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幕引き


 笑顔で答えたミーシャはやおら切りかかってくる男達の剣を踊るように軽やかな身のこなしで避け、あるいは舞台用の剣で受け流しながら舞台を華麗に駆けた。


 鈴の音が舞台を彩る。肉薄する刃をかわす。ひらり、ひらりとチュールを繰って男達の視界を遮り、攪乱する。優雅なその動きと対照的に、キィンっという剣戟が空気を引き締める。

 まさに鬼気迫る華麗な剣舞だった。

 息をつく暇もない攻防だったが、3人の男達が視線を交わしたほんの一呼吸だけその暇ができた。一斉に観客から盛大な歓声と拍手が上がり、ミーシャは満面の笑顔でそれに応じる。


(本当にあいつ、どんな神経をしてるんだ?)


 だが目配せした男達がいよいよ本気で連携し始めると、さすがのミーシャも避けながら袖近くまでじりじりと下がってくる。

 小道具箱を寄越せと目配せされ、リカードは指示通りに床を滑らせる。


 ミーシャは中から投げナイフを素早く取り出し、男達に向けて投げた。

 ナイフが的確に男達の靴を、マントの裾を、袖を、舞台に縫い止める。ほんの一瞬だが驚愕で男達の動きを封じている間に、ミーシャは深く腰を折って観客達にお辞儀した。

 満面の笑みで会場を見渡すと、ひらひらと手を振り、チュールや鈴のついた腕輪ブレスレット足輪アンクレットを外しては観客席に投げ、さらにいくつか投げキッスまで飛ばしながら袖に下がり、幕を引いた。



「冷静な状況判断してくれてよかった。おかげで一世一代の迫真の好演になったわよ」


 宣言通り閉幕まで演じきってしまった希代の舞姫が緞帳を下ろす綱を引っ張りながら、緊迫にひきつった笑顔を向けてくる。


「……舞台の出来なんか気にしてる場合か?」


 いざとなればいつでも躍り出られるよう構えていた二本の短剣を一度鞘に戻しながら、リカードは嘆息する。


「多少構成が強引なのが惜しまれるけど、まぁギリギリ及第点よね」


 幕の向こうでは、一拍遅れて我に返ったのか盛大な拍手喝采が空気を震わせていて、呆れるばかりだ。


「うん、この大盛況は公演料上乗せしないといけないかな」

「それはどうもありがとう」


 舞台側からやはり胡散臭い笑顔のテオドールが現れ、その後から3人の男が現れるのをちらりと見やりながらミーシャは尊大な笑みを返す。


「追加公演を検討する気は?」

「ないわ。他の街で私の公演を心待ちにしている人がいるから」


 リカードがローブの中で2本の短剣をそれぞれ逆手に持ち、胸の前でクロスさせて構えると、ミーシャとテオドールの間に割り入る。


「それより公演料はいつ渡してもらえるのかしら?」

「それは屋敷に来ていただければいくらでも」


 しかし逃げ道を塞ぐように、通路の向こう側から複数の人影が現れ、舞台袖の狭い空間にふたりは閉じこめられてしまう。


「カーテンコールにはお応えすべきみたいね。追加料金請求するわよ」


 ミーシャが苦い顔をすると、対照的にテオドールが笑みを深める。


「くっ……ふふふ、本当に君と話すのは楽しい。私のものになれば贅沢な生活をさせてあげるけどどうだい?」

「籠の中に飼われるなんて御免だし、どうせ大人しく飼われるようなら興味無くなっちゃうんでしょう?」


 じりじりと詰め寄ってくる男達を、ミーシャは気迫で押し戻そうかという勢いで睨むが、功を奏さない。


「女性に手荒なことはしたくないんだよ。大人しく私と屋敷に来てくれないかな」


 にっこりと酷薄の笑みで促され、男達の剣の間合いまで距離を詰められると、はじめてミーシャの表情に焦りが滲んだ。


「私の舞台に土足で踏み込むような人の言うことなんか、聞く気になれないのよ!」


 ひゅっ、


 リカードが一歩足を踏み出して身を翻すと、風を斬る音がテオドールの耳を掠めた。

 その外周に一閃の光が輝き、避けきれなかった取り巻きの男の一人が呻く。

 ミーシャの横をすり抜けて通路側の男達にも一閃を見舞うと、ミーシャを片手に抱えて幕引きの綱に飛びつく。


「掴まれ」


 短く告げながら、揺れを利用して追いすがってくる男に蹴りを入れる。


「片手では上れない、早く」


 まくし立てると我に返ったミーシャが首に腕を回し、ナイフを投げて追っ手を牽制する。その間にリカードは素早く綱を上り、舞台照明などがある猫道を駆け抜けた。

 幸運にもこっちには追っ手がまわっていなかったのでそのまま劇場の裏口まで脱走に成功する。



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