青年と店員達
そして男が出ていった後の店内には静寂が流れた。
「……無茶し過ぎですって村井さん」
しばらくしてずっと黙り込んでいた男がため息をつきながら言った。
「無茶してないよ?」
ため息をついた男に笑みを浮かべて答えた。
その間も念入りに襟元を直していた。
「それならさっき入ってくれば良かったじゃんか糸田」
その男の名前を呼んでそう告げると
「あんな雰囲気に入っていける訳がないじゃないですか……」
さっきの雰囲気を思い出しながら答えると
「そう?別に普通だと思うんだけど……俺にしたら」
「……ただあの雰囲気の中に色々させるのが好きなだけやろ」
首を傾げているとカウンターの隅の壁に寄り掛かって話を聞いていたもう一人の青年がボソッと呟いた。
「いきなり何を言い出すのかなぁ?後藤君」
「さっき見たまんまの感想を言うただけや、普通に考えたらいきなり胸倉を掴まれたら少しでも焦ったりするやろ?
それなのにあんたは、逆に胸倉を掴まれた瞬間笑みを浮かべたやん」
「人聞き悪いなぁ……僕は、ただ人より打たれ強いだけ」
「打たれ強いって言うよりもやな……」
「もう二人共やめて下さいよ!」
糸田が後藤と村井の間に入ってこのままだと長くなりそうな話を無理やり中断させた。
「その話はもう終わりです!どんどん話がずれていってますし……」
「あーたしかに……てかなんで敬語なの?前にさタメ口で良いって許可を出したはずなんだけど……」
「たしかにタメ口で良いって言われましたけど、やっぱ一応この中で一番年下ですからね」
「そんなの気にしちゃいけないよ」
「気にしますって!」
「止めに入った池田まで話がずれ始めてるやん……」
二人の会話を脱線しようしたのを後藤が微かに笑いながら冷静に告げた。
「……あっ…………それで確認なんですけ……」
「あの人は、心に深い悲しみを持っている……そしてその悲しみを忘れようと自分を傷付いているの」
「……傍らにその親友が心配そうにしながらいるのに気付いていないみたいやしな」
村井の言葉に続けるように後藤も言った。
「えっ?それって……」
「まだ俺の目からでも微かにしか見えへんけどな、でもあれは間違えなくあの人の親友だと思うわ……多分成仏しきれてないんやと思う」
まぁあんな状態やったら安心して成仏する事なんか出来へんやろうな……とごく自然にそして冷静に告げた。
「後藤さんで微かにしか見えないんだったらこっちは、ぜんぜん分からないじゃないですか!」
糸田は、困ったように後藤を見据えて少し声を大にして言い返した。
「糸田は、しょうがないよ」
「そう言うあんたも見えてへんやろ?」
「まぁね、でも気配だけは感じる」
「気配ねぇ……」
「気配と言う前にその人から何か感じてくるような気がしたんだけど……」
途中で何も感じる事が出来なくなった……と首を横に振りながら小さくため息をついた。
「じゃあ二人がお手上げだったら」
「ここで糸田の力を借りたいんだけどさ」
「……なんか嫌な予感が……」
「何があったのか今度あの人が来たらこっそり見てくれない?」
手伝ってあげるからさ、村井が満面の笑みを池田に向けてそう静かに言った。
「……えっ?」
糸田は、おもわず聞き返してしまった。
「だから……」
「あまり使いたくないんですけど……」
「そんな事言わずに……」
「……はぁ……今度来たら見れば良いんですよね?」
糸田は、根負けしてしまったのか小さくため息をついて確認するように言った。
「よろしく」
「……分かりました」
「でもなんでそんなに嫌な訳?自分の力を使うの」
「嫌な訳じゃないですけど……見境が着かなくなるんですよ、あまり使うと……すごく体力使いますし」
村井の問い掛けにほぼ即答するように答えた。
「……でもここでは……」
「……俺の力も必要となってくる、ですよね?」
「分かってんじゃん」
糸田に向かって笑みを浮かべると
「……真実が分かれば良いんだけど……」
誰もいない空間を見つめて独り言を漏らした。
独り言を漏らした後
ゆっくり右目を手で隠して一瞬だけであったが表情を歪ませた。
「……また明日が楽しみ」
「……………………………………」
後藤も微かに目を細めて何もない空間を無言で眺めていた。