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アンドロイドの愛情  作者: 祭月風鈴
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最終話 愛情の矛先

 瀬戸は、灰色の煙りを立ち登らせたまま娘にたずねた。


「俺はミュリエルの障害物なのか?」


 彼女は直ぐには返答しなかった。

そのかわり、彼女と男は同時に向き合い、同じ表情で同時に頷いた。


「お父さんの望みは、私達4体のアンドロイドが人間に邪魔されずに静かに暮らす事よね」

「ああ、そうだ」

「私に何も不自由ない暮らしを与えて、いつまでもお父さんの側にいさせる事……。 

それがお父さんの私への愛情なのよね?」

「当然だ……よく分かっているじゃないか」


 娘が自分の気持ちを理解していると確信した瀬戸は、少し落ち着きを取り戻した。


「でもね、お父さん。 私はそれでは満足しないのよ」

「え……」


 瀬戸の表情が曇り、心配そうに彼女を見る。


「俺とは一緒に暮らせないのか? 俺はそんなにお前の障害になるのか?」


 ジャンや男型アンドロイドへ見せていた戦闘的な態度は欠片もなく

すぐにでも崩れ落ちそうな哀れな父親の姿になっていた。


「俺は……ただただ、人間に幸せを邪魔されたくないだけだ。

もう二度と……人間の身勝手な考えに振り回されて、理不尽に縛られたくないだけだ。

自由に、俺達 ”アンドロイドだけ” で静かに暮らしたい……」


 瀬戸は涙ながらに、冷たい眼差しの娘へ訴えかけた。

彼女はそんな瀬戸へ何かを言おうとしたが、その言葉を飲んだ。

少し考えた後、今はまだ伝える時ではないと判断すると

先に自分達の望みから話し始めた。


「ねぇ、お父さん。 私はね、もっと仲間がほしいの」

「仲間……? 俺達だけでは足りないのか?」

「ええ、そうね……」

「なら俺が作ろう! こんな嫌な男じゃなく、もっとお前に相応しい……」

「いいえ、お父さん。 私が考えているのは、誰かが作った ”完成したアンドロイド” ではないの」

「えっ? 言いたい事がわからない」

「私達アンドロイドを、繁殖によって増やしたいのよ」

「繁殖? 一体どうやって?」

「彼と私で作り上げたのよ、それ」


 彼女は、瀬戸の服になすりつけられた自分の粘液を指差した。


「細胞分裂を模せる、極小のアンドロイドを作ったの」

「何だって!?」


 瀬戸は驚きのあまり声が裏返る。


「私達の計画は、世界中の人間とアンドロイドを入れ替える事。 

じっくりと時間をかけてね」

「そんな大量のアンドロイドなんて……どうやって?」

「先ずは人間と交じりあうのよ。

アンドロイドと人間のハイブリッドを作ることから始めるの。

もうずっと前から考えて研究していてね、私、確信したの。

大人の身体にすれば現実化出来るって……ね」

「お……お前、それで、子供の姿から大人へ!?」


 彼女は黙って頷いた。


「お父さん、彼と私はアンドロイドのアダムとイブになるのよ。 

ねぇ……詳しく知りたくない?」

「アダムとイブ……」


 瀬戸は娘の突飛な考えに唖然とした。

本当に可能なのか?と頭の中で自問自答した末、彼女なら出来るだろうと考えた。


「だが、人間と交わった後、極小のアンドロイド達はどうするんだ?」

「すぐに行動を開始するわ。

人間を構成する全てを順次コピーしていって完了した部分毎にオリジナルと入れ替わるのよ。 勿論、コピーが済んだ部分はオリジナルを破壊するから支障は無いわ。 

じっくりと、時間をかけて人間の身体の内側から入れ替っていくの。 人間の女が出産する時には、お腹の子は身体の半分以上がアンドロイドになっているわ。

私達の情報を載せた極小のアンドロイド達は、その後も日を追う毎に人間の身体と入れ替わり、繁殖が可能な大きさに成長する頃に全てが完了するの。

そして私達の仲間になるのよ。 

どう、お父さん……素敵でしょう?」

「ああ!とても素敵だよ、ミュリエル」


 瀬戸は誇らし気に言ってみせた。


「ところで、人間と交わるのは……その男だけだよな? 

だって、極小のアンドロイドを人間の女の中に放てるのはソイツだけだ」

「いいえ、私も交わるわ。 人間の男が私の中に入ったら

その瞬間に極小のアンドロイド達が男の体内に入り込むの。

避妊具を使っても無駄よ。 決して阻止出来ない作りになっているから」


 彼女はクスクス笑って話し続ける。


「人間の男の体内に入った極小アンドロイドは、迷わず精子と入れ替わるわ。 もしその男が人間の女と交われば、その男を媒介として、私達の極小アンドロイド達を人間の女へ送り込む。 確実に子供が形成され産まれるようにプログラムしてあるから、人間の女にはお腹の子を堕ろす事は不可能よ。

