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娘のように、兄のように  作者: 長岡更紗
ロレンツォ編
9/74

第9話 誰かに相談することは

 ロレンツォは図書館で新聞を広げた。そこには今年度、騎士に入団した者の名前が載っている。

 その中に、リゼット・クルーゼとアクセル・ユーバシャールの文字を見つけた。コリーンの国に視察に行っていたうちの、あの二人だ。苗字があるところを見ると、貴族か準貴族だろう。


(俺も貴族なら、金を気にすることもなく士官学校へ入って、今頃は騎士だったろうに)


 ロレンツォ、十九歳である。今年度入団した者の多くは、士官学校を卒業した十八歳という年齢の者が多い。

 しかもリゼットは士官学校を出ていきなりアーダルベルト騎士団長直属の治癒騎士となっている。


 悔しかった。


 アーダルベルトの傍で職務をまっとうできる彼女が羨ましかった。ロレンツォが望んでやまないことを、やすやすとやってのけている者がいる。


(俺も、アーダルベルト騎士団長の元で剣を振るいたい)


 その思いだけは変わらずあるのに、どうにもならない。時間ばかりが過ぎていく。


「ロレンツォ。最近ちゃんと食べているの?」


 そう聞いたのは、剣の師であるアンナだ。この日もカール不在の平日に、剣を習いに来ていた。


「ええ、食べてますよ。一応は」

「ヘイカーに聞いたけど、あなた最近、北水チーズ店で注文を取らないんですって?」

「それがなにか」

「立ち入ったことを聞かれるのは嫌でしょうけど、そんなにお金がないの?」


 ズバリ言われて、ロレンツォはアンナから目を逸らした。生活は相変わらずキツイ。コリーンのために、色々テキストを買ってやりたい。様々な試験を受けさせ、資格を取らせてやりたい。

 そんなことをしていたら、本当に食うに困るようになってきた。

 夜の食事は女と食べるからと言い訳して家を出て、コリーンが食べ終わるのを待って帰るようになった。正直、それほどまでにキツイのだ。


「ロレンツォ。ちゃんと答えなさい。剣が鈍ってるわよ。こんな調子で稽古をしても、腕は上がらないわ。時間の無駄よ」


 アンナはロレンツォの持つ模擬剣を取り上げ、倉庫にしまった。今日の訓練はこれで終わりということだろう。


「ありがとうございました、アンナ殿」

「待ちなさい。今なにか作るから、食べて行きなさい」

「しかし、カール殿が……」

「うちは誰かしら晩御飯を食べていくわ。ロレンツォが食事を取りに来たくらいじゃ、カールは驚かないわよ。上がって」


 促されて、ロレンツォは家に上がった。アンナはシュルシュルと赤いエプロンを付けている。


「お手伝いしますよ」

「あら、ありがとう。じゃあそれ、皮を剥いてもらえる?」


 ロレンツォもキッチンに立ち、アンナの手伝いをする。アンナはロレンツォを見て「私より手際がいいわ」と感心していた。野菜に関してなら、その辺の女性に負けない自信はある。

 下ごしらえがある程度終わると、まだ夕飯までには時間があるため、二人は向かい合って座った。


「アンナ殿とこんな時間が過ごせるとは、思いもしませんでした。僥倖ですよ」

「なにを馬鹿なことを言ってるの? いいから、今のあなたの生活状況を報告しなさい。早く」

「まだカール殿が戻るまで時間があるでしょう。俺はもっと、あなたのことが知りたい」


 そう言った瞬間、外にいたディランというこの家の飼い犬がグルルと唸った。犬に睨まれたロレンツォは苦笑いする。


「あなた、いつもそうやって誤魔化して本心を隠しているの?」

「別に、そんなつもりはありませんがね」

「つもりがあろうとなかろうと、そういうことを言われるのは不快だわ。やめて頂戴」

「すみません、生まれ落ちてからの性分でして。善処しますよ」


 ロレンツォがそう言うと、アンナは息を吐いていた。


「で、生活は大丈夫なの?」

「まぁ、生きていく分には」

「ロレンツォは確か、遠い親戚に当たる、言語障害を抱えた子を引き取っていたわね」

「コリーンですか。ええ、それがなにか」

「あなたもまだ子どもなのに、偉いと思うわ」


 いきなり褒められ、ロレンツォは一瞬言葉を詰まらせた。


「……アンナ殿。俺はもう十九ですよ」

「私から見れば、まだまだ子どもよ。年齢的にも、精神的にもね」


 まさか、子どもと言われるとは思ってもみなかった。どちらかというと、しっかりした大人に見られるロレンツォである。ノルト出身ということで、田舎小僧と揶揄されることはあったが、女性にそんな子ども扱いされたことはない。


