一人よりも強く
私に話しかける優しそうな顔をした女性。
いつも、私のことを心配してくれている。
私はそれが当然だとでも思っていたのだろうか?
それは、いつ終わってしまうのかも分からないことだということに。
「何か、変わったことはあった?」
「ううん……何も、何も無いよ、私は、大丈夫だよ」
「……そう、分かった」
私は、嘘つきだ。
いつだって、大事なことを伝えようとはしなかった。
だからきっと、これは私に対する罰なのだろう……。
いつものように学校から帰ってきた私は、突然全身から力が抜け、動けなくなった。
立ち上がることも出来ず、なんとか壁に寄り掛かる形になる。
一人暮らしだった私は、誰に頼ることも出来ずに、何も出来ないまま、ただ時間だけが過ぎていく。
……このまま、動くことが出来ないまま、私は消えていくのかと思いはじめた頃。
少しずつ体に力が戻ってきて、私はなんとか動くことが出来るようになった。
このままではいけないと思い、私は病院に電話をかけようとした。
……受話器からは何も音は聞こえない。電話線はつながっているのに。
持っていた携帯も、何故だか圏外になっていた。
「どうして……?」
立って歩くことも辛いけれど、このままではいけないと思った。
電話が繋がらないのならば、自分の足で歩くしかない。
私は、なんとか歩いて自宅を出る。
外には、人の気配はなかった。近くに人が居たのなら、助けを求めることも出来たのに。
私は仕方がないので、ゆっくりと最寄りの病院へと歩き出す。
一歩進むのも辛くて、その度に私は崩れ落ちそうになる。
けれど、ここで倒れたところで、誰も助けてはくれない。
私は、自分の足で、進まなければならない。
大丈夫、まだ私は、歩くことが出来るのだから。
……大分、進んだように思っていた。私の中では。
あたりを見渡すと、まだ私はそれ程進んではいなくて、沢山歩いたつもりだった私には、目的地の病院は、とても遠く感じられた。
ただ、一人で、歩く。近くに人は居ない。
挫けてしまいそうだった。何度、膝をついて立ち止まってしまおうと思っただろうか。
諦めてしまったところで、いつ、人が通りかかるかなんて分からないのに。安易に立ち止まることなど、私には出来なかった。
本当は、少しくらい人が通りかかってもおかしくはないはずなのに。
まるで私を試しているかのように、この時は誰にもすれ違うことがなかった。
一言で表すのならば、ただ、静かだった。
「ここで私が諦めて、この場所で座りこんだら、どうなるんだろうね……。」
暫く歩き続けたところで、私は意味もなく一人、疑問を口にした。
その問いに答えてくれる人は誰も居ない。
私はまだ、孤独だった。
……息が荒い。心臓の音がうるさかった。
けれど、やっとのことで私は、病院に辿り着いたのだ。
「……なんで、どうして?」
思わず出たのは、そんな言葉だった。
目の前の病院は、開いていなかった。
中に人の気配も感じられない。
そういえば、この場所に来るまでにも、誰にもすれ違わなかった。
まるで私だけが、ひとり、ばかみたいに、頑張って、誰かが私のことを嘲笑っているように感じた。
私が、素直にならなかったから?
だから、私は見捨てられたのだろうか? 誰からも見捨てられて、ただ私はこの場所で、朽ちていくのだろうか。
「……少しは、頼ってくれる気になった?」
「えっ?」
ここには誰も居ないと思っていた。見上げると、そこにはいつかの女性が立っていた。
まるで、私がこの場所に辿り着くのを待っていたかのように。
優しく、私のことを見下ろしていた。
「もっと、頼ってくれていいんだよ? もっと、甘えてくれたっていいんだよ……。」
「……ごめん、ごめんね。私、ずっと、強がって、一人で全部済ませようとしてた」
「……うん」
「……でも、違うんだよね。きっと、そういうことじゃ、ないんだよね」
もっと、ずっと、簡単なことだったんだ。
それに私は、もっと早く気づくべきだったんだ。
だから私は――私のことを見下ろす彼女に言わなければならない。
今ここから、この場所から、私は終わり、はじまる。
「……お願い、助けて」
「うん。やっと、頼ってくれたね……」
私の、一番の親友。
私の体が弱かったことを、誰よりも良く知っていた。
けれど、私がそれを嫌った。
だから、彼女も私を手助けすることはなかった。
それが、私達だった。
もしかしたらこの時初めて、私達は本当に、親友になったのかもしれなかった。