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アンドロイドの愛情  作者: 祭月風鈴
20/22

第20話 地下室で_2

 その男は若く、明らかに瀬戸を軽く見ていた。

ミュリエル(小さかったアンドロイド)の長い髪をざっくりと手に取り

ニヤけた目を瀬戸へ向けたまま匂いを嗅ぐ。


「テメェは何だ! おい、お前はいつまでそこにいる!」


 瀬戸は若い男に激怒し、彼女を作業台から引っ張り出そうとした。


「嫌! お父さん! 何するのよ!」


 彼女が瀬戸に初めて抵抗した。


「いつまでも子供扱いしないでよ!」


「な……何が!?」


 瀬戸は初めて混乱した。

彼女が自分に反抗するとは有り得ない。

だから当然、予測していない。

瀬戸の古びたCPUは処理が追いつかず

結果、肢体を動かす機能がフリーズした。

若い男はこの機に乗じて、動けない瀬戸をすかさず拘束する。


「初めまして、お父さん」

「馴れ馴れしい! 俺の娘に手ぇ出しやがって! このままで済むと思うな!」

Гまぁまぁ落ち着けって」

「このクソ野郎!」


 若い男は、瀬戸の言葉に眉を上に上げると

彼女にかかるシーツを乱暴に剥がす。

瀬戸は露わにされたその裸体にギョッとした。

あどけない 淡い肌には不自然な痣が所々に点在し

太腿の内側には若い男の物が伝って流れた跡が

渇き切らずに残っていた。


 「このゲス野郎!」


 瀬戸は叫んだ。

大切な娘(小さかったアンドロイド)が

無惨に奪われた姿を見せつけられて我を忘れる。

瀬戸が何か下品な言葉をまくし立てると

男は、小さかったアンドロイドの長い髪を鷲掴みにして

彼女を作業台からずり落とした。


「きゃっ」

「テメェ!」

「あ~観客は静かに」


 男はガムテープを持ち出し、瀬戸の口を塞いだ。


「観客は大人しく見ていろよ。 

人間が大好きな ”本能”の真似をさせてみせるからよ……」

「んん!!」


 動けない瀬戸は、男が彼女に手をかけるのを何もできずに見ているしかなかった。

その怒りは回路を焦げ付かせ、耳の穴や皮膚からも薄白い煙を出させる。


「で、どう?感想は」


 瀬戸の口へ貼ったガムテープをいきなり剥がす。


「この子にあんな事をして何の意味がある!」


 瀬戸は歯をむき出して唸った。


「ん?あるよ」

「一体何だ!」

「俺が楽しい♪」

「ぶっ殺す!!」


 男は嘲け笑いながら再び瀬戸の口をガムテープで塞ぐ。

瀬戸は今日ほど、古びた身体に苛立った事がない。

未だ処理が追いつかずブーンと鈍い音を立てたまま

動けない自分が情けなかった。


「この動き、飽きてきたなぁ……」


 男は床で身をよじる彼女を担ぎ上げると、作業台の上へ転がした。


「乱暴に扱うな!」

 

 瀬戸が叫ぶ。

ガムテープが半分剥がれていた。


「テメェーは許さねえ! 俺の子を好き勝ってに扱いやがって!

