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もう一仕事


「ねぇ、あなたが覚えてるのってあの1曲だけ?」

「…………?」


 あまりにも唐突な話の転換に、咄嗟に頭がついていかなかった。なのにミーシャは眉をつりあげる。


「他にレパートリーがあるの?ないの?」

「……ない」

「そ。なんの曲か知ってる?」

「…………知ら、ない」

「死者の魂を送る曲よ。教会で葬儀の時なんかによく歌われるんだけど」


 顔色を伺われ、勢いに押されてつい答えてしまっていたことに気づいて遅蒔きながらも閉口する。


「そういうのって、記憶を辿る手掛かりじゃない。気にならない?気にならないのは、なにか思い出したくないようなことがあったからなのかしらね?」

「俺のことはどうでもいいだろう」


 落ち着かなくてつっけんどんに言い捨てると、一度ぱちりと瞬きしたミーシャは苦笑いを漏らした。


「……そうね、私が口を出すことじゃないわね。生真面目で聖歌が身に染み着いてるのに、腕に覚えがあるっていうのはなんだかちぐはぐで気になっちゃった」


 私に興味ないしねと付け加えて朗らかに笑うと、少しだけ真面目な顔をした。


「話がそれちゃったわ。あなたにもう一仕事頼みたいって言おうとしたのよ」


 もう一仕事?とリカードは眉を顰める。


「私の舞台の伴奏。ちゃんと給料上乗せするから」


 嫌だ、と口を開くより前にミーシャは次の言葉を継ぐ。


「舞台袖に隠れててもいいから」


 こいつ、すぐに答えないと次々に畳みかけてきて話がややこしくなる――と思ってすぐに口を開く。


「葬式の曲なんか」

「大丈夫よ。村の広場とかで披露してた時は選曲は問わず他の子達が歌ったり演奏したりして私が踊ったりもしてたし」


 それでもリカードの言葉に覆いかぶせるように畳みかけてきたが、ふいにその笑みに影が差した。


「私はどんな曲で踊れるけど、あの歌に合わせるのが一番好きなのよ。……神父様がよく口ずさんでたからね」


 ころころと表情が変わって次々に喋って、まったくついていけない、とリカード思っているうちにも、また彼女は笑った。


「ってわけだから、伴奏しなさい」


 なにが「ってわけ」なのか脈絡がさっぱりわからない、と頭では文句が飛び出したのに、気がつくとリカードは頷いてしまって、ミーシャは満足そうに笑った。



 そう、リカードは命令口調に対して従順に従ってしまう癖がある。それは無意識であったり反射的に、意志とは無関係に。しかし、虜囚が「出せ!」とどんなに強く命令したとしてもダグの命令に反するならばそれに従うことは絶対にない。

 つまるところ、雇用主の命令に対してのみ逆らえない。


 それがなぜなのか、リカードにはよくわからない。

 過去のことをと思いだそうとするといつも胸中がざわざわと不穏にざわめいて、考えることを邪魔する。


 リカードがそっと息を吐きながら力なく膝に手を乗せると、腰に差している左右2本の短剣が肘に当たる。

 記憶がなくても体に染み着いていたのは短剣の二刀流。場数を踏んだ荒くれ者の大男が逃亡しようと大暴れした時ですら、小柄で丸腰のリカードはあっさりいなした。あの時ダグはいい拾い物をしたもんだと轟くような大声で笑っていたが。

 護身には過ぎる技量だ。だが傭兵が短剣というのも珍しい。その腕と物珍しさなら情報が得られるかもとダグが探ってくれたが、手がかりはなかった。


(――俺は、何者だったんだろう)


 リカードははじめて自主的にその疑問を抱いた。

 途端、なにか恐ろしい怪物が潜んでいる闇の中に放り込まれたような気分になった。

 その扉を開けてはいけない、と警告が鳴っているような気がして――結局、それ以上考えることを放棄した。



2章終了となります。ここまでお付き合いくださりありがとうございますm(_ _)m

次回からミーシャ自慢の舞台&セクハラ坊ちゃんテオドールの再来!……と、激動の3章です。

引き続きお付き合いください♪

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