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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

渇きと空腹、そして愛の味。

作者: 数菜

その喉の渇きを感じ始めたのはつい1週間前のことだった。

水などの水分を摂取することで潤うものではなかった。

そして、その渇きと共に腹の減りも激しかった。

その為、常に胃の中に何かを入れておかなければ気が休まらなかった。

それでも時として腹の虫が悲鳴を上げるときがあった。

過食症にでもなったか、と思い立ち、これは流石に異常だと医者の元へと行った。

医者は症状などを詳しく聞き、レントゲンも撮った。

白衣を着ている彼は初め、体内にサナダムシの様な寄生虫が居るのではないかと踏んでいたが、それはどうやら違ったらしく、ただただ首を傾げるだけであった。

結局病気とは断定されず、いつも通り会社へと足を運び、業務をこなした。

しかし帰路につく頃には我慢は限界に達しており、空腹と喉の渇きがあまりにもひどい為か、意識が朦朧とし、視界が歪み始めた。周囲は既に暗くなっており、月と街頭の鈍く弱弱しい光のみが辛うじて見えた。

冬の乾燥した空気を吸うことで余計に喉の渇きが悪化した。

やっとのことで自宅に到着すると、倒れこむように台所へ向かい、勢いよく蛇口をひねった。冷たく透き通った水が噴出した。口でそれを受け取る。水が喉の管を通る感触がなんとも爽快であった。しかし異質な喉の渇きは消え去ることはなかった。次に空腹を抑えるべく冷蔵庫の中を漁り、氷を貪り食べた。

空腹が少し軽減されると、その場にへたれ込んだ。そして脳裏には最近頻繁に報道されているニュースが浮かんだ。

というのも、とある事件が多発しており、その内容いうのは、人間が人間を殺し、食べる。というものだった。それらの行為によって逮捕された人は皆、口を揃え、言った。

『のどのかわきとぉ、いじょうなまでのくうふくからのがれるためにはこうするしかなかったぁ。もっともあいしているひとをたべないとぉ、これはなおらないんだぁ』

もし、自分が彼らと同じ状態であるとするのなら、自分が今最も愛している人を殺し、その肉を口に運ばなければならないのか。非現実的な状態であり、脳内でうまく処理することができなかった。

冷静な判断ができなくなっていた。このままでは自分が死んでしまう。

嫌だ。

ならば、もっとも愛している人を殺し、食したほうがマシだ。


そして今、自分が最も愛しているであろう女性の家の前にやってきた。

出入り口の横に設置してあるインターホンを震える指で力強く押す。

ドアの向こうから、ピンポーンと音が聞こえた。

自分に限界が近づいていることは自分が良くわかっていた。もし、彼女が自分にとって最も愛している女性なのだとしたら、その瞬間、プツンと糸が切れたように彼女に襲い掛かるかもしれない。そのまま彼女を亡き者にし、その肉片を体内に取り込んでしまうかもしれない。恐ろしかった。襲い掛かった時の彼女の歪んだ顔が容易く想像できた。今、罪のない女性がひとり、ただただ己の生と食への欲望に支配された男に殺されてしまうのだ。体中に汗が吹き出ているのがわかった。

欲が理性と良心を勝ったのだ。罪悪感よりも欲の方が強かったのだ。

ここに来て後悔が押し寄せた。お願いだ。留守でいてくれ。そんなことを思い始めた。脳内の片隅に少しだけ残っていたのであろう理性がそう心の中で叫んだ。しかしその気持ちを他所に彼女の可愛らしい「はーい」という言葉と共にゆっくりと扉が開かれた。

ドクンドクンと心臓が五月蝿いほどに高鳴り、呼吸がだんだんと早くなっているのがわかった。

「どうかしたの?」

そういう彼女の顔を見た。だが、何も起きなかった。動揺が後ずさりをさせた。

この人ではないのか、自分の愛している者は。

安心していたのだが、また苦しみながら恋人を探し始めないといけない、という絶望感からか、自宅の方へと駆け出した。目から大量の涙を流しながら走り続けた。今日は月が出ておらず、まわりには街頭も無かった。ただ真っ暗な暗闇から逃げるように無我夢中で走った。悔しさもあった。

自宅に着いた頃には顔面が涙や鼻水やヨダレだらけでグチャグチャになっていた。

顔を洗おうと洗面所へと向かい、洗面台の前に立った。足は走りつかれたのだろう、ガタガタと震えており、立つことさえ覚束なかった。蛇口を捻り、水を両手に溜め、一気に顔面にかけた。冷たい水で顔が引き締まるのが分った。手探りで横に置いていたタオルを掴み、水を拭う。

ふと前方についている鏡に目をやった。そこにはいつもの自分の顔があった。

しかし、その顔と、鏡に映るその姿には、違う印象を抱いた。


愛。


先ほどよりも格段に大きな胸の振動が伝わる。呼吸も荒くなり、自分でも可笑しいと思った。

思わず口からこぼれた言葉に驚愕した。

「好きだ」


口を抑えた。目を逸らそうとしたが張り付いたかのように眼球は動かなかった。

好きだ、好きだ、愛してる。


自分が、好きなのか、自分で、自分を一番愛しているというのか。

そう気づいてしまった瞬間に、圧倒的な喉の渇きと空腹感が襲った。

その瞬間、体が何者かに乗っ取られたかのように制御できぬようになっていた。

口はヨダレを垂れ流しながら我が腕にかぶりついた。不思議と痛みなどはなく、それどころかこれで渇きと空腹から逃れられるとホッとした。


肉を歯で噛み千切った。肉が削げた腕からはテカテカと赤黒く光る血が勢い良く噴出した。

肉を飲み込む。鼻腔に生生しい生肉の臭いが押し寄せる。心地よい。

喉を通る肉の一部とそれに付着していた血が潤していく。

肉を口内に運び、咀嚼し、喉を通し、胃の中に入れるたびに渇きと空腹は薄れていった。

出血が多すぎるのか、頭がクラっとする。しかし、自分の肉の摂取は止めるには惜しかった。


これが、愛の味か、


美味だ。

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