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神父の失踪

「点検終了っと」


 質素な漆喰の建物内を巡り、丹念にひとつひとつの扉や窓の鍵の締め忘れ、火の消し忘れがないかなどを確認し終えたミーシャは、チェックリストに「異常なし」と記入して寝室へと向かった。

 音を立てないようそぉっと入った大部屋に2列に分かれて整然と並ぶ10台のベッドの一番手前の右側にある自分のベッドにするりと潜り込む。

 ひんやりとした清潔なリネンに体温が移る頃、奥のベッドで誰かが起きあがる気配がした。ミーシャも身を起こすと、目を擦りながら小さな女の子が心細そうに膝を抱いていた。


「どうしたの?」


 そっと隣に腰を下ろして背中に手をおくと、少女は泣くのを堪えようと唇を噛んだまま、無言で見上げてきた。


「新しいベッドに、まだ慣れない?」


 少女は迷いながら、こくんと小さく頷いた。

 リナというその少女は、3日前にこの孤児院に引き取られてきたばかりだった。

 対してミーシャは10年を超える古株で、一番年長だから子供たちの世話役をしている。


「そう、私も怖い夢で目が覚めちゃって一人で寝るのが怖いんだけど、リナちゃん一緒に寝てくれる?」

「お姉ちゃんも怖いこと、あるの?」


 ミーシャに促されるまま横になりながら、少女は意外そうに聞いた。掛け布団を引っ張り上げて一緒に被ると、くすくすと忍び笑う。


「怖いことなんていっぱいあるわよ。私がここにきた頃――そういえばちょうどあなたくらいだった――急に理由もなく怖くなったりしてわんわん泣いて、みんなを困らせたりね」


 しげしげと見つめてくる少女がかわいくてぎゅっと抱き寄せる。


「そういう時はいっつもね、神父様がこうやってぎゅぅ~って抱きしめて大丈夫だって言ってくれたの。そうするとね、なんだか本当に大丈夫だって安心できたの」

「………うん」


 腕の中で、少女の頬がわずかに綻んだのを感じた。







 すうすうと心地のいい寝息とぬくぬくとした体温に誘われて一緒に眠っていたが、妙な胸騒ぎで目が覚めた。

 リナを起こさないようそっと腕枕をはずして起き上がるが、みんな眠っている。

 敷地内の木に住み着いていつも深夜までホゥホゥ鳴いているフクロウも今は眠っているのか、しぃんと静まり返っている。

 なのに、なぜだか心臓がバクバクと暴れて止まらない。


(――なに……?)


 廊下の様子を確認すれば気のせいだと不安から解放されるのではないかとベッドから降りた時、慌てた様子の足音が聞こえてきた。


「みんな、起きなさい!」


 足音が部屋の前で止まったと同時に、扉が荒々しく開かれ、怒鳴り声が響いた。


「火事です!」


 いつも温厚で声を荒げることのない神父が大声で告げたことを証明するかのように、かすかに煙の臭いが漂ってきた。

 寝ぼけて目をこすっていた少女達が、異常事態に気づいて一斉に息を呑む。急激に膨らんでいく緊張が風船のように弾けて恐慌状態になる、寸前だった。


「落ち着きなさい」


 神父の静かな声が落ち、少女達の不安が一時的に静止する。


「覚えていますか? 先週、避難訓練をしたばかりです」


 神父の冷静な言葉に過剰な不安がしぼんでいき、逃げなければという緊迫感だけが残る。


「落ち着いて、訓練のとおりに避難すれば大丈夫です。いいですね?」


 全員が神妙に頷いたのを見渡してから、神父はミーシャを呼んだ。

 ミーシャが返事をすると、薄闇のなかでもはっきりとわかるほど真摯な視線がとまる。


「みんなを、頼みましたよ」


 微笑を浮かべ静かに放たれた言葉に、ざわりと身の毛がよだった。


「神父様!」


 虫の報せというのだろうか。

 嫌な予感がして長衣を翻した神父を縋るように呼び止める。


「神父様は、どこにいくの?」


 彼が足を止めた一瞬で、ミーシャは彼の元に駆け寄っていた。


「訓練通りですよ。ノエル夫妻にも火事を知らせて、あとは初期消火にあたります」


 住み込みで食事の準備や洗濯掃除の手伝いをしてくれているノエル夫妻に知らせ、妻は街に連絡に走り、夫は初期消火にあたるというのが訓練の内容だ。

 至極当然の答えを残し、神父は走り去った。




――そして、その背中がミーシャの見た彼の最後の姿だった。





 翌日の地方新聞の片隅には、こう記された。


『 孤児院 火災で全焼

 エトナ村の孤児院が全焼、及び隣接する教会の一部が被災した。出火元は台所、子供の火の不始末と見られる。

 現在死傷者は確認されていないが、孤児院の責任者であった司祭クロード・ライオネルの行方がわからなくなっており、現在も現場の捜索が続いている。』


 ミーシャはその新聞記事の切り抜きを大事に畳んで鞄にしまい込んだ。

 絶対に火の不始末じゃないと断固主張したが聞き入れてもらえなかった悔しさと、行方不明の神父の無事の祈願を切り抜きと一緒にしまい込んだ鞄を、意気込みを込めて背負い、足を踏み出した。





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