英雄と魔王
♦ 英雄 カエデ・キンジョウ 視点
私が魔王達に見逃されてから一ヶ月が過ぎた。
魔王を倒す英雄が魔王に見逃されるなどあってはならないのに、それは起きた。
私は修行のため魔域へと向かっている。
「やはり魔域の生物はかなり強いですね」
出てくる魔物はどれもこれも強い。
そして、私が向かっている先、この森の中心と思われる場所にはこの森の主と思われる生物が居るはずだ。
「それにしても、異常に魔物が多い・・・・」
まさかとは思うが、大草原の方から逃げてきたのだろうか。
いや、それはないか。
大草原と森の内部では強さが桁違いなのだ。
大草原のような隠れる場所の無い所で生き残れる生物と、森で隠れながらではないと生き残れない生物とでは格が違う。
森は平均レベル600で、大草原は800を超えるのだ。
「強いなぁ」
でも、この魔物の群れに勝てなければあの魔王達の誰にも勝てない。
レベル600が数十匹集まってこられるとかなり辛いのである。
「マリアナ、周囲に敵はいる?」
『居ないわよ。でも、前来た時より森の魔物がかなり強くなってるから気を付けてね』
インテリジェンスウェポンの弓であるマリアナが注意することは珍しいので肝に銘じておく。
「これは、マズいわね。」
中心へ近づく度に魔力が濃くなっていく。
しかも、段階的に強くなっており、敵も段階的に強くなっている。
「作為的? それとも、魔物が強者のみを求めてるの? そんな事ってありえるのかしら?」
『ええ、ありえるわよ。太古の時代に現れた災害級の魔物は暴風を起こして今みたいにエリアを強さ別に分けたの。当然迷惑だからその時の英雄がそこに行って倒したの。その時の英雄の武器が私で、その場にあった死体全てが超強い奴らばっかだったわけ。体力を消耗してたから勝てただけで、正直、私としては負けると思ったわ。』
とのことで、どれだけ強いんでしょうか。
これは、異常事態ですね。
このままだとマズいという事は、私がどうにかしなければいけない。
これは、またプレッシャーである。
こういう状況ってあまり好かないんですよね。
『次が来るわよ、集中しなさい。魔力消費は抑えてね』
「わかってる。」
狼や猿が群れとなっているこの現状は正直理解できない。
通常種のことなる魔物は群れないのだ。
このように群れなければ食を得ることが出来ないと推測できる。
「数が、多いっ!」
倒しても倒しても集まってくるし、レベル差300あってもこれだけ多いと流石にマズい。
『範囲攻撃でここを抜けるのがベストよ』
「わかった。【弓魔術】奪命雨」
空に向かって矢を放ち、魔法により増加させ、魔力操作で屋を操作して敵の弱点部に当てる。
「よし」
直ぐに開いた道を進んでいく。
背後から追ってくる群れは、私が一定のラインを超えると付いて来なくなった。
やはり、ここからは用心しなければマズいのだろう。
「そんな、何故ここに居る!」
私の言葉は正当なものだろう。
目の前には1個体で1つの都市を落とせる程の魔物がいる。
そこはまぁ、納得できる。
そういう場所なのだから。
だが、現状は納得できない。
なぜなら、目の前にら災害級の魔物が集団で共存していたのだ。
「いったい世界で、何が起きているのよ・・・・」
もしこれが国に攻め入れば滅ぶことは間違いない。
世界中の英雄達と勇者を集結させて戦ったとしても何十という英雄と何百という勇者が死ぬだろう。
『逃げなさい! 早く!』
「逃げる? そんなの無理よ。マリアナは分かっているのでしょ? これは、世界が滅ぶ前兆なのよ」
『それは今じゃないでしょ! 生きれる可能性があるのだから逃げなさい!』
私はマリアナの言葉を聞くことなく、力無くそう呟いてその場に座り込んでしまう。
そして、とうとう魔物と目があった。
近づいてくる。殺される。私の人生良い事無かったなぁ。
「オイオイ、ニンゲンガイルゾ」
何、今の。
魔物が喋った?
