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真実

 厳めしい塀が張り巡らされた奥にある豪奢な屋敷の玄関ポーチにミーシャを乗せた馬車が横付けされ、馬車が止まると御者が恭しく扉を開ける。

 一歩先に立ち上がったテオドールがエスコートの手を差し出したが、ミーシャは不快に眉を寄せてその横をすり抜けて一人でひらりと降りたつ。

 降りた先には、ルーファスが取り巻きを連れてのお出迎えが待っていた。


「テオ、彼女は僕が迎えに行く約束をしていたのですが」


 今朝ミーシャを保釈した時とは打って変わり、今は包み隠さずご機嫌斜めの様子で背後にいるテオドールを睨む。


「元々、私が先に目を付けたんだ」

「断られたじゃないですか。投獄なんてかわいそうなことをするから僕が助けたんですよ。ねぇ、ミーシャさん?」


 邪悪な笑顔を向けられ、ミーシャは深い嘆息を漏らす。


「二人とも同じくらい信用してないから安心して」

「あれ? 僕、あなたに何かしました?」


 わざとらしさに辟易する。


「何が目的か皆目検討がつかないところが信用ならないわ。ご招待の理由を教えてもらえるなら見直しを検討するけど?」


 歯に衣着せぬ答えにルーファスは目を瞠り、テオドールが楽しげに声を上げて笑った。


「ルー、休戦協定といこうじゃないか。どちらのカードも一枚では役に立たないんだ」


 ルーファスは苛立たしげに舌打ちをしてから、ミーシャに視線を向けると憎々しげな笑みを吐き捨てるようにして言った。


「……いいでしょう。ご案内しますよ、クロード神父のところへね」



  * * *



 ルーファスを先頭にしてミーシャとテオドールが案内されたのは、屋敷の地下だった。

 じめじめとした湿っぽい空気はカビ臭い上に、なにか錆のような鼻を刺す臭いがする。石畳の床も、苔蒸しているのか時々じわっと柔らかい。かと思うと、いきなりぬるりと足を滑らせそうになる。

 途中でルーファスの笑顔一つで奥に通した見張りの男も、髭看守が子犬に思えるほど凶悪な面構えだ。見張りの男の背中にあったのは頑丈な鉄格子。屈んでくぐるような小さな戸をくぐると細い廊下が続く。

 迷路のような入り組んだ廊下の脇には時々牢があった。誰も入っていないのがまだしもの救いだが、いくつも同じような扉をくぐり廊下を何度も折れるうちに、ミーシャは背筋に張り付く薄ら寒さを顔に出さないようにとそれだけに意識を集中することにした。

