悲しみの真実へ
梶が姿を消したのと同時に
店の扉に付いている鈴が音を立てながらゆっくり開かれた。
「あっ噂をすれば」
村井が扉の方に目線を移して笑みを浮かべて小さく呟くと伊野部がちょうど店の中に入ってくるのが目に入った。
「……今日朝からやけどええか?」
「ずっと来るのをお待ちしておりましたよ、伊野部さん」
村井は、遠慮がちに入ってきた伊野部に向かって笑みを浮かべると軽く頭を下げた。そしてゆっくり頭を上げると
「ようこそ心清堂へ」
「………………………………」
本当に来たよ……
糸田は、店の片隅で伊野部が来た事に驚いたように目を少し見開いて伊野部を見つめながら思っていた。
「……糸田くん何突っ立ってんの?早く仕事して」
突っ立っていた所に村井が呆れたように注意して(客の前だからかいつもしないくんを付けて)糸田の横を通り過ぎた。その時一緒に何かを手渡された。
「……えっ?」
手渡された物(さっき梶が村井に渡した物)を見た後急いで村井の顔を見れば、何か考えているような笑みをこっちに浮かべていた。
(た・の・ん・だ・よ)
笑みを浮かべたまま一言口パクでゆっくり言うとカウンター席の反対側に向かって歩みを進めて、立ち止まった。
「……………………………………」
今からかぁ……そんな事を思い、ゆっくり手渡された物を眺めてから糸田は静かに目を閉じた。
「やはり来られましたね」
「……朝からちょっと考えてみてん」
「何をです?」
伊野部の目の前にグラス(中身は、軽いアルコール)を置きながら聞き返してみれば
「今までの事」
そう答えながら伊野部は、無意識に右手首に触れると出されたグラスの中に入った酒を一口飲んだ。
「考えてみていかがでした?」
「やっぱよう分からん、どうしたらええんか……自分で」
「そう、ですか……」
一歩後ろに下がり、伊野部の顔を見ながら村井は小さく呟いてみれば
「……伊野部さん」
少しの間が開けて静かに村井が伊野部の名前を呼ぶ
「もし話せるんだったらで宜しいんですけど、聞かせて頂けませんか?あなたと親友の方との思い出」
微かに目を細めて聞いてみれば、伊野部が明らかに険しい表情を浮かべたのが分かった。
「………………………………」
村井と伊野部の間に沈黙が流れた。
二人は対照的な表情をしており、周りから見たら異様である
「…………………………(村井さんがついに入っていこうとしている)」
糸田はゆっくり目を開けて、そんな二人の様子を少し離れて見てふと思っていた。
いつあの力が発揮するのか……
あと後藤さんいつ帰ってくるんですか……
今から起きるのであろう事を思い浮かべながら、村井に頼まれてまだ店に戻ってきていない後藤の事を気に掛けながらも二人の様子を見守った。
「……どうせ話さんでもお前の事やから分かるんやろ?」
沈黙を破ったのは、伊野部の方からだった。
「そんな何もかもは、分かりませんよ……」
「じゃあなんで昨日、俺に親友がいてそいつが死んだ事分かってん!?」
「……んー、この店に入れたので、もしかしたらそういう類いかなぁて思って当てずっぽうで言ってみたらたまたま当たっただけですよ。僕昔からなぜかそういうのが分かっちゃうもので」
悩んだ仕草を一瞬見せてから笑みを浮かべて答えた。
「当てずっぽうで言っただけ、ね……」
「……でももし今から言う事を全て信じると言うならば、本当の真実を伝える事が出来ますよ?」
「えっ?」
「……伊野部さんが今ずっと悔やんでいる相手の事について」
村上は、微かに目を細めると
「そう、あなたの親友である藤崎さんについて、ね」
不意に相手の名前を告げた瞬間
伊野部が驚いたように目を見開いたのが見て分かった。
「なんであいつの名前を……」
「なんでって……」
「あんたの親友やあんたが昨日持ってた名刺で知ったんや」
伊野部の問い掛けに後ろからいきなり関西弁の男が代わりに答えた。
声が聞こえた方を振り向いてみれば、そこには別件でどこかに行っていて、いつの間にか戻ってきた後藤の姿があった。