「敵いませんな。アンナ殿には」

「ほら、また。どうしてそう大人ぶろうとするの? もっと周りの大人を頼りなさい」

「別に大人ぶってなどいませんが」

「自分で気付いてないのね。ロレンツォは、自分で何でもできると思い過ぎよ。確かに器用だから、大抵のことは自分でこなしてしまうんでしょう。けど、生活に困っているのに対処できないようでは、やはり子どもよ。あなた、実家の親なりコリーンなり、誰かに相談した?」

「……いいえ、必要ないと」

「そこで必要ないと判断してしまうことが、子どもだと言うの。私が聞いてあげるから、話しなさい」

「なにをです?」

「ロレンツォが今、心の内に抱えていることすべよ。どうすべきか、一緒に考えましょう」


 そう言われて、ロレンツォはまたも苦笑いを漏らした。やはり、この女性には敵わないなと思いながら。

 ロレンツォは、ぽつりぽつりと、自分の置かれた状況を話し始める。

 兵士の給料では、家に仕送りをしながら人を一人養うのは困難であるということ。

 コリーンには学校に行かせられない分、ちゃんと教育をしてやりたいと思っていること。

 それらを説明しているうち、次第に愚痴のようなものが口から次々と飛び出してきた。

 金さえあれば、士官学校に通えて今頃は騎士だったはずだとか。

 自分より経験も実力もない奴らが騎士になれるなんておかしいだとか。

 騎士の試験を受けるための推薦人がいないことに憤りを感じているとか。

 コリーンのためを思えば思うほど生活に困っていく。こんなつもりじゃなかった。もっと早くに騎士に昇格して、ましな生活を送らせてやるはずだった。

 それがいつになるかわからない不安感。自分が引き取ったばかりにひもじい思いをさせてしまっている、申し訳なさ。応援してくれているコリーンの期待に応えられないかもしれないという、ある種の強迫観念。

 彼女のためを思ってしたことだったが、思い違いだったかもしれない。自分にできる一番いい方法を取ったつもりだったが、ただの自己満足だったのではないだろうか。


「……っは……」


 ロレンツォはいつの間にか己の目から流れ出る熱いものに気付き、目を伏せた。何も言わずずっと聞いてくれていたアンナの顔を、見られない状況になっている。

 女を泣かせたことはあっても、女の前で泣くなんて初めてだ。ロレンツォは言葉に出して初めて、自分が精神的に追い詰められていたことに気付いた。


「ロレンツォ、話してくれて嬉しいわ」

「……いえ、聞いてくれてありがとうございます」


 アンナの声にほっとし、ロレンツォは涙を拭う。


「まず、コリーンのことだけど、彼女の両親は?」

「すでに亡くなっています」

「そう……あのね、ロレンツォ。あなたはコリーンに気遣い過ぎよ。気持ちはわからなくはないけれど、彼女だって物事の分別くらい付く年齢でしょう。一緒に暮らしているのなら、あなたの置かれている状況くらい理解しているわ。コリーンに対して引け目を感じるのはやめなさい。もっと話し合って、彼女の気持ちも聞いてあげることね。それと」


 アンナは息を継ぐことさえ惜しむかのように、ロレンツォに伝え続ける。


「生活が苦しいなら、実家への仕送りをやめてしまいなさい。両親だって、あなたが食うや食わずでお金を送ってくれているとは思ってないわ。そんなこと、どの親が望むというの? ちゃんと生活が成り立ってから、また仕送りを再開すればいい。ちゃんとそう伝えて。それから」


 ビシビシと小気味良く指摘される。こんなところがアンナらしい、とロレンツォは口元だけで少し笑う。


「騎士への昇格試験の件だけど、カールの推薦でも、おそらく昇格試験は受けられるはずよ。あなたには十分素質がある。騎士としてやっていけるでしょう。私から口添えをしておいてあげるわ」

「……本当、ですか?」


 ロレンツォが驚きで目を丸めると、アンナは柔和に微笑んだ。


「ええ。受からなきゃ、騎士にはなれないけれどね。頑張りなさい」

「はい! ありがとうございます!」


 椅子から立ち上がり、深く頭を下げるロレンツォ。もっと早くに相談すべきだった。自分の力を過信してしまっていたのだ。誰の力も借りずに夢を叶えられるという奢りがあった。また、そうしなければならないと思い込んでしまっていた。


(絶対に合格してみせる。夢を叶えてみせる。そしてコリーンに、可愛い服を買ってあげよう。洋服ダンスも必要だ。コリーンの好きな北水チーズ店のチーズを食べさせてあげたい)


 ロレンツォの頭に、嬉しそうに笑う、コリーンの姿が浮かんでいた。

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ファレンテイン貴族共和国シリーズ《異世界恋愛》

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