フォート家の正体
鋭い声を全く意に介すことなく、ミーシャは猫のようににやにやとした笑いを顔に張り付ける。
「なぁに? 私の美貌にようやく気づいて、プライベートを詮索したくなったかしら?」
「誰が敵かわからないと護衛しにくい」
わざとふざけているのがわかって、よけいに腹立たしかった。それなのにミーシャはさらに楽しそうに声をあげて笑った。
(まったく……この女は本当に楽しそうに、歌でも歌うように朗らかに笑う)
気を抜くと毒気を抜かれてしまいそうで不快なリカードは鼻に皺を寄せる。
「放火がどうとか焦臭い話をしていただろう。護衛が要るような事情があるのか?」
「んー、私の命を狙った放火じゃないと思うのよね」
ミーシャは軽い調子で言いながら、荷物から櫛と鏡を引っ張りだして髪を梳き始めた。
「私の育った孤児院はね、女の子ばかり十人前後預かるのがやっとの小さなところだったの。みんなでよく教会の前とか街の広場とか、たまに隣町の小さな劇場なんかで歌や踊りを披露しておひねりもらったりして慎ましく暮らしてたのよ。あ、その頃から私は超絶人気で、遠方からわざわざ見に来る人がいるくらいだったけど。でも危害を加えようとするような悪質なファンはいなかったわよ」
(…………自慢?)
「……ただ事実を言ってるだけよ?」
眉を寄せるとちらりとシニカルな笑顔を向けられ、心を読んだようにさらりと言ってくれる。
コイツは謙虚という言葉を覚えるべきじゃないだろうかというリカードの困惑を気にせず、ミーシャは続ける。
「神父様も人望の厚い人だった。いろんな人達が訪ねてきては懺悔室で相談を受けてたし……」
ふ、と。ミーシャはそこで口をつぐんだ。
「あの中には、時々……ガラの悪そうな人もいたけど。でも神父様を頼ってわざわざ相談にきたのに……そんなことしないわ」
最後には自分に言い聞かせるように言い切った。
「手伝ってくれてた老夫婦もすごくいい人だったし、あの孤児院で放火されるような恨みかう人なんか絶対にいない」
視線を鏡の中に戻し、不機嫌そうに溜息をつき、もつれた髪を櫛削っている。
「――それなのに、1年前」
ミーシャの声が低くなり、すっと空気が冷えた。
左手で髪を纏め持つと、器用に右手で鞄から新聞の切り抜きを出して、リカードの前に突きつけた。
記事には子供の火の不始末で孤児院が全焼、と書かれている。
ミーシャは読み終わった頃合いを見計らって、切り抜きを再び鞄の中に仕舞い込む。実際には最後の数行が間に合わなかったが、興味がなかったのでそのまま流す。
「私が寝る前、火元は確認したの。不始末なんかあり得ない」
後頭部の高い位置に髪を結い上げると、ミーシャは化粧をしなくとも気丈に豹変した。
「放火犯も神父様も見つけるまで諦めない。絶対に償わせてやるんだから。ようやく掴んだ手がかりを捨てるわけにはいかないわ」
「だからあのフォート家の招待に応じたのか」
知らないというのは恐ろしいと思っていると、ミーシャはぎらりとした目で睨み上げてきた。
「あのフォート家。一体何者なのよ?」
「……商家だ」
ダグに教えられた癖で一度曖昧な返事をすると、ミーシャの視線と口調がさらに尖る。
「ただの豪商に見えないから聞いてるのよ」
――街の奴らはさ、もしお前をこんな目に遭わしたのが夜盗じゃなくてフォート一家だったらって思うと怖くて竦んじまうんだよ。悪く思わないでくれな。
ダグは大きな肩を小さく竦めて、苦笑を浮かべていた。
――お前、これだけは覚えてたことにしとけ。
そういって、あたりに誰もいないことを入念に確認した。
――これは、命が惜しかったら口に出したらいけない。あいつらは……
「商家には違いない。武器に麻薬、人身売買……違法なものまで手広く扱っている」
ぴくりとミーシャの眉が跳ね上がった。だがすぐに、むしろ挑戦的な目をして口元に笑みを浮かべる。
「本当に取り扱わないものはないのね」
リカードは深く、息を吐いた。
別に、命は惜しくない。
誰が悲しむわけでもなく、例え悲しむ人がいたとしても、既にないはずの命だろうから。
そう思うと、なにも躊躇はなかった。
ダグに教えられた言葉を、そのまま口の端に乗せる。
「あの双子の父、ヴァランタン・フォートはグラハム一家の幹部だ」
「グラハム一家って、マフィアじゃない!」
ひゅぅ、とミーシャは口笛を鳴らした。
驚きはしても怖がる様子はないが、とことん度胸が据わっているのか、その怖さを知らないのか。
リカードが看守をしていた一月で、彼らの不興をかったというだけであることないこと罪状をつくって処刑された人数がどれだけいたか知れない。
公の拘留所で、この有様だ。闇に葬られる人数は計り知れず、この街近郊で発見される身元不明の遺体の数は他よりずっと多い。警官隊もそう簡単に手出しはできない。
だからあいつらには関わらない、逆らわない、がチェファルの暗黙のルールだと、ダグは静かに教えた……。
「……そういえばあのテオドールとルーファス、ずいぶん仲が悪そうね」
「双子だからな、苛烈な後継者争いをしているという噂だ」
「あぁ、ナルホド。それはわかりやすいわ」
皮肉めいた笑みを浮かべてから、顎に手を当てる。
「そうすると、ゆうべテオドールが屋敷に誘ってきたのも、セクハラ以外の意図でもあったのかしらね……?」
返事を求めているわけではなさそうだし、知ったことじゃないのでリカードは黙っていた。
「でも、放火とか神父様との関係も、私を招待してなにをしたいのかは全然見えてこないわ……」
ミーシャはしばらくぶつぶつと考え込んでいたが、唐突に「まぁいいわ」と考えることを放棄した。そして面白いものでも見るようにニヤニヤとした視線をリカードに向けた。