「言葉、を」
「ナンダコイツ。レベルハタカイケド、ソコマデノツヨサジャナイゾ。ヨクタドリツケタナ」
「タシカニ。ダガ、イッタイイチナラマケルヤツモイルダロウヨ」
私は英雄のはず。
魔物にステータスを見られている?
考えたくても頭が回らない。
マリアナの声も認識できない。
「オイオイ、ビビッテルジャネェカ。ヤメテヤレ」
「アンタガイチバンオレラノナカデコワイッテーノ!」
「ソウダソウダ!」
私がぼーっとしていると巨大な狼が出てきた。
人狼なのは分かるが、間違いなく私よりも強い。
「オイ、ナニシニキタ?」
「わ、わた、私は!」
「ワカッタワカッタ。トリアエズオチツケヤ。」
何故人間の私が魔物の人狼に「落ち着け」とか言われてるんでしょうか。
「あの、いったい、何が起きているのですか?」
「ダイソウゲンニハ、スメネェカラココニスンデルダケダ」
「いえ、そういう事ではなく、何故群れているのかと」
「ソレカ。タタカワナクテモ、クイモノニアリツケルカラダ。俺等もムダニアラソウノハコノマネェ。ココニクルマデニミタトオモウガ、フツウハチノウガネェカラコウハナラネェヨ。ココカラサキハトクベツダ」
大草原に住めない?
あそこから魔物を追い出せる人物など、ひとりしか思い付かない。
「大草原に今居るのは、魔王、ですか?」
「ヨクワカッタナ。マオウサマノブカトナノルヤツガ、オレタチガアラソワズニクラスホウホウヲオシエテクレタ。オマエタチニンゲントチガッテマゾクハイイヤツガオオインダヨ。」
何故人類はこうも敵が多いのでしょうかね。
しかし、魔王だけでもあれ程強いのに、この魔物まで仲間になれば私達に勝ち目は全くない。
どうにかして止めなければ。
「魔王は世界最大級の敵です! 魔物にとってもそうでしょうに!」
「タシカニ。オレタチマモノハ、マオウニメイワクヲカケラレテ、スミカヲカエルカラナ。」
「なら「ダガ! コンカイハチガウ。シッカリトオレタチノオサヲツクリ、トウソツシテヤガルンダ。ソレニ、イマノオレタチハ、シアワセッテヤツヲハジメテカンジテンダ。ニンゲン、ヨクキケヨ。モシコノセイカツヲクルワセルヨウナコトヲシテミロ、ホロブゾ?」」
その言葉は自分達魔物に対して言っているように聞こえる。
だが、これほど強力な魔物が揃えばそう簡単に全滅はしないと思うのだが。
「滅ぶとは・・・・滅ぼすではないのですか?」
「ホロブンダヨ。ココマデキタンダ、マオウサマノマチヲミテイクトイイサ。アレヲミレバリカイデキルダロウヨ。」
「分かりました。しかし、今はこの先にいる者に会いたいのです。」
「ソウカソウカ。クロサマニヨウジガアルノカ。オマエガテヲダサナケレバ、ダレモオソッタリシナイカラ、スキニイクトイイ。」
魔物達は私に道を開けて各自食物の生産をしている。
畑を耕したり木の実のなる木を育てたりしているのだ。
それからどれほど歩いただろうか。
進むにつれてより一層魔力が濃くなる。
「この先、かな?」
『カエデ、死ぬわよ?』
「わかってる。それでも、見るだけの価値はあると思うの。」
『そう。貴方が死んだから私は王国へと強制的に戻される。あなたの最後をしっかりと伝えるわ』
「ありがとう、マリアナ」
私はマリアナに警告されたが森を進む。
進んだ先には草木が壁を作っていた。
切って進むと、そこには一匹の熊が居た。
「熊?」
『普通の熊じゃないわよ。あれは、漆黒神獣リトルベアよ。』
「小熊神獣?」
『ええ。女神などの下位の神ではなく、上位の神に認められた者に懐く小熊のこと。私は伝説の武器として長い間世界を見てきたけど、これを見たのは2度目ね。』
すごく可愛いけど、近づいたら殺されると思う。
凄く殺気立っているし。
『なんの様ですか?』
「話せるのですか?」
