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離別



「あはははは、猫になった気分よ!」


 ミーシャは実に楽しそうだった。


(どうしてこう緊迫感がないんだ、この女!)


 リカードは毒吐いてやりたい衝動に駆られる。

 が。


「――……っ!」


 何かが飛来する気配に気づき、そちらに意識を集中させる。

 銀の糸を引くようにミーシャに襲い掛かろうとした物体を咄嗟に短剣で弾く。腕をかすめてちりっとかすかな痛みを残し、ナイフが地面に落ちた。


「大丈夫?」


 血のついたナイフを一瞥したミーシャの血の気が引いていた。


「こんなかすり傷――、……!?」


 瞬間、ぐらりと視界が歪んで立っていられなくなり、リカードはどさりと地面に倒れ込んだ。


「リカード?」


 抱え起こされると、頭がぐらぐらする。


(……まずいな、毒が仕込まれていたか……)


 ミーシャを狙っていたところを見ると致死の毒ではないだろうと他人事のように危機感薄く思考を巡らせる。

 リカードが保身よりも気に掛けるのは、任務の遂行ができないことだ。


 ざくっ……ざくっ……


 地面についている耳が、かすかだが複数の忍び寄る足音を拾う。


「………追っ手だ。……逃げろ………」


 痺れてうまく動かない口を、気力を振り絞って動かした。だが、ミーシャはリカードの腕を肩に乗せ、よろめきながら立ち上がろうとしていたところだった。


「歩けないの? んもう、だらしないわね」


 しかも、文句を飛ばしてくる。


「……バカか。足手まといの護衛なんて、切り捨てるもんだろうが」


 手足には全く力が入らない。

 意識をつなぎ止めるのがやっとだ。


「私のものが他人の自由にされるのは我慢できない性質(たち)なのよ」


 ミーシャはふんと鼻を鳴らしていきがっているけれども、額に汗が浮いている。

 小柄とはいえ、リカードは男だ。潜り込むようにしてなんとか肩を担ぎあげているが、とても運ぶことなどできないだろう。

 まして、追っ手から逃げきるなんて。


「私のもの、か。もしかして恋人だったりするのかな?」


 そこへ、ゆったりとした歩調で暗がりからテオドールと取り巻き達が現れた。遠慮のない嘲りの笑みに腹が立つ。


「バカ言わないで。こんな根暗、趣味じゃないわよ!神父様みたいに包容力があって穏やかで、すらっと身長高くて顔もいい人じゃないと私に釣りあわないでしょうが!」


 ミーシャは怒りに頬を染めて抗議し、肩に担いでいた腕をいきなり手放した。


(……俺だっておまえみたいな気の強い女、ごめんだ)


 なす術なく地面に崩折れて転がったリカードは、せめてもの抵抗に心の中で愚痴をこぼす。ミーシャは未だ紅潮したまま冷たい一瞥をくれると、びしっとリカードを指さす。


「これはただの護衛!」

(これって、物扱いかよ。人は平等みたいなこと言ってたくせに)


 内心愚痴をこぼすリカードの耳に、くすくすと嘲笑が届く。


「へぇ、いくらで?」


 はた、とミーシャの口が閉ざされた。

 そういえば、まだ受け取ってないどころかいくらという話すらしていなかった。

 わずかに答えに窮してしまったその瞬間、ずしゃ、と音がする小袋が目の前に投げ落とされた。


「給料、あるいは違約金、手切れ金――なんでもいいけど、そのくらいで十分だろう?」


 ぴくり、とミーシャの眉が跳ね上がった。口を開きかけたが、テオドールがそれを遮る。


「お姫様を守る騎士にしては華も、頼りがいもないみたいじゃないか。ルーが信用ならないなら、代わりにここにいる私の護衛十人から好きなのをひとり貸そうか?」


 もはや喉も痺れてきて声も出ない。


「舞台も終わったことだし、迎えの人間が違うだけで目的地は同じだと思わないか?」


 ちゃっとかすかな金属音がして、頭に何かが押し当てられた。鈍い感覚でも、冷たく、堅い感触がするのはわかった。


「ここなら観客もいないし、一発くらい撃っても問題ないんだが?」


 わずかな沈黙の後、頭上から深い溜息が聞こえてきた。


「……そうね、とんだ見込み違いだったわよ」


 それは、いつもはうるさいくらいのくせに、びっくりするくらい静かな声だった。


「解雇するから、どこにでも行けばいいわ」


 気力を振り絞ってなんとか目を動かしたが、彼女の顔色を見ることはできなかった。


「じゃあ、行きましょうか。それは放っておいて。どうせもう邪魔なだけでしょ」

(おい、待て)


 声は、出なかった。

 体は指一本も動かせなかった。


(切り捨てろとは言ったが――……)



 そこで、完全に思考すらが途絶えた。




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