんって、今年で十六歳だっけ」

「うん、数え間違いが無ければ」


 夕食の片付けをしているフォリンの背後に、ミリアが立っている。不器用なミリアは、フォリンの姿を眺めるだけで手伝いという名の邪魔はしない。ミリアは皿同士が立てる音を聞きながら、窓の外を見る。もうすっかり暗くなり、外の明かりは星と月だけだ。

 ミリア達は王都に来ると、決まってフォリンの家で夕食を共にし、一夜を過ごす。これは杜人の集落までの物理的距離があるというのもあるが、フォリンと少しでも会話をし、交流を深めておきたいというマルクの考えでもあった。フォリンはまだこの王都を離れる気は無いようだが、ここから彼女以外の人間が死に絶える時は遠からぬ未来、必ずやってくる。マルクはその時に備え、少しでもフォリンという少女が杜人の社会に馴染むことができるようにしてやりたいと考えているのだ。


――あと百年もしないうちに、人間という種族は滅ぶ。


 もう何年前だったか。これは、つい先頃この世を去ったゼクト・シュタインがまだ若者であった頃に呟いた言葉だ。その当時から、人間という種はどんどんとその数を減らしていた。若者は老人となるばかりで、その数を増やすことはなく。一人、また一人とその数を減らしていくばかりだった。


 そんな中、人間が一人、ぽん、とその姿を現した。妖精に連れられ、赤子が王都にやって来たのである。その赤子を見て、人間達は皆、驚愕した。赤子の父と母はどこにいるのか。まだ人間が暮らす集落があるのか。人間達は訊ねたが、その妖精は「この娘の父母はもういません」と述べるだけだった。人間達は、自分達がとうに見かけなくなった古代の妖精のような喋り方をする妖精にも心底驚いたという。その妖精は抱えていた赤子の名だけを伝えると、王都の外へと姿を消してしまった。

 どこからやってきたかもわからない赤子。人間達は最初、彼女の両親である稀少な人間の若者を探そうと考えたが、すぐに断念した。彼らには山狩りをする体力はなく、手がかりもなかったからだ。

 杜人も当時手を尽くしたが、結局その赤子の両親も、その妖精の行方さえもわからずじまいだった。


 あまりにも唐突なその出来事は、十六年前のこと。

 その赤子こそが、今そこで皿を洗っているフォリンという少女なのである。


「もう十六歳かぁ。このくらいの年頃までは、私達も同じくらいのスピードで老けるんだけどなぁ」

 杜人と人間の間には、深過ぎる時間の溝がある。杜人は人間でいう思春期頃の姿までは一気に成長するが、それ以降は非常にゆっくりとした速度で歳を重ねるのだ。

「何だか想像し辛いなぁ。ミリアさんもマルクさんも昔から変わらないし」

「そうよねぇ。フォリンちゃんからしたらそう見えるわよね」

 十六年は人間にとっては長いものだが、杜人にとっては青春の一ページにもなるかならないか程度でしかない。流れる時間が違い過ぎるのだ。

「……あ、じゃあ。私がミリアさん達くらいになるにはあとどれ位かかります?」

 フォリンの問いかけに、ミリアは少しだけ考えて、答える。

「あと十年ちょっとってところかしら。あっという間だわ」

 ミリアの回答を聞いて、フォリンが振り返る。どうやら、後片付けが終わったらしい。フォリンはにっこりと微笑むと、ミリアにこう返した。


「十年後、楽しみだわ」


 最後の人間と呼ばれる彼女は、一人きりの未来にも笑って向き合えるらしい。

 それをミリアは、素直に"凄い"と受け止めるしかできなかった。


   ◆


 深夜。マルクとミリアは自分達に充てがわれた部屋のベッドに横たわりながら、ぼんやりと言葉を交わしていた。ミリアはとにかく、表情が暗い。

「フォリンちゃんの成長と共に、どんどん人間には絶滅の足音が近づいて来るのね……はぁ……」

「嫌な言い方をするんじゃない、成長は喜ばしいことだろう」

「だってぇ」

 成長、即ち老いること。長命な杜人に比べると、人間の一生はあっという間に終わるものだ。実を言えば、ミリアから見たフォリンの命はもう朽ちるだけのものにしか見えないのだ。

「何で人間ってあんなにすぐに死んじゃうのよ……せめて私達くらいの寿命があれば、まだ何とかできたかもしれないのに」

「寿命が長かろうと、同じことだ。殖えなければ、いずれ種は絶える」

 長命であるだけでは意味が無い。不死ではない、命に限りのある生命体はが行き着く先は全て死である。終着点への道程に差異はあれど、結末は変わらない。

「……いい加減、寝よう。明日もやることがあるだろう」

 妹に背を向け、毛布を被るマルク。ミリアはまだ話し足りないようだったが、兄が背中を向けたのを見て諦めたように天井を見上げた。彼女が黙りながらも口をとがらせてしばらくして、彼女の耳に小さな声が届く。

「私達にできることは、フォリンがせめて"ヒトらしく"生きられるようにすることだけだ」

 マルクの呟きに、ミリアは溜め息すらも吐くことができず。何も言わずに瞼を閉じるしかできなかった。

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