マリアナではない声が頭に響き、問いかけると小熊さんは頷きました。
「今、世界で何が起きてるんですか?」
『そんな事は自分で調べてください。私は主人に忘れられて泣きそうなんですから』
いや、神獣忘れるってどんな主人ですか。
『頑張って強くなったのに、忘れられてるし。きっと思い出して探してくれるって思ったのに全然来てくれないし。私頑張ったのに・・・・』
「か、可愛い」
ゴロゴロいじける熊さんがとても可愛いですが、触れるなと目線で訴えかけてきますね。
「その、主人って誰なんですか?」
『みんな知ってるけど、主人の名前は「クロ、居るか?」ご主人ーー!』
名前を言う前に、この場所へ入ってきた一人の人物へと走って行ってしまった。
羨ましいことに、小熊はそのままダイビングしたのだ。
「羨ましい。」
『武器を構えなさい!』
「え?」
『敵を見なさいって言ってるのよ!』
マリアナに言われて武器を構え、敵を見る。
そして、しっかりと確認した敵は魔王だった。
「何のようだ?」
その言葉と同時に発せられた魔力を身に受けた私はその場で尻餅をついてしまった。
「勝て、ない、よ・・・・」
私はその魔王を見て手足が震え、立っていられなくなったのだ。
目の前にいるのは魔王なのに、英雄としては恥ずかしい。
『ご主人、魔力強すぎるよ』
「お、そうだな。ってクロ話せるようになったのか!?」
『ご主人に忘れられてる間にね・・・・・』
「ごめんって。」
『じゃ、人型にしてよ』
「はいはい。改変」
魔王は抱いた小熊に手を触れると、何か能力を発動させて小熊を人へと変えてしまった。
「で、何のようだ? ん? もしかして、ソリッドが見逃したとか言ってた英雄か? ソリッドの説明と似てる気がする。」
「ソリッド、あぁ、あの魔王ですか。殺すなら早くしてください」
『ご主人! 私の事は忘れてたのにこんな女の事は覚えてたんですか!? 私怒ってますよ! 撫でてください!』
全裸幼女の頭を撫でながらこちらは観察するように見てきます。
でも、なんか、舐めるように見られるの癖になりますね。
いえ、そういう性癖があるわけではありませんよ。
「ソリッドが殺さなかったってことはお前は良い奴なんだろ? なら殺さねーよ。クロはここに住むのか?」
『ここの森の長になっちゃったから。でもでも、これからは毎日会いに行く!』
「じゃ、俺は帰るな。また明日。」
『はーい、ちゅっ』
全裸幼女にホッペにキスされてキスし返すとかちょっとハードプレイですね。
私が目をとじてる間に、魔王はその場から消えました。
『貴女も帰ったら?』
「そうします。」
私はその場から出て魔王の城とやらを見に大草原へ向かいます。
そして、そこで見たのは夢のような、かつて自分の暮らしていた地球という場所よりも平和な場所でした。
「凄い・・・・」
「どんな種族も共に暮らし、奴隷は誰一人居ない。それがここだ。」
「貴方ですか。」
「おう。キラト様に教えられたから来てみたんだよ。」
私が街を外から見ていると、隣にソリッドさんが現れました。
「堕ちるきになったのか?」
「もう少し、考えさせてください。」
「あぁ、好きにすると良い。悪に落ちたら俺が直々に殺してやるよ」
「その時はお願いします。」
私は街に背を向けて自分の国へと帰る。
もう一度振り返るとソリッドさんは既に居ない。
あるのは魔王の街に相応しい建物と、世界一平和で豊かな場所のみ。
「正義はどちらなのでしょうね」
私は国へと走り、どう決断すべきか考える。
しかし、すぐに決断は出来ない。
「お前はこっち側だよ。」
そんな声が背後から聞こえた様な気がする。
それに従って、私は戻ったら一度国を良く見ようと心に決めた。
いつも以上に私の気持ちは高揚していたと思う。
何故なら、自国の状態がどれ程酷いかも知らなかったのだから。