第4話 秘密の地下室
翌朝になっても恋人を目覚めさせられないジャンは、失意に埋もれながら瀬戸の言葉を思い出していた。
『取引しようぜ』
『地下室の恋人にヨロシク』
瀬戸は何を取引しようとしたのか。
なぜ、このアンドロイドの存在を嗅ぎ付ける事が出来たのか……
そう考えているうちに
”瀬戸に心を正確に読まれているのでは?”
と思わざるを得ない最後の一言が彼の脳裏をかすめた。
『……俺を不快に思うこと事態、許せねーなあ!』
ジャンは確信し喉を鳴らした。
「アイツ! 僕の考えを全て正確に知る事ができる!」
夕方遅く、ジャンに呼び出された瀬戸が訪ねてきた。
「よぉ、瀬戸……。僕は”今すぐ”と言ったんだ。何でこんなに遅えんだよ……!」
玄関を開けると同時に凄むジャンに、瀬戸はとても”しおらしく”謝罪した。
不思議な事に、この上ないほど怒っていたジャンの心は瞬時に穏やかになった。
瀬戸の口から発する謝罪の言葉の一つ一つが柔らかく心地よい音楽のように聞こえ、仕草の一つ一つが、美しい舞を観賞しているようだった。
数秒、放心状態だったジャンは、我に返るとボソボソ話し始めた。
「……瀬戸、玄関の中に入れ! 鍵を閉めろ、あとチェーンもな。
靴は脱がなくていい……そのままついて来い」
何事も無かったように、ジャンは瀬戸を地下室へ案内した。
自分の背後で、瀬戸が口角を歪ませた事など気付きもしなかった。
家の奥にあるドアの前で、ジャンに指示された瀬戸はアイマスクをした。
手を引かれ奥に進み、地下の作業場へ通された。
今、瀬戸の感覚は極度に研ぎ澄まされている。
あらゆる器官が目の代わりに情報を集める。
部屋の湿度は神経質に管理され肌にペタリとも感じない。
空調の音は極めて静かだ。
対照的にブーンと酷く唸っているのはPC……5~6台はありそうだ。
かなり酷使したのだろうか?
熱くなり過ぎて焦げるような臭いが漂っている。
『ん!!』
ツンとしたニオイが瀬戸の鼻を突いた。
風呂に入っていないジャンが、部屋の微かに流れる風上に立ったのだ。
『……らしくないな』
瀬戸は、彼がこの部屋でどんな風に取り乱したのかを容易に想像できた。
変な所で完璧主義者ゆえ、計画通りに恋人を起動させられない己を責め、能力の限界に足掻き苦しむ姿。
『ざまあみろ……』
瀬戸がニヤニヤしながら一通り室内を探り終えた頃、アイマスクを取れと指示された。
ジャンが冷血な眼差しで監視する前でゆっくりと目を開ける。
「ほお……」
瀬戸は満足気に見下ろした。
そこには、滑らかな美しい曲線の裸体が台に横たわっていた。
だが、それには性別を見分ける為の象徴はなく、余計な物は廃除するジャンの性格をよく反映していた。
「ところで……俺は目の前のをなんて呼べばいいんだ?」
瀬戸の質問にジャンは気分を良くした。
もし瀬戸が『彼』若しくは『彼女』と呼ぼうものなら、ジャンは瀬戸もろとも全てを破壊していたかもしれない。
なぜなら、台の上のそれは『呼び名』を含む全てがジャンの物だからだ。
ジャンは独占欲の塊でもあった。