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大舞台



 客席に半円が迫り出した舞台の上は、明かりが落とされ薄闇に包まれていた。

 先ほどまで見事な剣舞に割れんばかりの拍手と歓声が渦巻いていた劇場内は今、静謐な空気で満たされている。

 ふわりとガス灯の明かりが舞台の中央、目を伏せて静かに佇むミーシャを照らし出す。

 ミーシャがゆっくりと目を開け、威厳に満ちた王者の笑顔を浮かべると、さらに空気が緊張していく。


 しゃんっ!


 息を飲む音すらが聞こえそうな静寂を、ミーシャの腕につけられた鈴の音が切り裂いた。

 天井に向けたれた右腕の先で、放り上げられたチュールがキラキラと輝く。


 しゃん、しゃんしゃん。


 光を弾きながらふんわりと舞い降りてくる間に、ミーシャの足踏みに合わせて足につけられた鈴が鳴る。


 しゃ、しゃらららららら……


 降りてきたチュールの端を掴むと、その場でくるりと身を翻し、衣装につけられた鈴と滴型の金属片が軽やかに奏でられる。

 膝を抱え込んだミーシャを柔らかく包み込むようにチュールが降りてきて、薄い膜の卵に見えた――瞬間、

 しゃん!と、鋭い鈴の音とともに卵が孵る。

 宙を舞い輝くチュールを両腕に纏わせたミーシャは、翼を広げた天使のようだった。


 す、としなやかに足が前に出て、とんっと軽く床を蹴る。

 鮮やかにチュールを操り、くるりと廻る。

 跳ぶ。

 駆ける。

 それはまるで戦いに傷つき倒れた者を、癒し、赦し、安息へと導くために舞い踊る天使――。





 それはリカードが舞台袖から見ていても圧巻の光景だった。

 老若男女問わず、会場全体が呼吸を忘れるほどに魅入っていた。


(……伴奏なんて、要らないんじゃないのか)


 リカードは小さな笛を汗ばむ手のひらで握りしめる。

 あの鈴と小さな金属片が奏でる音で十分だ。

 姿を見せなくても、あれだけの人間が魅入っている舞台に伴奏を加えるという重圧に、戦慄が走った。なのに、ミーシャは舞台袖の近くを通りかかる時に急かすような視線を投げて寄越す。


(失敗しても俺のせいじゃないからな)


 半分自棄になって舞台から目をそらし、笛を口に当てた時――なにかが、脳裏に閃いた。

 同時に舞台がざわめき、閃いたなにかが掻き消える。


「テオドール坊ちゃま、あなたまた私の舞台を踏みにじるつもりなの?」


 よく通るミーシャの声が苛立たしく向けられた先では、テオドールとその手下と思われる男が3人、舞台に上がり込んできていた。

 テオドールは冷たい笑顔で答える。


「この劇場はうちのもので、父上が不在の今は私に全権が委ねられているんだ」

「劇場があなたの物でも、今この時間は舞台と観客全て私のものよ。勝手をしないで!」

「ふふ、本当に気が強いな。そこがまた魅力的だけど」


 楽しげに笑った後、すぅっと空気が冷えた。

 口元に一応の笑みを張り付けてはいるが、それはあからさまな嫌悪が滲む歪んだ笑みだ。


「ところで、小耳に挟んでしまったんだけどね。私の誘いは断っておいてルーファスの誘いには応じたそうじゃないか」

「ええ、あなたより紳士なお誘いだったから」


 ミーシャもまた冷笑で答える。


「あいつはいつもそうやっていいところだけ持っていく卑怯者だ。信用してはいけないよ」

「ご忠告はありがたく受け取るけど。生憎、私はあなたもルーファス坊ちゃまもどっちも信用しないわ」

「あぁ、そう。条件が同じならば私と一緒に来てもらおうか。この手の分まで、きっちりお礼をしていただかないと割に合わない」

「終演まで待てないなんて、せっかちな男はモテないわよ」

「悪いけど君が魅力的過ぎて待てないな」


 互いに笑顔だが、どちらも零下の風を叩きつけるような軽口の応酬の果てに、ミーシャがついに笑顔を放棄した。


「この舞台が終わるまでは行くつもりはないと言ったら、どうするの?」

「君に乱暴はしたくないんだけどね、ルーに独り占めされるくらいなら実力行使もやむを得ないな」


 テオドールが片手を上げると、ざっと揃った足音が一歩踏み出し、手下達がめいめいに剣を抜いて構えた。


「いいわ、舞台の役者に加えてあげるわよ」


 怖じ気づくどころか楽しむようなミーシャは、剣舞に使った剣を手に取った。

 華やかな装飾施された剣を、彼女は扱い慣れた様子でくるくると回す。鈴が、それに合わせてしゃしゃしゃしゃしゃんっと音色を奏でる。

 しゃんっ! と一際鋭い音色とともに剣を構えた彼女の姿は、テオドールの飛び込みまでが全部打ち合わせ済みで、これも演目の一部の寸劇であるかのような錯覚を起こすほど優美だった。


「ははは、この状況でまだ観客を意識するそのプロ意識は見事の一言だよ」


 リカードは護衛という立場から躍り出る必要があると感じながらも、彼女が意図して舞台演出であるように見せている以上、乱雑に踏み込むことを躊躇っていた。


「どこまで保つのか楽しみだ」

「もちろん、閉幕までよ」


 背筋が寒くなるほど凛々しい笑みを浮かべたミーシャは、舞台の小道具に過ぎない剣の煌めきの奥できっぱりとそう宣言した。



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