第6話 アンドロイドと暮らす生活
アンドロイドの起動に成功したジャンの観る世界は一変した。
朝目覚めれば隣に大切な物が寝息をたてている。
呼びかければ、ジャンの望む仕草で目覚め、期待通りの言葉をかけ
ドジを踏んでジャンを笑わせる。
……恐ろしく極自然にだ。
近所の住人はジャンが結婚したと勘違いしたので各々祝いの言葉を送った。
ジャンはその都度、満遍ない笑みで丁重に挨拶しお礼を述べていたが、実は非常に疎ましく感じていた。
精神的に疲れて帰宅したジャンが不機嫌にソファに横たわると
アンドロイドはジャンの心境を察して期待する通りに言葉をかけ
美しい身体でジャンへ惜しみなく尽くし、心身共に癒していった。
気分が良くなれば仕事もはかどる。
周囲が目を見張るほどジャンは成果を上げて行き、それは止まる事を知ら無かった。
だが、アンドロイドを完成させる目的を果たしたジャンにとって、今の会社は足を運ぶ価値がない。
気力・体力共に回復したある日、ジャンは退職届をポケットに入れて出社した。
瀬戸との取引も無視してさっさと帰国しようと考えていた。
すると、タイミング良く瀬戸がジャンを呼び止め、「暫くの間はアンドロイドを定期的に点検する必要がある」云々と説得してきた。
瀬戸の説得力に押されたジャンは、結局、会社に留まって取引に応じる事にした。
そしてジャンの人生が狂い始めた。
瀬戸との取引とは、瀬戸が開発した沢山のコードがついたヘルメットを被り、2時間ほど大人しく椅子に腰掛けている事。
自分の脳波を記録している事くらい理解できるが、ケツの穴を覗かれているようで実に不愉快だ。
「お帰りなさい、ジャン」
アンドロイドが帰宅したジャンを出迎えた。
いつもは様々な話題でジャンの気分を盛り上げるが、今日は違った。
アンドロイドは取引で疲れ不機嫌な状態のジャンに静かに寄り添い紅茶の用意がしてあるとだけ伝えた。
ジャンの気持ちを読み取っての行動だった。
一般的には、男女が共に暮らす場合、片方が一切の努力もせず常に良い気分でいられる事は、まずない。
どこかで2人の関係に亀裂が入り崩壊していくものだ。
だから、全く努力しないジャンと常に努力する恋人の関係は『不自然』なのだが、ジャンには関係ない事だった。
なぜなら、それがジャンの望みだからだ。
しかしある意味、ジャンは努力したのかも知れない。
『理想の恋人を造る』という努力の前払いだ。
ともかくジャンの愛情は歪んでいたが、それも当人には関係無い事だった。
ジャンに新しい楽しみができた。
それが ”悪趣味”だと承知はしていたが止められなかった。
「よう、ジャン。来たぞ」
瀬戸がジャンの自宅に呼び出された。
「……待ってたよ。フェアリの点検を頼む」
「ああ、わかった……」
瀬戸がそう応えると、アンドロイドは酷く怪訝な表情になった。
点検しようと手を伸ばすと、それに合わせて身体を引く。
「フェアリ、君の機能を点検しなければならないんだよ。分かるね?」
「……はい」
ジャンが窘めると、アンドロイドは渋々頷いた。
この、瀬戸を心底毛嫌いし嫌がるアンドロイドを眺める事は一つの趣味と化していた。
ジャンは元々、彼を酷く嫌っていた。
だからこそプログラムの一部を頼った事は最大の屈辱だった。
アンドロイドを起動してすぐに、彼がジャンの恋人へ特別の興味を持ち、好意を抱いた事に気づいたので、アンドロイドが彼を酷く嫌うようにわざと仕向けた。
だからこの様子は、いつ見てもとても爽快だった。
点検が終わり玄関を出て行く瀬戸の背は
どんなに平静を装っても、哀愁までは隠しきれていなかった。
アンドロイドはジャンの陰に隠れながら中指を立てている。
「さあ、フェアリ。食事にしようか」
「はい♪」
無邪気に尻尾を振る仔犬のようにアンドロイドが応える。
ジャンの気分はとても最高になった。