第2話 筒抜けの秘密
ジャンが許可された者しか入れない部屋のドアを開けると、システムエンジニア達が頭を突き合わせて相談していた。
一人が、ドアの近くにいたジャンに気づく。
「おはようジャン。早速だが問題が発生してね。すぐ見てくれ」
「はい」
ジャンが彼らの輪に入り問題となってるデータを解析すると、明らかなミスが間もなく見つかった。
『この程度の事も解らないのか』
ジャンは心の中で舌打ちした。
「しかしねぇ、本当の”問題”はソコじゃあ無いんだなぁ……」
メンバーの一員だが、仲間からおもいっきり嫌われている男だ。
飲み終えた缶コーヒーをブラブラ振りながら割り混んできた。
「おい! ここは飲食禁止だと何度も言ってるだろ!」
リーダーが怪訝に言う。
「あ~、ジャン君」
嫌われ者がジャンの肩を抱き引き寄せる。
「ちょっとお話ししようぜ。お前、コイツらの無能さに舌打ちしたろ?
俺と気が合いそうだからさぁ……仲良くしようぜ」
コーヒーと混じった男の口臭に、ジャンは気を失いかけた。
「おい! 瀬戸! 何なんだお前は! それでもこの会社の社員だろ! 」
リーダーは瀬戸というその男を叱り付けるとそのままジャンへ振り返った。
「申し訳けない、ジャン。失礼を詫びるよ……」
「いえ、僕は大丈夫ですよ」
「これは会社としてだよ。個人では馴れ合いになっているが……
本当に申し訳けない」
ジャンはこの会社に影響力を持つ共同開発会社の社員だ。
なので、瀬戸の失礼極まりない態度を取り繕うと、彼らは必死に謝罪した。
昼休み。
ジャンはこの40分間を屋上の小庭で一人で過ごす。
彼は仕事以外での余計な気遣いは嫌いだった。
それでなくても、この会社は開発だけでなく部品製造も兼ねているので、エタノールやら半田やらの臭いが充満し、ガシャンガシャンとけたたましい大騒音が途切れる事なく響いているものだから、屋上の小庭でしか神経を休ませられない。
ジャンのお気に入りは、小庭の隅っこにある背の低い植木に囲まれた小さな花壇を楽しめる白いベンチだ。
いつものように、そよ風に揺れる小さな花畑を眺めていると、あの嫌われ者がやって来た。
「やあ、ジャン。 確かにここはキミの好きそうな場所だねぇ……」
くつろぎの時間を邪魔されたジャンは、心の中で呟いた。
『さっさと消えろ、邪魔者め!』
すると嫌われ者が言った。
「ジャン、酷いなあ……俺を邪魔者だなんて」
ジャンは嫌われ者(瀬戸)の言葉に驚いた。
あまりの不愉快さに、つい声が出たのかと焦った。
すると再び瀬戸が言った。
「ああ、焦る必要は無い。 声は出ていなかったよ」
「え!?」
ジャンは『何を言ってるんだコイツ』と思った。
すると今度はため息混じりに瀬戸が言った。
「なあ、ジャン。 俺を”コイツ”呼ばわりしないで欲しいな。
仲良くしたいんだよ、俺は……」
ジャンが訳が解らないまま硬直していると
瀬戸が隣に腰掛けて肩を抱き、ボソッと耳元で囁いた。
「なあ、俺と取引……しようぜ」
「取……引……?」
ジャンは眉をひそめた。
瀬戸は彼の肩を抱いたまま青空を眺め、ペットボトルの紅茶を飲む。
『馴れ馴れしい奴め』
ジャンが心底不快な腕を払い除けようとした瞬間、瀬戸が彼をきつく押さえつけた。
「痛い! 瀬戸ぉっ!!」
「……俺を不快に思う事態、許せねーなあ!」
瀬戸の目がギラリと光る。
コイツは危険だ……!
そう分かっていても身体が動かない。
「ジャン・エルネスト。フランス生まれ。
女の子としての自分に違和感を感じ続けて成長。
18才の時、月経が訪れない事をきっかけに様々な精密検査をしたところ、外観は女でも、皮の内側は心身共に男であると判明。
特殊な事例としてリストに名が挙がる。
治療という名目で研究したがる病院にいいようにされ……19才の夏、精神的病に倒れる。
25才で性転換手術を受け”男”として人生再スタート。
渡米し、手当たり次第に学問に没頭。
ロボット工学に目覚め、大学院で研究を続ける。
一昨年、例の会社からヘッドハンティングを受け、今日に至る」
瀬戸の話しを顔色一つ変えずに聞いていたジャン。
押さえつけている手を払いのけ、「ずいぶんと調べたものだな」と吐き捨てた。
そのまま無言で去ろうと立ち上がると、瀬戸の口から聞き捨てならない一言が出た。
「地下室の恋人にヨロシク伝えてくれ」
「何……!」
ジャンは血相を変えて瀬戸を凝視する。
「おぉっと、もう仕事が始まる時間だ! 遅れるとヤバイから先に行くぜ」
瀬戸はニヤニヤしながら走り去って行った。
自分だけの秘密を言われ、ジャンは茫然と立ち尽くす。