ジャンを殺して制作の邪魔まで……!」


「殺した?冗談じゃねー。 奴が勝手に死んだんだ、俺を作ってる途中でな!」 

「つ……『作ってる』途中? 人間じゃないのか!?」

「お前宛てのジャンの遺言を聞けば、俺がどうしてこんなことをするのか理解出来るだろうよ」


 男が両手で、自分の首の付け根を押す。

見る見るうちに、男の顔は若い頃のジャンに変化していった。


「やあ、瀬戸……」


 男の顔から変化したジャンが微かに微笑みかける。

だが瀬戸は半信半疑だ。


「俺をからかってるんだろ!」

「疑うな瀬戸……僕には余計な時間は無い。

この男型アンドロイドを封じられるのは極僅かな間だから」

「それなら一体何があったのか手短に説明しろ」

「ああ……」


 ジャンは先に瀬戸の拘束具を外した。

PCを起動しパスワードを入力して画面を開く。

全記録を瀬戸へ託すと彼は言った。

 受けとるのは一瞬だった。

複雑に暗号化されたそれには、男型アンドロイドの設計図や制作過程や

ジャンが地下室で作業開始してから男の顔が彼に変わるまでの映像など

全てが集約されていた。

ジャンは誰にも気づかれないよう

この地下室全体に隠しカメラを設置していた。

 瀬戸が映像を見ると

ジャンは確かに男に殺されてはいなかった。 

死ぬ直前、ジャンは男のこめかみへコードを差し込み

頻繁に男の様子を見ながら慎重に機器を操作していた。


「自分の人格を移していたんだよ」


 ジャンは言った。


「だけどね……残り5%の所で」


 映像には、胸を押さえて床へ倒れ込み

そのまま動かなくなった姿が記録されていた。

人間が非常事に陥った際は、直ちに救助するよう

プログラムされていた男型アンドロイドだが作業完了までは動けなかった。

偶然にもこの日、地域全体で停電が起きた。


「人格移動が強制終了しただけじゃなく、全てがリセットしたんだ」


 男型アンドロイドが自ら再起動し

あらゆる機器を勝手にいじる姿が映っていた。

瀬戸には、修復不可能なエラーを回避する為に

自動安全装置が作動したように見えた。

間もなく自家発電に切り替わり

空調が入ったが 一向にジャンを救助する動きを見せない。


「瀬戸……お前にとって、あの子とフェアリは何だ?」


 ジャンが突然質問した。


「今さら何を聞く?」

「僕にとってはあの2人は全てだった。

特に小さいアンドロイドは……無償の愛情をかけた」


 ジャンは瀬戸をじっと見る。


「……俺にとっては」


 少し沈黙してから瀬戸は答える。


「大切な2人だ。女房と娘だ。

当然、いつまでも永遠に共に暮らすためのな」


 相変わらず瀬戸は、ジャンから2体を奪った事を喜んでいた。

幸せな様子を見せつけて、ジャンへ苦悩な表情をさせては晴れ晴れとしていた。

ジャンは言った。


「もし人間に例えれば、お前の2人に対する気持ちは何だ?」


 意外な言葉に瀬戸は目を大きくしたが


「愛情だろ?」


 と卑猥に口角を上げて答える。

愛情に飢え、その飢えを満たす為に作ったアンドロイドを

奪われ続けたジャンの反応は

さぞかし苦痛に満ちたものだろうとワクワクしていた。

ジャンへ与える苦痛……それはすなわち人間に対する報復でもある。

ところが、ジャンは再び意外な言葉を瀬戸へ返した。


「あの子にとっての愛情は何かわかるか?」

「……え?」


 そんな事を瀬戸は考えたことなかった。

それよりも、自分より偉そうな態度で

質問を投げかけてくるジャンが腹立たしかった。


「逆に聞くが……キサマは分かるのか?」

「ああ」

「なら言ってみろ!」

「パパ……僕は、あの子にとって、愛情の対象外と言う事がな……」

「は……ハハハ」


 目を伏せて呟くジャンに、瀬戸は声を上擦らせて笑った。


(ざまぁみろ!)


 期待通りの結果に、瀬戸は今までになく興奮した。

愛情かけて育てたアンドロイドに裏切られた人間……これほど楽しい事は無い。


「でもね……」


 ジャンの話は続いていた。


「僕はそれで良いと思っている。 あの子が幸せならそれで良いんだ」

「偽善だ!」


 瀬戸は間髪入れずに叫んだ。

ジャンが妙にゆとりを持っている事にも苛立った。


「人間は変わるんだよ、瀬戸」

「何がだ」

「僕は辛い目に遭ったお陰で目が覚めた。人間として誇れる愛とは何かを得る事が出来た。キミに感謝しているよ、瀬戸」

「ふ……ふざけんな貴様! 結局、自分勝手な事には変わりねぇだろ! 

貴様が作ったクソアンドロイドに、あの子はあんなマネをさせられたんだぞ! あれのどこが幸せなんだ!」


 身体の自由が効かない分、瀬戸はあらゆる下品な言葉でジャンを罵った。

瀬戸の怒りを暫く黙って聞いていたジャンだったが

一瞬の隙をついて瀬戸の思考を停止させる言葉を言った。


「あの子がもっとも嫌っているのは、“お父さん” だそうだよ、瀬戸」

「えっ!?」


 瀬戸の頭部に異様な電気が流れた。


「あの子が自ら大人の身体へ成長させた理由を知ってるかい?」


 ジャンが、何かを堪えるような笑みを浮かべる。


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