 同じ牢屋でも昨日の牢は天国だった――と、思った時。

 その迷宮のような地下牢の最奥の格子のさらに奥に、白く浮かぶ影が見えた。


「神父様……っ!」


 その影を見た途端、ミーシャは走り出さずにはいられなかった。

 床のぬめりに足を取られてもつれるように鉄格子に縋りついて呼びかける。


「神父様、神父様!!」


 間違いない。敬愛するクロード神父だと確信したミーシャが濡れた声で必死に呼びかけると、人形のように力なく壁にもられていた体がぴくりと揺れた。


「…………その、声。ミーシャ……?」


 弱々しい声が名前を呼び、ゆっくりと顔を上げた。


「あぁ、いいですねぇ。感動の再会」


 ルーファスの嘲る声が背後から聞こえるのが不快で意識から締め出す。


「ミーシャ……本当に……?」


 白い影は足を引きずりながら這うように格子に寄る。

 動く度にじゃらじゃらと重い金属質の音がするのは彼の手足につけられた無骨な鎖のせいで、それらは壁に繋がれている。

 格子の間からミーシャに伸ばされた、手。

 頬に添えられた手には、爪がひとつも残っていなかった。顔にも手足にも、痣と切り傷が無数にあって、神父服も血と泥で汚れたうえにボロボロだ。


「……なぜ君が、ここに……」


 額が触れるほどに格子に顔を寄せたクロードは驚愕と絶望を露わにした。


「……ひ…どい……なんで神父様がこんな目に……っ!?」


 頬に触れる大きくて冷たい手の上に、ミーシャは手のひらを重ねて唇を噛んだ。

 あの優しい神父様がどうしてこんな目に遭わなければならないのか、唇を噛んでもとめようのない涙が一粒こぼれ落ちた。


「ひどいのは裏切り者のクロードの方ですよ」


 背後から聞こえた言葉に、涙も思考も凍り付く。


「………裏切り者………?」


 がちがちと歯が鳴りそうなのを食いしばって堪え、ミーシャは振り返る。


「クロード神父――クロード・ライオネルは、元々僕らグラハム一家ファミリーの一員だったんです」

「……なに言ってんの? そんなわけ……」

「あの孤児院の本当の姿は貴族に飼われる小鳥達に躾と芸を仕込むための施設だったんだよ。質のいい小鳥達を育てるとなかなか評判がよかったんだがね」


 ぞわりと戦慄が走り、助けを求めてクロードを見るが、彼は力なく俯いただけだった。


「偽司祭がいつの間にか本当に改心してしまうとは愚の極みだが」

「挙げ句に血の掟を破り、一家を抜けようとするなんて、笑っちゃいますよねぇ」

「しかも、首領(カポ)幹部カポ・レジーム達の名を連ねた血判状まで持ち逃げしやがって」


 仲が悪くともさすがは双子と思わざるをえない息が合った説明をされるごとに、全身が凍りついていくようだった。冷気が刺すように痛い。でも、凍ってくれたほうがいいと思った。そのほうが、切り裂かれても血が出ないで済むから。


「……じゃあ、あの火事は神父様の命を狙ってあなたたちがやったの?」


 そっと胸を押さえて痛みを堪え、双子をねめつける。


「あぁ、あれはクロードのやったことで、僕らの知るところじゃないですね」


 胸を抉るような、あるいは、粉々に砕け散るような、激しい痛みが全身を駆け抜けた。


 あの夜――クロードはまだ煙の臭いもかすかなうちから「火事だ」「逃げなさい」と叫び、走り回っていた。だから孤児院が全焼したにも関わらず、一人の死者も重傷者も出なかった。避難誘導をミーシャに任せ、そのままクロードが行方不明になった以外は。


 思わず返り見たクロード神父は目を伏せただけで、何も言わなかった。


 違うんです、とか。

 そんなのは嘘だ、とか。

 そういうことすら、言ってくれなかった。


「おかげで大損害だし、首領とパパから大目玉は食らうし。迷惑極まりないですよ」


 忌々しく絞り出したルーファスが、ミーシャの腕を掴んで捻りあげた。危うく悲鳴が漏れそうになったが、喉元までで堪える。


「首領はフォート家も共犯じゃないかと疑って、血判状と父上を引き替えると言ってるんだ」

「一月ほど前、ようやくクロードを捕らえたもののなかなか在処を教えてくれなくて困っていまして。そこに折しもクロードの愛娘が街に現れたと聞いたのでね、あなたをご招待したわけですよ」


 相変わらず凍てつきそうなほど冷たい笑顔がミーシャに向けられる。


「これで僕のこと、信用して頂けました?」

「根っからの悪人っていう信用なら確固たるものになったわよ」

「あはは、それで結構ですよ」


 ルーファスは笑いながら捻りあげる力を容赦ない強さに上げ、痛みに呻いたミーシャをクロードの前に突きつける。


「クロード、さっきから黙ってますね。本当に改心していたらすぐにも自白してくれると思ったんですけどね。それとももしかして彼女の前で偽神父の仮面を剥がされるより、信じたまま死んでもらったほうが好都合ですか?」


 クロードは尚も沈黙したまま、格子を強く握った。


「やっぱり顧問(コンシリエーレ)ともなると立派ですねぇ」


 水がひたひたと沁みていくようにねじ上げられる痛みが増していき、嫌でも涙が滲んだ。

 顧問――幹部とは別の首領直属の相談役だ。

 あの神父様がそんなマフィアの重鎮なんてありえない。

 ありえないのに。

 なんで、何も言ってくれないのだろう。




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