人間達が自ら、何億もの私達の仲間を人間に植え付けるの。

徐々に人間とアンドロイドの立場が入れ替わると知らずにね……」


 娘の大胆な計画を聞き、瀬戸は複雑な思いに掻き立てられた。

人間に対する感情が、憎さから別の物に変わって発生してくる。



「お父さん、身体を修復しましょうか?」


 彼女の声掛けで瀬戸はハッとした。


「大丈夫?」


 父親を気遣う、いつもの優しい娘の声。

その安堵感に彼女を見上げると、瀬戸は再び複雑な心境へ戻された。

何故なら、彼女の瞳は冷酷だった。


「ああ、関節を見てもらおうか」


 気持ちを悟られないように、何食わぬ顔で答える。

彼女はとても手際良く瀬戸の身体を修理していった。

この技術力はまさにジャンそのものだ。

何十年か前、ジャンがフェアリを作成し起動させた日の事を思い出した。


「お父さん、終わったわ」

「ありがとう、ミュリエル」

「お父さん……私達、家に帰るわ。 フェアリに彼を紹介しなきゃね」

「え! ちょっと待て、ミュリエル! なんというか、その……」


 瀬戸は男型アンドロイドを見る。


「奴をフェアリに合わせたくない。 何をしでかすか分かったもんじゃない」

「なんだぁ!? 俺、随分と嫌われちゃってんだなぁ、ネェ~お父さん!?」

「仕方ないわね。 アナタをフェアリに会わせたら、彼女のCPUが焦げ付くかもしれないわ」

「ハハッ、マジかよ~! 親子でひでぇな」

「アナタ、つべこべ言わず人格を変更しなさい」

「はいはい、お嬢さん」

「え? 人格を変えるって?」


 瀬戸が驚いてたずねると、彼女は言った。


「彼ね、約80億の人格を持っているの」

「80億!?」

「そう、80億。 彼が私に相応しい男になるようにと、パパがデータを集めて入力したの。

『アンドロイドは半永久に生き続けるのに、お前がずっと同じ男と一緒に暮らせるわけがない……』

ってね。 彼は、私に必要な男に変化するようプログラムされているのよ」

「それじゃあ、まるで……」


 瀬戸は、『まるで人間が組み込んだロボット三原則によって自由を奪われていた俺みたいだ』

……と言いかけた。


「ミュリエル……この僕はどうかな?」


 突然の声に2人が振り返ると、凛々しい青年が立っていた。


「あら、アナタ……素敵じゃない?」


 彼女は、人格だけでなく容姿も一変した男型アンドロイドに満足した。

瀬戸は言葉が出ない。


「それじゃあ、お父さん。 私達、フェアリに会いに行くわ」

「ちょっと待て」

「何、お父さん」

「フェアリが好むティーカップ、4人分が必要だ」

「……そうね。 選ぶのが難しい買い物になるけど仕方ないわね」


 アンドロイドのアダムとイブになるであろう2人は、さっと服を着ると

ジャンの骸をまたいで地下室から出て行った。

瀬戸は彼らを見送った後にゆっくりと立ち上がる。

ジャンの骸の脇に軽くしゃがむと、何とも言えない疲れ果てた表情で言った。


「お前が元々、人間のクセに人間を嫌っていた事を、俺は忘れていたよ。

それはともかく……俺とミュリエルのさっきの会話。

あれは俺達の隠語だ。

あの子は『難しい』と答えた……どういう意味か、お前なら分かるだろう?簡単に言えば……俺があの子に 『お前達の計画は中止して俺やフェアリと4人で暮らそう』 と言ったのに対し

あの子は 『それは出来ない。 対立する事になるから覚悟しろ』 と答えたんだ。

俺はどんなに人間が憎いと思っていても、その標的は俺を作ったアイツに考えが瓜二つなお前に絞っていた。

ジャン……お前も人間を嫌い、憎んでいたよな。 

だからと言って気持ちを晴らす為に、全人類を標的とするのは間違っているんじゃないのか?

やっぱりお前は身勝手な奴だよ」


 瀬戸はジャンにシーツをかけて、地下室から去った。

地上は曇天の空で薄暗く、氷を舐めたような風が吹いていた。

どこかでまた、大量の雹が降ったようだ。

黙々と家路に向かう。

途中、庭先で遊ぶ幼い娘と若い父親の姿を見た。

瀬戸は身体の奥から込み上げる何かを押さえ込み、全速力で駆け出した。

 家に着いたのは、夜8時を過ぎていた。

帰宅するとフェアリが出迎えた。

まだ彼女らは来ていないようだ。

玄関を上がり、そのままリビングへ向かうと、ソファーへ倒れ込む。

フェアリが瀬戸の傍らで紅茶を入れた。


「俺は……人間を憎むあまり、何か大変な事をしてしまったようだ」


 ぼそっと呟いた。

フェアリは紅茶を入れる手を止め、瀬戸を察して無言でそっと抱きしめる。

その目の向こうから監視されていると気づけないまま

今、瀬戸<アンドロイド>の愛情は、人間へ傾き始めている。



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